9-1
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───漆黒の闇の中、僕は何かを追いかけるために全力疾走していた。それが何かはわからないが、光が差す方へ走り、息が切れ、血の味が口の中に滲んで全身が汗に濡れようと、それだけは逃してはいけないのだと本能が叫んだ。その内に光は姿を変え、女の形になった。それもとても見覚えのある、愛おしく懐かしい姿───。
───美夜、君だったのか───
そう言って手を伸ばすも、その光は闇に呑まれあっという間に姿を消す。
その刹那、邪悪に紅く光った双眸が、高らかに嗤い自分を煽った。その眼を持つ者は、一人しかいない。
───美夜を奪う気か、咬介───!
唸り声を上げ、掴み掛かろうとするも空を裂くようで全く歯が立たない。何度も名を呼び手を伸ばすもあと少しのところで光は消えてしまい、ついに何も見えない常闇の中、一人孤独に立ち尽くす───。
目を覚ますと、そこは簡素で何もない病室の個室部屋だった。時計を見ると夜中の二時を過ぎたところで、自分はかなり長い間寝ていたらしい。
可能なら、永遠に目を覚ますことなく全てから逃げ出し消えてしまいたい。心のどこかでそのように思った。白夜会の後倒れ、検査入院の後枯渇血病だと正式に診断された。体の不調はずっと感じていたのだが、紅獅子財閥の行末や咬介の登場など不穏分子となるものが多く、自分の体のことなど後回しにしてしまっていた。
その結果がこれだ。最悪のタイミングで、最悪な人物に借りを作ってしまった───。
枯渇血病の治療法として、血を貰い受ける最適者なのが咬介であることは、自分も優二郎叔父さんも理解していた。それに、これから先何かあれば必ず手を取り合って協力して生きていくように、と父にも言われていた。だが月日が経ち、仲がこじれ、互いを憎み合うまでになってしまった今、咬介の助けだけは受けられない、受けてはいけないのだと思っていたし、咬介が僕を出し抜く好機を逃し、手を差し伸べてくれるなんて想像だにしなかった。
あの日叔父さんが病室に訪れ、咬介が血の提供者に名乗り出てくれ、手術を受けられることを知らされた。瞬く間に手術は終わり、今こうして僕は生きながらえることができた───。
一体何が起きたんだろうか。咬介が僕を助けてくれるなんて、そこにどんな思惑があったのかはわからない。紅獅子財閥を乗っ取る為なら、僕が死ぬまで静観していればよかったはずなのに。分からない。咬介の思惑も、胸のうちも───。
絶対安静だとは言われていたが、窓から差す月の光に導かれるように病室内を彷徨った。ふと洗面鏡を見ると、自分が映っているはずなのだがそこにいたのは自分ではなかった。妖しく光る紅の双眸。憎き魂の半身。
咬介───!?
思わず鏡に掴みかかると、ちゃんと映っていたのは自分自身で、それでも紅の眼は変わらず光り続けていた。
……これはもしかして、開眼した───!?
皮肉にも彼の血を分けてもらい生きながらえ、紅眼を発現したことで、自身も紅獅子家の一員であることを証明するに至った。長い間、ずっと渇望していた、紅獅子の血縁たる紅眼。先代より続く、紅獅子の高貴かつ神聖な血脈を示す、唯一の瞳───。
母はずっと僕にこれが現れないことで、最期まで不貞を疑われてきた。僕は不義の子として、財閥を継ぐ資格がないのだと誹謗中傷を受けてきた。生死の境目を彷徨うことでようやく現れた、神聖な獅子の眼───……。
思わずぺたんと床に座り込み、微睡んだ。そして一番に思ったのは、美夜に会いたい、ということだった。
もう死んでもいいと思っていた。自分に生きる価値はないのだと思い、こんな病に冒された姿を見せるのは忍びないと面会も謝絶していたが、それでもこの眼を得て、生きてもいいのだと言われたような気がした。そして一番に美夜に会い、会えなかった分満足するまで抱きしめたい。頬を涙が一筋流れていく。生きてていい。生きてていいんだ。
───僕は静かに泣き続けた。




