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次の日、目が覚めると咬介の姿はすでに無かった。キッチンの修繕を頼むため電話帳を睨んでいると、突然チャイムの音がした。一体誰だろう、と玄関のドアを開けると、そこには青年が二人。一人は物腰柔らかい優顔の男と、もう一人は金の髪に線の細い、飄々とした雰囲気の男だった。
「えっと……何かご用でしょうか」
「こんにちは。美夜さん、で合ってますか?」
不意に尋ねられ、そうだと答えるとお邪魔しまーす、と金髪の方が脈絡もなく勝手に入ってきた。驚いているともう一人の方も入って来て、ドアを閉めた。
「な、何なんですかあなた達は……!」
「驚かせてしまいすみません。私たちは咬介さんに遣わされ来ました、佐藤侘助と、櫛枝捨郎と言います」
「へ?咬介……?」
「うん。咬介がね、これから一週間病院の方に行くから、その間の留守を頼まれたの」
病院、と聞き、その話は本当なのかと縋りつき問いただした。もし本当なら、憂介の手術のためだろうか。
咬介が、約束を、守ってくれた───?
「あと、アレ」
捨郎と呼ばれた男が指差す方向は、焼け焦げたキッチン。
「アレを直しとけって。俺たち便利屋じゃないのに」
「あ、貴方たちは、一体……」
「おう侘助に捨郎!待たせたな!」
新たに登場した男は、恰幅がいい大男。筋肉質で頬に大きな傷が目立つ。男は私を見ると、
「アンタが咬介の新しいマブか。ちんちくりんだな!」
ガハハ、と豪快に笑い、呆気に取られていると、侘助だといった男が、
「すみません失礼を言って。この男は服部といい、ここにいるのは皆咬介さんの友人です。咬介さんの留守の間、台所の修繕は任せて頂ければ。早速取り掛かります」
そう言ってズカズカと家の中へ入っていく。突然現れた者たちに慌てていると、服部という男が修繕の板や道具を運び込んでいる。手持ち無沙汰になり、声をかけた。
「あ、手伝います……」
「いいってことよ!俺たちに任せときな!それにしてもこの屋敷、やたら広いのに、いるのはアンタだけかい。寂しいねえ」
確かに憂介も優二郎様もいないこの屋敷に、咬介もいないとなると本格的に自分は一人で孤独だ。先程もひとりで寂しいと感じていたため、思いがけない珍客ではあるが、久方ぶりに人の声が響く屋敷内は何だか明るくて気分も上がる。
「ねぇ、多分数日で修理できると思うけど、その間ここに泊まってもいい?なんか広くて気に入っちゃった」
捨郎はマイペースに言う。突然の申し出に驚き、
「それは……困ります。さすがに主人の了解もないのに……」
流石にそれは無理だと拒否した。部屋は余ってはいるし人がいる方が楽しいが、優二郎様にバレたらと思うと恐ろしくて縮み上がる。
それに相手は男ばかり三人。今までだって男と暮らしてはいたが、使用人と主人の間柄で立場もはっきりしていたし、絶対に大丈夫という安心感もあった。しかし今は状況も違う。警戒心を解くことはできない。
「え?貴方の主人は咬介さんだって聞いてますよ?だから勝手にしろと仰せつかってます。女性一人の留守は何かと不便でしょう。男ばかりで恐縮ですが、咬介さんの使用人の方への無作法はこの私が許しませんので安心してください」
自分の計り知れないところで何もかもが決まっていくことに目が回りそうだ。私はいつアイツの使用人になることを了承したというのか。
しかし約束を守り憂介の病院へ行っているのであれば、こちらも義理を果たさなければ。
「それに、なんか勝手にいなくならないように見張っとけって言われた。逃げ出しても無駄だと思う」
見透かされてる。要は、せっかく手に入った奴隷が逃げ出したりしないよう、見張り人を寄越したってわけね。
ため息をつき、どうせ駄目だと言っても聞かないのだろうと思い、宿泊を了承した。
侘助、捨郎、服部の三人は日中騒ぎながら、時折酒盛りし台所の修繕と、私の話し相手をしてくれ、親睦を深めた。皆、普段は仕事をしつつも咬介の命とあらば直ぐに駆けつけ助け合う間柄だという。あの横暴な男にこんな友人がいたことに驚くも、どうやら皆咬介の腕っぷしの強さに惹かれ集まり、事あるごとに剣を交えては酒盛りをして親睦を深めているようだ。白夜会のときに見せた剣妖退治の腕は、星の力などなくとも確かなものらしい。
夕餉の時刻になると、出前を人数分頼み、皆を労ってやる。台所は使えないがお茶程度であれば用意できたため、皆の分を用意してやると、私に向かって捨郎が面と向かって言った。
「咬介ってこんな女が好みなんだね。なんか意外」
思わず咳き込み否定する。
「あの、私そんなんじゃないです。アイツにいいように使われてるだけの者なんで。……なんていうか、心外です」
「そうですよ捨郎!美夜さんは咬介さんの使用人の方と伺ってます。そういう間柄の方ではないはずです」
侘助がすかさず入ってきた。しかし捨郎は首を傾げながら、
「えー、でも、女にここまで入れ込んでるの初めて見たからそうだと思った。咬介って女を側に置くの嫌いだし」
「あなた分かってないですねぇ。あなたが知らないだけで、咬介さんは色街に出かけることもあるし、慕っている女性は多いんですよ」
嬉々として話をする。きっと侘助さんは、咬介のことを兄貴分として特に憧れ慕っているんだろう。でもそうか。咬介はそこら中にいる男と一緒で、女を金で買うし他にもそんな女性が沢山いるんだ。こんな風に気にしてくれているのは私ひとりじゃないんだ───。
何故だか、心がチクンと痛んだ。服部は酒瓶を空けると、
「まぁ美夜ちゃん、アンタが咬介の間婦だろうと情婦だろうと、俺たちを寄越したってことは破格の待遇ってことだぜ。それにどんな約束をしたかは知らねぇが、アイツは一度した約束は必ず守る。だから安心しな」
そう言って貰えると、なんだか不思議と心に温かいものが広がっていき、そして、憂介のことを任せられる、と漠然と思えた。
「……皆さん、アイツこと大好きなんですね」
思わずぽろりと本心から言葉を零すと、ブッ!、と吹き出したのは服部で、侘助は当然、と殊勝に微笑み、捨郎はうーん?と首を傾げ、それからうん、好きかも、と肯定した。
「好きというか、信じてる」
「そうですね。咬介さんを信じて勝手についていっているだけです」
「男同士でむさ苦しいな!まぁ俺たちゃ、そういう集まりだ。皆悪い奴らじゃねえよ」
何故だろう。裏表のない彼らの話を聞いていると、咬介のこと、悪い人ではないような気がしてくる。昨日あんなに酷い目に遭わされたばかりだというのに。
私も笑い、すっかり男三人の中に打ち解け、夜は楽しく更けていった。




