↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翡翠の乙女と双頭の紅獅子  作者: 棗健
恩師との邂逅
PR
47/78

11-4

「無理もないかもしれません。今まで奪われるだけの人生で、唯一且つ最愛の家族をも亡くした後、生きるためには多少の悪事にも手を染めざるを得なかった……。艱難辛苦を耐え忍びながら闇を彷徨う彼を、私はなんとか連れ出し日の元へ帰したのですが、それでもついぞ咬介の心の隙間を完璧に埋めてあげることは叶いませんでした」


「そ、そんなこと……」


深く項垂れる紫苑さんに、そんなことないと否定しようとした。もし本当にそうなら、わざわざこんなに遠くまで見舞いになんか来ないし、紫苑さんを見つめる咬介の目線は何者にも代え難いほど優しいものだった。

自分を卑下する紫苑さんに、絶対そんなことはないと知って貰いたい。だが紫苑さんは顔を横に振りながら、


「咬介を引き取ったのは彼がまだ十二歳の頃です。あの頃は、自暴自棄になり荒れ狂い、簡単に生きるのを諦めてしまいそうなほど危うい状態でした。……私はどんなものに縋ってでも、咬介に生きていて欲しかった。たとえそれが、復讐であったとしても」

神妙な顔つきで続ける。


「紅獅子財閥の総帥の座にお就きなさいと進言したのは私です。それを生きる目的とし、奪われた場所を取り返してきなさいと言ったのです。母君が亡くなったのはあの家を追い出されてすぐだったこともあり、原因を作ったのは紅獅子だと問題をすり替えたのです」

「……!」


咬介が次期総帥に固執していたのは、まさか紫苑さんに託されたからだったのか───。私はあまりの衝撃に言葉を失くす。それが本当だとしたら、そこに咬介の意志はないのではないか。


「晩年、私は取り返しのつかないことをしたと後悔しました。奪われるだけの人生だったから、今度は奪ってやれ、と諭したところで幸せにはなりません。咬介自身が本気で欲しいと思ったものを見つけ、手放さないと強く願わなければ意味がないのに」


壮絶な過去を知り、思わず閉口した。横暴で凶暴で、何も話してくれないから今まで咬介のことを知ることができなかった。侘助さん達から聞く姿だって、未だ信じられないところもある。

それでも咬介は、奪われてきた分だけ人にも与えてあげられるひとなんじゃないかとも思った。侘助さんたちや紫苑さんにも、私にさえ、その優しさをくれている。


───その彼のことを、今度は誰が幸せにしてあげられるんだろう。


「だから私は心配しているんです。もし紅獅子財閥の総帥になったとて、その先に何もないのであれば、咬介はまた生きる意味をなくしてしまう。私が居なくなった後、再びあの闇に身を堕としたとしても、その手を引き連れ戻してくれる者がいてくれればと願うばかりです……」


手元の百合の花を伏目がちに見つめる。私は思わずその手を握った。冷たい手だった。驚いている紫苑さんに言う。


「紫苑さん、知らないかもしれないですけど咬介には素敵なお友達がたくさんいるんですよ」


手を強く握りしめながらまっすぐ語る私に、目を瞬かせてじっと聞く。


「私も会いました。とても素敵な四人で、話していると咬介のことが皆大好きなんだなーって伝わってきます。困っているときは駆けつけて共に支え合って協力しています。

だから大丈夫。咬介は大丈夫です。いつか怖いことになったとしても、彼らや……私だっています。ちゃんと連れ戻してこれますから……!」


力説した後、急に我に返ると、慌てて手を離した。


───あれ、私なんでこんなに必死になって咬介のことを……。確かに咬介は何度も私を助けてくれたし、不器用な優しさを持っていることだって分かった。それでも乱暴に私を抱いたことは忘れてないし、今だって許していないはずなのに───。


そんな私を見てクスクスと笑い、


「貴女はあの子の母君によく似ておいでです」

「えっ……」


紫苑さんは目を細め、思い出し慈しむように言った。


「姿とか声ではなく雰囲気も彼の君はもっと厳しいものでしたが、貴女と同じ、信じるものを曲げない、強い翡翠色の瞳をもっていました。貴女を一目見た時、ああ、咬介もやっと心預けることができる女性を見つけられたのだと安心したんです」


その言葉に、心臓を掴まれたような感覚になった。


「し、紫苑さん、私はそんなんじゃ……!」


慌てて否定しようとするも、機嫌良さそうに表情を変えないままこちらを見ている。どうしよう。紫苑さんは私が咬介の恋人だって勘違いしている……。否定しようにも、咬介の行末を心配している紫苑さんに余計なことは言えず、言葉が続かない。


「咬介が女性を連れてきてくれたのは初めてなんですよ。あの子も私に大切な女性を紹介してくれるまでに……成長したんですね」


にこにこと相貌を崩さず続ける。困惑こそしたが、ついに私は腹を括った。しっかりと紫苑さんを見つめ返すと、

「───はい。私がついてます。だからなにも心配ないです」


そう言ってとびきりの笑顔を見せた。紫苑は嬉しそうに目を瞑り、ありがとう、と呟いた。すると丁度ドアを叩く音がし、咬介が入ってきた。


「オラッ、とってきたぞ。これでいいか?」


両腕を捲り泥だらけになりながら、咬介は摘んだ花の束を差し出した。それは赤く可憐な、無垢の愛を告げる花。


「カーネーションじゃないですか。素敵です。ありがとう、咬介」


花を渡すという、咬介の似合わない姿に思わず吹き出した。咬介は怒りこちらをジロリと睨む。

「ああ、久しぶりにたくさん話して少し疲れました。休みます。ああ、そうだ美夜さん。これを」

そう言って紫苑さんは百合の花束を私に返した。


「私はこちらを戴きましたので」

赤い花を両手に持ち、紫苑は微笑む。そしてベッドに背中を預けた。


「咬介、会えて嬉しかったです。ありがとう……」

そう告げると、ふと窓から風が吹いてカーテンを揺らす。花の香りが広がり、うららかな春の季節を報せるようだった。


眠ってしまったのかな……?疲れさせちゃったかしら……。

心配し様子を伺おうとすると、おい、行くぞ、と後ろから声をかけられ、咬介はもう部屋から出ようとしているところだった。慌てて背中を追いかけ、最後に振り返ると、小さな声でまた来ます、と囁いた。紫苑さんはもう寝ているのか、こちらを見ることもなく反応もしていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。