Doll's Garden
ツアー公式サイトからログインし、希望日程を選択していく。東京・名古屋・大阪・福岡・札幌──主要都市はいずれも二日間開催だが、俺が選んだのは地元である東京公演の最終日だった。
(ここなら多少融通効くはずだし……さっそく申し込んでみるか!)
ピコーン!
申し込み完了。結果通知は一週間後に届くようだ。
(今回こそ当選してくれ……お願いだ……!)
祈るようにスマートフォンを閉じて布団に入ったものの、結局なかなか眠れず。気づけば明け方近くになっており、そのまま仕事へ行く羽目になってしまうのであった。
◇◆◇◆◇◆
三日後の昼休み。社員食堂で弁当を食べている最中、突如として上司から呼び出された。
「悪い、急ぎで取材同行してもらうぞ」
「取材? 誰のですか?」
「新人アイドルグループ『Doll's Garden』のリリースイベントだ」
──ドールズガーデン? 初耳だ。上司曰く、最近結成されたばかりの7人組アイドルグループで、今週末デビュー曲を発表するらしい。雑誌媒体のインタビュー要請があり、現場の撮影係として俺が選ばれたとのことだった。
(うおお……これはチャンスなのでは?)
なんせ俺は最近アイドル関係の知識を仕入れていたから、撮影技術以上に現場慣れしているはずだ。むしろここでしっかり対応すれば評価も上がるかもしれない。
「わかりました!ぜひ同行させてください!」
即答すると、上司は意外そうな顔をした後、安堵した様子で頷いた。「任せたぞ」と背中を叩かれながら退室する。午後の業務中も、心なしか気分が浮き立っていた。
◇◆◇◆◇◆
金曜日の夕暮れ時。指定されたスタジオ兼イベントスペースに到着すると、既に報道陣やファンらしき人々が集まっていた。入り口でスタッフパスを受け取り、控室方面へ案内される。
「Doll's Garden様」と書かれたプレートを確認しノックをすると、「どうぞー」と甲高い声が返ってきた。
「失礼しま……っ!?」
扉を開けた瞬間、室内には若い女の子たちが七人ほど集まっており、彼女たち全員が一斉にこちらを見る。中でも一番手前にいた少女が立ち上がり、満面の笑みを浮かべた。
「はじめまして! 私たち、今日からデビューする『Doll's Garden』です! 宜しくお願いしますっ!!」
その声量たるや耳に響くほどのものだった。あまりの勢いに面食らっていると、別のメンバーが小さな声で「ごめんなさい、ウチのリーダーすごく元気で……」と謝ってきた。
(だ、大丈夫ですよ……こちらこそ宜しくお願いします)
心の中で返事をしながらも、彼女たちの笑顔に引き寄せられていく自分がいることに気づく。この子たちはまだ活動経験が浅いはずなのに、プロ意識を持った立ち居振る舞いだ。
やがてカメラマンさんたちが続々と到着し、撮影ブースで囲み取材が始まる。インタビューを受ける彼女たちの様子を横目に、俺は指示通りシャッターを切っていく。普段あまり使わない一眼レフカメラだが、今日はなぜか上手く扱える気がする。
「Doll's Gardenの皆さんは、どのような目標を持って活動されていますか?」
記者さんの問いに、先ほどの元気印少女が大きく胸を張って答えた。
「まずはトップアイドルを目指して頑張ります! そして、いつか憧れの“シンデレラガールズ”と同じステージに立ちたいです!」
(え……?)
その瞬間、俺の指先がぴくりと動いた。思わず視線を彼女へ向けると、眩しい笑顔のままカメラのフラッシュに包まれている姿がある。
(シンデレラガールズ……そうか、やはり……)
アイドル界における最大手ユニットへの憧れは至極当然のことだ。可奈ちゃんたちが築き上げてきた歴史は大きく、多くの後輩たちに影響を与えている。
とはいえ、まさかこんな新人グループが堂々とその名前を出すとは。同時に少しだけ親近感を覚えた自分がいる。
撮影が一段落したところで、再度控え室へ戻ることに。そこでふと目に留まったのは壁際に置かれたCDケースの山だった。「Doll's Garden First Single」──デビュー作にして1万枚プレスという意欲的な数字だ。
「これ……ご自分で積んだんですか?」
思わず尋ねると、先ほどのリーダー格が嬉しそうに頷く。
「はい! 昨夜みんなで配送センターへ行って、ここへ搬入しました。一箱ずつ運ぶの結構重かったんですけどね(苦笑)」
「自主搬入されたんですね……大変でしょう」
「でもこういう地道な努力が大事ですから!」
彼女の言葉には嘘偽りがない。逆境や苦労を楽しんでいるようなその姿は、どこか矢吹可奈ちゃんの姿と重なる部分があった。
「あなたもアイドル好きなんですか?」
「え? どうしてそう思うんです?」
「なんとなく……笑顔が似てる気がしたから」
──似てる? 誰と?
そう質問しようとしたとき、マネージャーさんから集合がかかり、彼女たちは慌てて撮影準備へ戻っていく。
(似てる……ってどういうことだろ……)
胸に引っかかりを覚えつつ、自分もカメラを手に後を追った。その後も彼女たちのエネルギッシュなパフォーマンスを見守りながら、撮影に集中する。何度か休憩時間には会話を交わし、徐々に彼女たちの素顔が見えてきた。
彼女たちにとって、アイドル活動は単なる仕事ではない。夢であり情熱であり生き甲斐なのだ。その熱意は周囲の人間にも伝播し、関わる全ての人々を巻き込んでいく力を持っている。
「ねぇねぇ、先輩! 今度よかったら私たちの応援に来てください! 来月から路上ライブとかイベントに出演する予定なので!」
帰り際、リーダーの女の子がそう言ってチケットを一枚押し付けてきた。
「ぜひ来てくださいね!」と無邪気な瞳で訴えかけてくる姿に、俺は思わず頷いてしまう。
(そうだよな……応援したいな)
そして同時に、胸の中でくすぶっていた感情が再燃する。“可奈ちゃん”もまた、こういう地道な努力を積み重ねてきて今の地位を築いたのだろう。ならば自分も少しずつ、彼女たちを支える側になれるよう成長したい──そんな思いが芽生えていた。
「わかりました。必ず伺いますね」
「本当ですか!? わぁ~嬉しいです!!」
彼女の喜びようを見ているうちに、自然と心が温かくなる。帰り道、スマホを開き「Doll's Garden」の公式SNSアカウントをフォローした。今後は彼女たちの活動も追いかけていこうと思う。
──そして翌日、シンデレラガールズ全国ツアーの抽選結果通知メールが届いたのであった。
「お、きた……!」
仕事中の俺は、緊張しながらアプリを開く。そこには、はっきりと表示されていた。
《落選しました》
(……)
スマホを握り潰しそうになる衝動を必死で堪えた。デスクで頭を抱える俺の背後から上司が顔を出す。
「おい、どうした。顔色悪いぞ」
「いえ……何でもありません」
「そうか? まぁとにかく、あのドールズガーデンの記事は上層部にも好評だったらしいからな。お前も頑張ったじゃないか」
「あ、ありがとうございます」
上司の言葉で多少持ち直したものの、内心はどん底だった。まさか外れるとは……ここまで来て!?
しばらくして休憩時間、自販機の前でぼーっと佇んでいると、背後から誰かに声をかけられた。
「あの……先輩!」
「え?」
振り返るとそこに立っていたのは、昨晩取材に行った“Doll's Garden”のリーダーだった。




