8-4
私の知らない咬介のことを少しずつ教えてもらい、考えを少し改めた。
約束は必ず守るという咬介のことを、私も信じてみよう。
そして帰ってきたら今度はちゃんと面と向かって、憂介のことを助けてくれてありがとう、ってお礼を言うんだ。
不思議な心の変化に自分でも驚いた。久方ぶりに人の騒ぐ声が屋敷内に響き、心の底から笑うことができた。
三日後、ほぼ台所の修繕は終わり後は仕上げという頃に、新たな客がやってきた。
「こんにちは〜!あなたが美夜ちゃんかい?」
ドアを開けた先に立つのは、スラリと背が高く薄紫色のスーツを華麗に着こなした麗人。胸まで伸ばした桃色の髪を靡かせ、トランクを何個も積み上げた大荷物と共にやって来た。
「静!遅かったですね」
「あ、しずかちゃんだー」
侘助さんと捨郎くんは近寄ると気さくに話しかけ、従順に荷物を運び入れていく。
綺麗な人……と見惚れていると、静と呼ばれる女の方もじーっと私を見つめ、
「ふーん、素材はいいけどまだまだね。でもこういうのがやりがいあるのよね」
そう言ってハイヒールの踵を鳴らし勝手に屋敷内へ入って来た。また人が増えた、と思っていると、早くお茶でも出して頂戴、と一喝された。……何なのこの人。
「すまねぇな美夜ちゃん。アイツは静。仲良くしてやってくれ」
服部さんが言う。続いて捨郎くんが、
「しずかちゃんは、咬介の恋人なんだよね」
吃驚して思わず目を見開いた。
───この女性が。そうか、確かに二人とも長身の美形でお似合いの納得のカップルだ。女を側に置くのを嫌がるって捨郎くんは言ってたけど、アイツにもそんな女性がいたんだ。……だけど、恋人がいるのに私にあんなことするなんて。アイツには倫理も貞操観念も無いのだろうか。
動揺しつつ、それでもこの女性には咬介との間に交わした契約や、されたことは絶対言えない。悟られても駄目だ。騙したり欺いたたりするのは心苦しいが、あくまで私はただの使用人なんだと言って誤魔化さないと。
いつも以上に気を使う相手の登場に面を喰らいながらも、よくそんな女性を私のもとに寄越せたわね、と肝を冷やした。
ティーカップに注いだ紅茶を持って行き、どうぞ、と差し出すと、静は私の姿を上から下まで舐め交わすように見つめ、
「ダメね。全然駄目。まずその服が良く無いわ」
言い捨て、指をさし、
「服部!その青いトランク持って来なさい!」
言われるがままに服部さんはトランクを差し出すと、中から服を取り出した。
「はいコレ!貴女は色が白いからパステルカラーが似合うわ。あとスカートは大柄のプリントが入ってアクセントつけた方がいい。髪もいつも一つにまとめてるの?たまには下ろして巻いたりしなさい。ハーフアップもいいわよ」
まるで着せ替え人形のように続々と服を出して来ては体に当ててアドバイスを繰り返す。あまりの速さとめまぐるしさに圧倒されていると、勝手にファスナーを開け服を脱がしてきた。
「ちょ、な、何するんですかっ!」
「アラ、女同士なんだからいいじゃない。あ、でもそうね。侘助たち、部屋から出ていきなさい。乙女の着替え見る気?」
一方的に侘助さんたち男性陣を追い出すと、鼻歌を歌いながら私の服を見繕っていく。
「若いんだから、脚出しなさいよね。咬介もこっちの方がきっと好きよ」
言われて驚き、顔を窺うようにして訊ねる。
「えっ、あの……嫌じゃ無いんですか……?」
なにが?と訊かれ、
「だって、静さんて咬介の……恋人、なんですよね」
するとアハハと大きく笑いながら、
「そうよぉ。静ちゃんは咬介の恋人なの!でも一番の親友でもあるの。だから、咬介の頼みならなんでもきいちゃう。あの咬介が、私に美夜ちゃんのダッサい服をなんとかしてくれって言ってきたのよ」
ダサい……散々な言われようだが、この人は悪い気はしていないようなので、少し安心した。
「女の子の服を見繕ったりお化粧してあげるのは楽しいから大好き。咬介がね、貴女にはもっと可愛い服着て欲しいんだって」
そう言って、私の髪に手を入れ器用にまとめ上げていく。奴隷にするのなら、外見も自分好みに仕立てたいという魂胆なのだろうか。いずれにせよ、人生で初めてのお洒落に私の胸は高鳴り、初めて触る化粧品の使い方も教えてもらうと、ニ時間後にはすっかり生まれ変わったように着飾った姿がそこにあった。
「わぁ……すごい……」
自分じゃないみたいだ。おしゃれって楽しい。こんなふうに明るい色の服も、一つ括りじゃない髪型も初めて。
「じゃ、メンズにも感想聞くわよ。ついでになんか奢らせちゃいましょ」
そう言って、恥ずかしがる私を無理やり連れていくと、服部さんは手を叩いて良いじゃねぇかと囃し立て、捨郎くんは可愛いんじゃない、と素直に述べてくれた。侘助さんは、しばらく声も出さずにじっと見つめ、惚けている。恥ずかしくて俯いてしまう。
「じゃ、これはもう全部捨てちゃうわね」
そう言って今まで着ていた地味な服や仕事着は全て焼却場へ移動しようとする。勿体無い〜!と止めようとしたが、どうせ咬介にも捨てられるだろう。潔く諦めた。それにしても、予感はしていたが案の定仕事服は全てミニスカートのメイド服に変わってしまった。静さんの助言でニーハイソックスを履くことにはなったが、それでも脚を曝け出すのはまだ恥ずかしい。困り果てるも、嵐のような一同の前では自分の意見など通らず、しかし楽しんでいる自分もいたのだった。
その夜は静も交え大宴会となり、咬介の友人達は皆ずっと笑っている。特に静さんは昼間に私を人形の如く着せ替え遊びしたのが楽しかったのか、すっかり私のことを気に入って心許してくれたようだ。すると突然、捨郎くんが、何の脈絡もなく質問した。
「しずかちゃんて咬介の恋人なのに、この子のこと邪魔じゃ無いの?」
私は思わず息を止めた。目を泳がせながら回答を待つ。静さんは酔って座った目をしながら、
「そうねぇ〜、率直に聞くけど、美夜ちゃんて咬介とどこまでやったの?キスした?それとももっとすごいことした?」
ずい、とにじり寄って問い詰める。侘助さんが慌てて制止し、
「そもそも静は咬介さんの恋人じゃないでしょう!捨郎、いい加減なこと言わないように」
「え、そうなの?」「そうなんですか?」
私たちは驚き思わず同調する。
「アハハ、美夜ちゃん騙されてたな。静は咬介のそういう相手じゃねぇよ。恋人同士がするようなこともしないんじゃなくて出来ねぇの」
「うるさいわねぇ!私と咬介は魂で繋がった相棒であり伴侶なの!もう服部、野暮なこと言わないでよ!」
出来ない、とはどういう事かわからないでいると、静さんが酔いで赤らめた頬を撫でながら言う。
「私はね、咬介に幸せになって欲しいの。私を救ってくれたのは、咬介だから」
そう言って、過去をぽつぽつと語り出した。
「───私は村で迫害を受け、家からも勘当されて行く当てもなく、詐欺まがいの占術で生計を立てていたの。ヤクザに騙されあわや殺される、っていう窮地に助け出してくれたのが咬介だった───。咬介は、他人がどう思おうとてめぇの好きなように生きろ、とだけ言ってくれた。だから、私は咬介の側にずっといることを選んだの。これが私の好きに生きる道だから。私が咬介に何かしてあげることで咬介が幸せになることが、私の幸せよ。───」
そう語る横顔は本当に綺麗で、満ち足りた女の顔だった。
本当に、私の知らない咬介の姿がある───。きっと侘助さんたちも、咬介に救われその漢気に惚れて帯同しているんだ。
そして皆、ここに居ない咬介のことばかり考えて話している。アイツが好きで、今何をしていて、何処にいて、どんな風にしているかばかり考えている。
きっとこれを、愛、と呼ぶんだろう───。
「アイツはよ、言いたいことがうまく言えねぇだけのガキなんだよ」
服部さんが言う。
「俺らは付き合いも長いから大体察するんだがよ、まだ浅い奴には翻訳して伝えてやらなきゃならねぇこともある。まぁ、不器用で誤解されやすいんだ。美夜ちゃん、長い目で見てやってくれよ」
そう言って肩に手を置いた。次に会ったときには、私も少しは彼を理解できるようになっているのだろうか───。
その日は遅くまで宴会が続き、夜も更けていった。




