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朝食を終えた後、優二郎様は用事があると言って出掛けていき、憂介様も武道の稽古の後、付近の巡回をし見守りを行うと言って出ていった。紅獅子家の者は、今もなお闘神としての役割を果たすべく、代々受け継ぐ御神刀を使って剣妖の捕獲討伐を行っている。付近の見廻りも重要な仕事の一つだ。
「先日、婦女子が襲われ亡くなる事件があった。数も少なくなっているとは聞くけど、どうか美夜も用心してね」
今朝の憂介の言葉を思い出す。
剣妖との戦争が終わったといっても、未だ剣妖の出現と被害報告は後を絶たない。取り逃し生き延びた個体がまだ潜伏しており、人間を喰らう事件が多発しているようだ。
二人を送り出してから私はひとり、屋敷内の掃除をしていた。広い屋敷内に存在する部屋の殆どが客人用で、来客のない間は使用されていないけれど、日々掃除を行うのは骨が折れる重労働だ。剣妖の討伐なんて出来ない私は、こうして掃除や家事で紅獅子家を支えなければ。
ほうきで大階段を掃き、ふと、頭上にかかる大きな肖像画を見上げる。描かれているのはこの紅獅子邸の先代当主であり、憂介の亡き父上、紅獅子優一郎様だ。きつく結ばれた口元、広い肩幅と筋肉質な上肢。そして、炎のように紅く描かれた、紅の眼───。見るからに厳しそうな風貌は、優しい顔をした憂介様とは正反対だ。
階段の先の廊下を進むと、今度は小さな肖像画が、割と低い位置にポツンとかかっている。奥様の肖像画だ。バッスルドレスに身を包んだ美しい女性で、色白の、優しい顔立ちをしている。だけどこんなに暗い廊下の中、一人寂しく佇んでいてなんだか可哀そう。
思い立ち、踏み台を持ち出して額縁の埃を綺麗に掃除してやる。すると、付近の見廻りから憂介様が帰ってきてた。踏み台に乗って背が高くなっている私を見つけると、
「母さんの画だ。美夜、綺麗にしてくれてありがとう」
目線の先にある私のスカートを摘み、
「あーぁ。もう少し短ければいいのになぁ」
おもむろに中に手を入れ、脚をまさぐってきた。
「やぁ、……ん、お、奥様の前でそんなことしないの!」
「大丈夫。いないから好きなこと言えるしできる。母さんも、叔父さんも」
スカートをたくし上げ脚にしがみつき、内腿に唇を落とされる。生温かい鼻息がかかり、ゾクゾクと快感が背中を奔った。ふと背中から鋭い目線を感じ振り返ると、悠然に微笑む奥様と目が合い、思わず背筋が凍り視線を逸らす。
この方も、使用人である私が憂介様と通じていることを知ったら、激昂しただろうか。もう亡くなっているとはいえ、生きているかのように精巧な肖像画の前では変なことをする勇気が起きず、脚に絡みつく腕を無理やり引き剥がした。憂介様は不服そうに唇を尖らせる。スカートをはたき整えてから、もう一度奥様の肖像画を見る。
「キレイな人ね……。目元や目鼻立ちがあなたに似てる。お母さん似なのね」
「綺麗なだけで、恐ろしい人だったよ」
憂介様は画を背にし呟く。
「苛烈な人でね。ようやくできた一人息子の僕に理想と幻想を押し付けて、家の外のことも、付き合う友達なんかも徹底的に管理されたよ。思い出すのは眼を吊り上げて僕を叱る姿と、父さんと喧嘩してる姿ばかり……」
憂介様は遠くを見ながら、思い出を語りだした。
「紅獅子財閥の当主に嫁ぐとなると、一筋縄にはいかないほどの苦労があっただろう。きっと彼女なりに僕を守るために行なってくれたことだっただろうけど、スパルタ体制で教育された幼少期のことは、思い出したくないほど辛い記憶だ。
あの女性と子がこの屋敷に来たときも、母さんはまるで鬼の如く激怒し、そして───……」
語りは急に途切れ、気まずい時間が流れた。
あの女性と子、というのは……。いや、憶測で何か言ってはいけない。私はそのことには触れず、
「……お母様を、恨んでる?」
心配し顔を覗き込むと、憂介様は意識を戻し笑ってくれた。
「過ぎたことさ。……どんな人であっても、僕を産んでくれたことに変わりはない。感謝してるよ。……恨んでるとすれば、父さんの方かな」
「え?」
「誰にでも優しい人だったんだ。優しくて、公平で……平等に『僕ら』を扱おうとするから、平等に愛してもらえなかった母さんが怒ったのも、無理ないんだ……」
憂介様は寂しそうに笑った。独特の言い回しをしているが、やはりそれってもしかして……。




