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病院を出て駅に向かい帰り道を歩いていると、芝桜やすみれが咲いており、花の絨毯のように広がっていた。さっきは気づかなかったけど、本当にたくさん咲いていて心が躍る。そしてこんなにたくさん咲いている中で、咬介が選んだのがあの赤いカーネーションだったことを思い出して、思わずふふ、と笑った。
「何笑ってやがんだ。気色わりぃ」
「気色悪いとは何よ。でもあなた、結構良いところあるのね。あの花は日頃の感謝を大切な人に伝える定番の花じゃない。分かってて渡したの?」
驚いていそうな咬介の姿を見て、もしかして知らなかったのかな、と思った。いずれにせよ紫苑さんは嬉しかっただろうな。
「てめぇ、紫苑と何話してやがった。余計なこと聞いてねぇだろうな」
「さぁ?私と紫苑さんの秘密」
悪戯っぽく笑ってみせた。そして私も言う。
「それにしても……ちゃんと事前に教えておいてよ。口裏合わせてくれてないと私もビックリしたんだから」
「ああ?何をだ」
「何をって……だから……その……」
恋人だと勘違いされ、そしてそのまま乗り切ってしまったことを言おうと思ったが、怒られるかもしれないと思い止まった。咬介もきっと紫苑さんを安心させたくて、身近にいた手頃な女を連れて行っただけだろう。形だけとは言え、咬介の恋人ということで紫苑さんを喜ばせることができただろうか。本当のことを告げられないで騙したような形になってしまったのは心苦しいが、いつか咬介にちゃんとしたお似合いの女性ができて、共に同じ道を歩んでいく日が来たら。
ふたり共に手を取り、幸せに過ごす日が来たとしたら───。……そのとき私は……。
「ん?なんだよ」
思わず足を止め、咬介をじっと見つめてしまっており慌てて目を逸らし誤魔化す。今、私は何を思った?どうして咬介の未来に、隣にいるのが自分じゃないことを想像しただけで胸が締め付けられるような痛さを感じ、切なく悲しいと思ったんだろうか。
自分の気持ちなのに、その理由が分からない。
「はぁー、何かメシでも食って帰るか。悪かったな、付き合わせて」
腕を伸ばしながら言う。私は手中の百合の花束をじっと見つめ、ぽつりと言った。
「ねぇ、行きたいところあるんだけど……連れてってくれない?」
「は?何処だよ」
訝しげに言う咬介に、目を見て答える。
「貴方の……お母さんのお墓」
「……」
「さっきこの花を選んだとき、この花しか知らないって言ってたじゃない?多分だけど、咬介のお母さんが好きなお花だったのかなって。そうだとしたら、これ贈りたいな」
咬介は黙ったまま動かない。顔はいつもと変わらない仏頂面のまま。気まずい沈黙が流れるも、ついに咬介は黙って背を向け、ついてこいとだけ言った。
電車に再度乗り、駅に降りて少し歩くと、小さな墓苑に到着した。水を汲み、ひとつの墓の前に立つと、咬介は屈み以前訪れたときに添えたであろう花を取る。それは枯れており、しばらくここへ来られていないようだった。突然来たため必要なものの準備もできていないが、軽く掃除し花を添えてから、手を合わせ拝んだ。
───咬介のお母さんが近くにいて私たちを見ていたら、紫苑さんのように勘違いさせてしまうかしら───。
少し不安に思ったが、死者を弔うことは否定される謂れはないしいいだろう。
───もし近くにいてくれるなら、どうか紫苑さんの願い通り、咬介の幸せを見守っててください───
するとひとすじの風が髪を攫い、やがてゆっくりと落ち着いた。───まるで誰かに返事をされたような気分だ。
咬介も立ったまましばらく目を瞑り黙祷すると、静かに目を開けたのち、帰るぞと小さく言う。私は立ち上がり墓に一礼すると、待ってよ、と言いその背中を追いかけた。
墓前に置かれた百合の花は、凛とその場に佇みいつまでも私たちの背中を見つめていた───。




