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12-1

「美夜、待ってくれ」


通り過ぎ様に腕を引かれ呼び止められた。朝、朝食の準備をして咬介と自分の分は別にし、部屋まで運ぼうと台に置き運んでいる最中だった。声の主を見ると、優二郎様だ。


いつもはこんな朝早い時間には起きていないはずなのに、どうしたんだろう。呼び止められた手前無視するわけにもいかないが、気まずさが勝ち、早く立ち去りたい。


「……ずっと、お前に謝罪をしなくてはと思っていた。こんなにも遅くなり申し訳ない」


そう言って、頭を下げられた。この屋敷に仕えて、優二郎様からこのような謝罪を受けたことは初めてであり酷く困惑する。慌てて頭をお上げくださいと伝えると、優二郎様は眉間に皺を寄せ口を固く結びながら顔をあげた。


「……お前が咬介に仕えると知り、事情も考えず酷い言葉を浴びせてしまった。少し考えれば、事情は分かるはずだったのに……」


目線を落とし、不甲斐なさそうに言う。

「お前は、あやつに脅されていたんだろう?憂介が恙なく手術を受けられるように根回しした結果、代わりにあの男の言いなりにならざるを得なかったのではないか?」


私は俯き、何も言えない。どんな事情があろうと自分が選択した結果だ。それに、どんな形であれ憂介の命を救ってくれたのは咬介だから、一方的に悪役にすることには抵抗がある。黙っていると、優二郎様は続ける。


「私も憂介も猛省している……。だからもう、戻ってきてはくれないか?」


思わず目線だけ向けた。帰ってこいと言われた所で、咬介がそれを許してくれるはずがない。黙ったまま返事をしない私に痺れを切らしたのか、苛立ちを隠さず優二郎様は続ける。


「……今度、新たな白夜会に向けた前夜祭として、元老院派の連中を中心にした社交会が開かれる。場所は、元老院派筆頭、左近の持ち邸宅だ。お前にも来て欲しい」


私は思い出した。咬介が今度また面倒くせぇ会合があると言って服を新調するとぼやいていたが、そのことだったのだろうか。

「───つまり、我々が求める黒烏刀も、この左近邸にある可能性がある」


そう言われ、私は目を見開きようやく目線を合わせた。


「咬介の奴は黒烏刀をこの屋敷ではなく、別の場所に保管している。隠し場所として一番考えられるのがそこだ。美夜には、今度こそ黒烏刀を奪取してほしい」


急に言われ混乱する。黒烏刀を盗めと言われたこともそうだが、以前私が咬介の部屋に忍び込んだことも、全部筒抜けだったのか。


「……私に刀を盗めと仰るのですか」

「そうだ。あれは、あの男の元にあっていいものではない」


私は無理だと拒否しようとするも両肩を掴まれ、逃げ出せないようにされる。


「あの男は皆の前で剣妖を斃し、紅獅子の血統を知らしめた。それだけでなく憂介はあ奴によって手術を受けられ、生き延びられたという負目と借りがある。ここで必要なカードを切って紅獅子の次期総帥は憂介だと断じる必要があるのだ。その一手として、黒烏刀を盗み出し白夜会の参加権利を剥奪させる───。お前にしかできない役目だ」


鬼気迫った優二郎様の命令に、思わず泣きそうにならながら体を震わせた。優二郎様からしたら、咬介の懐に簡単に入り込める役目としてこれ以上の適任はいないと踏んだのだろう。


「そんなこと……!無理です。それに、一介の使用人がそのような場所に連れていってもらえるわけが……!」

「白夜会のときは来ていたではないか。あの時のように、今度は咬介に縋りついて連れていってくれと言えばいいだけのこと」


私は困惑し、全神経が命令を拒もうとしていた。それを過敏に感じ取ってか、両肩から手を外すと優二郎様は俯く私に言い放つ。


「───……裏切るつもりか」


バッと顔をあげ、反論すべく口を開けたが、言葉を発することなく再度俯く。

「お前をこの屋敷においてやっている憂介の温情を無視するつもりか。あいつは今も、お前の帰還を待っていると言うのに」


そう言って数秒黙り込み私を見下ろす。そのまま歩いて隣を通り過ぎてから振り向き、


「当日の働き、期待しているぞ」


そう言い捨て去っていった。その場に立ち尽くし、私はじっと先ほどの言葉を反芻していた。


───裏切るのか───。


こう言われたとき、私は確かにこう思った。『咬介のことを裏切れない』 と───。


私はすでに、咬介の使用人として側にいて支える喜びを感じつつある。優二郎様たちからしたら私は憂介の腹心で一時的に元老院派、咬介のもとへ身を置いてるにすぎない駒のひとつなんだろう。けれども実際には、咬介のもとで穏やかに過ごす日々に幸せを見い出し、このまま楽しく過ごしたいと思っている。


憂介のことは愛している。だけど、今一番側にいたいのは、咬介なのだ───。


ふと目線を戻すと準備した朝食がすっかり冷めてしまっており、慌ててトレーに食事を並べて階段を登り運び込んだ。

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