7-2
「あなたにまた会えたらずっと訊こうと思ってた。……どうしてあの時、私を救けてくれたの?」
白夜会で剣妖に襲撃されたあの日。剣妖の舌に拘束され、憂介も倒れ絶体絶命の中、あろうことかこの男はまず最初に私を助けてくれた。黒烏刀が本物だと示す為なら、私ごと剣妖を斬ってしまえばよかったのに。それどころか、敵対する憂介をその場で再起不能にさせることだって出来たはず。それなのに、しなかった───。
黙ったままの咬介に、続けて言う。
「……あの時あなたが助けてくれたから、私は今こうして生きながらえている。……だから、また会えたらお礼を言おうとずっと思ってた。……ありがとう」
頭を下げ、そのまま背を向けた。
「そりゃあ、いきなり口吸いされて死ぬほどびっくりしたけど……あれも、星の力を得るための儀式とかなんでしょ」
「そうだ。お前なんも知らねぇんだな」
背後で煙草の火をつける音がした。
「星の力を取り入れるには巫女の身体から出る津液───唾液とかその辺だな、そいつを取り入れる必要がある。気づいてないのか?お前は相当な力を持ってる」
「嘘よ」
「嘘ついてどうする。お前の首舐めたときに確信した」
言われて思わず首筋を隠した。咬介は相変わらず笑っている。部屋に忍び込んだ時だろうか。あの時から、そういうふうに見られてたのかと思うと背筋が冷えた。
「……じゃあ、星の力のために助けてくれたんだ。あの後貴方が簡単に討伐できたのも、力のおかげ?凄いのね」
「舐めんなよ、あんなモンなくとも仕留められた。星の祝福ってもんがどんなものか、ちょっと試してみただけだ」
……試すだけで口吸いされたなんて……。意識を失っていただろうけど、憂介の目の前でされたからすごくショックだった。でも、今となってはもうどうでもいい。
星の力がこの男には通用したのに、憂介には使えないのだから……。
咬介の眼をじっとみつめると、
「……あなた、本当は憂介のこと憎んでないんじゃないの?」
私が言うと、一瞬咬介に動揺の色が見えた。
「……だから、あの場で憂介を攻撃するなんて卑怯な手で出し抜くことはしたくなかった。正々堂々勝負するために、あの場でも私を救けてくれた。……案外いい人なのかもね」
黙ったまま答えない。
裏切られ、信じてきたものがすべて嘘だったかもしれない四面楚歌の中、咬介とは対等に話ができることが新鮮で嬉しかった。だけどこうして話ができるのも、今日で最後なのだろう。
「……お前、俺があの時お前を救けたのは、星の力や憂介の為だけだと本気で思ってんのか」
咬介はおもむろに口を開いた。何を意図しているのか汲み取れず、きょとんとする。
「それ以外に何が?」
「……バカ女。だからお前はチンクシャなんだ」
咬介は舌打ちし顔を背けた。よく分からなかったが、ため息をついて続ける。
「……この屋敷もあなたのものになるのかしらね。私の部屋も、あなたに返すわ。もう、ここへ戻ることもないから」
「……どういう意味だ」
「優二郎様に暇を出されたわ。ここの使用人もおしまい。また何処かで働き口を探さなきゃ」
「お前の主人はあの野郎だろう。なんで優二郎の言うことを聞く」
「仕方ないじゃない。だって憂介は……」
言葉が続かない。口にしたら、本当に憂介を喪ってしまいそうで。何も言わない私に、
「もうすぐ死ぬ身だから、か?」
顔を上げ反論しようとするも、ワナワナと体が震えただけで何も出てこない。
こいつ、知ってて言わせようとしたの。酷い。前言撤回だ。こいつに限っていい人だなんてない。
「それで捨てられたってわけか」
「違う!憂介には何も言われてない!……けど……婚約者と子供がいるなら、身を引くしかないじゃない……」
言葉は尻窄みしていく。まだ納得はしていないが、自分に言い聞かせるように言う。
「私は只の使用人で、憂介とは身分が違うんだから」
「あの野郎には何も言われてねぇのに、優二郎の言うことは信じたのか」
ハッとして俯いていた顔を上げる。
言われて初めて気づいたが、私はまだ、憂介から何も聞いていない。婚約者のことも、子供のことも。もしかすると私と憂介との仲を割くために、優二郎様がついた嘘の可能性だってあるのに。
どうして今まで気づかなかったんだろう……。病気と余命のことなどで混乱していたとはいえ、きっと婚約者だけならここまで盲目的にならなかった。子供がいると言われたことで、恐ろしく動転してしまったんだろう。なぜなら憂介は一度も私を───……。




