8-5
次の日、ついに台所の修理が完了し、皆を労うために昼食を作り振舞おうと食材の買い出しに出かけた。思った以上に大荷物になり時間もかかってしまったが、帰宅すると、そこには咬介の姿があり、思わずドキッとして声をあげそうになった。
咬介は侘助さんたちと話していた所だったけれど、私の帰宅に気づき、ずかずかと近寄って来ては壁に追いやった。
ダンッ、と音を立て、私の頭上に腕を置くと、腕の中の空間に閉じ込めるようにしてじっとこちらを見る。
「何処に行っていた」
開口一番に問いただされ、困惑しつつ答える。
「え?か、買い出しに……」
買って来た食材を持ち上げて見せると、咬介はふー、と息を吐き背を向けて戻っていった。
なんなのよもう……。驚いたため、再会したらお礼を言おうと思っていたのに言いそびれてしまった。憂介の手術はうまく行ったのだろうか。そもそも血の提供者側である咬介も一週間は入院が必要だと聞いていたが、こんなにも早く戻って来て大丈夫なんだろうか。聞きたいことは沢山あるのに、皆と話していて入れない。とりあえず昼食を作ろう、と台所へ向かい慌ただしく動いていると、咬介が遠くからこちらをじっと見ていることに気づいた。しかも黙ったまま動かない。
「え?何?どうしたの。皆さんは?」
「帰らせた」
「へ?」
人数分の料理を作っていたのに。そんなぁ、と急に無駄になってしまった料理を眺めていると、唐突に後ろから顔を埋めるように覆い被さってくる。
「ちょっ……!こら!なにす……」
「るせぇな。何日も禁欲喰らわされてたんだ。肩貸せ」
腕を掴み逃げないように強く抱きしめ、深く深呼吸する。数日前強く押さえ込まれていた腕を思い出し、心臓は強く打つ。それに枯渇血病の治療として、憂介に沢山血を与えたから、今度は私がこの男に津液……星の力を与えなくちゃいけない。もしかしたら今日もこのまま無理やり抱かれるかもしれない……。緊張して体をこわばらせていると、不意に離れ、配膳途中の鰤の照焼を勝手に食べ出した。
「え、ちょっと……」
「訊かねぇのか?手術がどうなったか」
「!……」
「安心しろ。成功した。数日のうちに退院出来るだろうよ」
そう言って平らげると、今度はサラダをよそっていく。
「!それ本当!?無事なの!?……よかった……」
思わずその場にしゃがみ込むと、滲んだ涙を手で拭った。力が抜け、しばらく立てそうにない。
憂介に会いたい。いつ会えるだろうか。
「あ、あの……」
「あ?」
咬介は不機嫌そうに私を睨むも、怯むことなく、
「ありがとう……。ずっと、言わなきゃって思ってた。感謝してもしきれないわ」
じっと目を見つめ伝える。フン、と鼻を鳴らし、咬介はパクパクとすごい速さで食べていく。
「……そういえば皆さんは本当に帰っちゃったの?」
「また会えんだろ」
「ちゃんと挨拶したかったのに……」
咬介といれば、また会える機会が来るだろうか。
ふと思い出すと、面と向かっては言えないため背中を向けながら言った。
「咬介、あなた……静さんっていう素敵な人がいるのに、よくあんなこと……」
「あ?」
「〜、だから!静さんは恋人じゃないって言ってはいたけど、でも静さんは貴方のこと好きって気付いているんでしょう!?なのに応えないで私にあんなことして、……良くないでしょうが」
節操なしで倫理観もないスケコマシ、と心の中で毒付いていると、咬介はしばらくじっとこちらを見つめ、そしてクックッと下を向きながら笑いだした。向き直り、何笑ってんのよ!と言うと、
「つまり、お前は俺と静の仲を疑ってんだな?それで嫉妬でもしてんのか」
「バッ……!」
バッカじゃないの!?と真っ赤になると、咬介はもう我慢できないとばかりに高笑いする。何よ何よ!と地団駄を踏みながら静さんに失礼でしょ!と叫ぶ。
「静さんがいるんだから私なんて囲わなくてもいいじゃない!」
「安心しろ。俺は静は趣味じゃねぇ。というか、男を抱く趣味はねぇよ」
「へ?男?」
「ああ。静の名前は静 剛志。正真正銘の男だ」
言われて初めて、妙にハスキーな声やスラリとしてるけど広い肩幅の体躯に合点がいく。そして、えぇ〜……、と間抜けな声をあげて思わずよろけてしまった。あんなに美人で素敵な人だと思っていたけど、男の人だったなんて。ちょっと待って。私あの人に着替え見られたんだけど。
そんなことお構いなしに咬介はニヤつきながら、
「てめぇの主人は見境なく女に手出す奴じゃなくて安心したか?喜べ。奴隷兼夜伽の役目は一人で間に合ってんだよ」
そう言って私を指さす。
「〜、だから!奴隷とか主人とか!そう言うの私は認めてないんだから!」
「そうか?その服も悪くはねぇよ。俺に合わせて着たんだろ?」
「こ、これは静さんがそうしろって言うから……!」
「ぎゃーぎゃーうるせぇよ。あと足りねぇ」
そう言って手元の茶碗を指差す。
「あ……もう食べちゃったの?」
「不味かぁねぇな。もっと出せ」
はいはい、と言われるがままに給仕する。これはもしかして、服部さんが言う『素直じゃない』というやつなのだろうか。
『不味くはない』は美味しい、『悪くはない』は似合ってる、なのだとしたら、やはりあの不味くて仕方のなかったお粥は、私の為に作ってくれた食事で、先程何処に行っていたと凄んだのは、留守中に私が居なくなったかもしれないと焦った……から?
おかわりした炊き込みご飯を嬉しそうに噛み締めている咬介の姿を見て、侘助さんたちが言っていたような印象に変わるまで、そう時間はかからないのかもしれない、と思った。




