7-3
咬介の高笑いで意識を戻した。咬介は嘲笑いながら、
「お前がいなくなることで憂介は消沈し、保守派の奴らは益々窮地に立たされるだろうな。それに元老院派の奴らはアイツに様々な妨害や謀略を仕掛けて来て、あの場所から引き摺り下ろそうとするだろう」
黙っている私につかつかとにじり寄ると、
「お前、俺の専属のメイドになれよ」
突拍子もない提案に理解が追いつかず、はぁ?と聞き返すのが精一杯だった。
「この家をクビになったなら俺が直々に雇ってやる。そうしたらこの屋敷に住み続けられるし、あの野郎の側に居られるだろ」
甘言に目を見開き一瞬胸が高鳴るも、直ぐにその希望は打ち砕かれた。私の髪を一房手に取り、己の歪めた口元へ持っていき、
「……但し、俺の言うことは絶対服従だ。その肉体も捧げるんだな」
意味が分かりゾッとした。慌てて手をはたき、馬鹿にしないでと叫ぶ。その場から立ち去ろうとする私の背中に向かって、
「いいのか?あの野郎の側に居られなくなるんだぞ?」
「……憂介を裏切ることはできない」
「健気だねぇ。お前を裏切ってたかもしれないやつ相手に操立てとは」
「……本当のこと、まだ本人から聞けてないもの」
「チンクシャ、いいもん見せてやろうか」
黒烏刀を見せられた時と同じだ。あの時と同じように振り返ると、突然壁に追いやられ頭と背中を勢いよく打った。その拍子に頬を掴まれ、また奪われるように口付けられた。しかも、今回は舌を絡ませ、歯列をなぞり、息もつかせないほど激しい。
「ンンッ……、く、離し、て!」
長い時間いいようにされたが、思い切り突き飛ばしてようやく解放される。息が上がり、羞恥で涙が滲み一筋頬を伝った。すかさず、手を拘束され舌で舐めとられた。
「ッ!何すんのよ!!」
「俺が助けてやるって言ってんだよ」
意味がわからず顔を見つめると、あの時と同じように、咬介の全身から黒い覇気のようなものが上がっており溌剌としている。
「分かるか?お前の唾液や涙が、俺に力を漲らせてやがんだよ」
「そ、それが何だってのよ」
「まぁ聞け。あの野郎は血が枯れ無くなる病だったな。そしてその治療法は、星の祝福の力を使い血を増幅させるか、同じ紅獅子の血を持つ血縁者から血を分けてもらうか───……。但し後者は、血を提供する側にもリスクが伴う。ソイツになってやるって言ってんだよ」
目を見開き、聞き間違いじゃないんだろうかと疑った。
「そん……な……貴方が、どうして……」
「どうせその様子じゃ、星の祝福は憂介に効かなかったんだろ。だが勘違いすんなよ。さっきお前が言ってたからじゃねぇ。俺はあの野郎が大嫌いで、あの野郎のものは全部奪ってやるって決めてる。だからな、あの野郎の所有物であるお前も奪ってやるってことだ」
胸元をぐいと引っ張られ、そのまま勢いよく破かれた。弾みでボタンが弾け飛び、音を立てて落ちた。
「俺の血をアイツに分けた後、お前は俺に力を与えに来い。さっきも言ったように、お前の唾液、涙、汗───、そうだな。血でもいいか試してみるか」
悪鬼のように嗤う。
「いいわ」
私は即答し、腕にしがみついた。
「なんだってする。お願い。憂介を助けて!!
憂介が助かるかもしれないと思うと、堪えられず涙が溢れてきた。憂介に星の祝福が使えなかったとしても、この男に力を与えることで憂介も助かるなら、これ以上にない僥倖だ。そんな私の必死の形相を冷ややかに見つめ、
「……何故お前がそこまで必死になる。アイツは、お前に黙って子供まで設けていた裏切り者だろ。それともあの野郎を信じてるっていうのか?信じた分の見返りもないかもしれねぇのに」
「見返りなんていらない」
毅然に言い放つと、
「ただ、生きてくれればいい。それだけでいいの」
両頬を涙で濡らしながらも、強く確かな瞳で見つめ返した。咬介はフンと鼻を鳴らすと、
「……やっぱ面白ぇ女だな。ただそこまで言うなら、何でもする覚悟はできてんだろうな」
縋り付く私を見下げながら、
「お前、俺の奴隷になれるか?」
「なれるわ」
即答する。そして立ち上がると、どんなことを命令されても従ってみせる、と啖呵を切った。果敢な態度に剛を煮やしたのか、咬介は苛立ちながら私の肩を突き尻餅つかせると、
「なら土下座しろ。俺の足を舐め『憂介を助けてください』て言ってみな。少しは考えてやるぞ!オラァ!!やれよ!!」
───悪魔だ。
それでも誇りは曲げない。正座し、手を揃え、頭を地に付け嘆願する。
「憂介を、助けてください……。お願いします」
深く下げていた頭をおもむろに上げると、眼前の靴に両手を添え、口付けた。その姿に苛立ちが最高潮に達したのか、その足で私の肩を蹴り上げた。
「ッ、痛……!」
咬介はそのまま煙草に火を付け一服し、深く煙を吐くと、
「あーあ、つまんねぇ。興醒めだ」
その言葉に、考えが変わってしまったのかと肝を冷やした。何が何でも憂介を助けて欲しい一心だというのに。どうするべきかと焦っていると咬介は向き直り、
「そうだお前、前に渡した服があったな。あれ着て俺の部屋に来い。分かったな」
そう言い捨て部屋へ戻って行った。渡した服、というのは以前贈られた、丈の短いメイド服のことだ。出て行く際に処分しようとしていたが、幸いまだあるはずだ。慌てて取りに自室へ戻る。部屋の前には、出て行くために詰めたトランクケースがぽつんと置かれたまま鎮座していた。
メイド服に腕を通しエプロンをつけ姿見を見てみると、まるで娼婦のように脚を晒し、使用人とは程遠い出立ちの女がそこに居た。涙で目を腫らし鼻は赤く、とてもじゃないが仕事など出来そうにない、お遊びで服を着ているだけの女のように見える。だが急いで咬介の元へ戻らなくては。気を変えられてしまい憂介のことを助ける望みの糸を切られてしまうと、一生後悔する。憂介の生死が、私の行動に懸かっているんだ───。




