【第六章:『し』は掬い上げるように斬る】
【第六章:『し』は掬い上げるように斬る】
宮本武蔵の館。辿り着いたそこには、静謐という名の殺気が満ちていた。
門を開くや否や、一人の青年――宮本伊織が立ち塞がる。
「なんだお前も、武蔵様の剣を求めに来たのか。……武蔵様は忙しい。
お前なんぞに構ってられん。弟子ならもう取っとらん。他流を当たれ! 帰れ!」
「俺は島原、天照大御神神社の神主・天草四郎という者です。武蔵様のお知恵を借りに来ました」
「おちえ……? お茶を? 借りに来た? どういうことだ! 帰れ!」
「お知恵を、借りに来ました」
「おちえとはなんだ」
「賢く、問題を解決する力のことです」
「……賢い? お前、武蔵様にぶっ殺されるぞ! ここだけの話だがな、あの方は字も書けないんだ!
寺子屋にすら行ったことがない! 殺される前に帰れ!」
その時、奥から一歩、また一歩と「暴力の化身」が歩み寄ってきた。
山で一度だけ見かけた熊に似ている。
一目で分かる、殺意と力の塊。
「なんだ伊織、誰が来た」
「武蔵様、この者が……」
俺は臆せず、その巨躯を見上げた。
「お知恵を借りに来ました」
「おちえ? おちゃ? よくわからんが貸してやれ伊織」
「お知恵、です。賢く、問題を解決する力のことです」
「よくわからんが貸してやれ伊織」
「宮本武蔵様のお知恵、です。賢く、問題を解決する力のことです」
「……儂の知恵? ……賢い? 儂の知恵を、借りに来た? お前、儂にぶっ殺されるぞ」
武蔵の眼光が、鋭い刃となって俺の喉元を裂く。
「儂が誰かわからん田舎者か。この武蔵を誰だと心得る。伊織、武の化身と言えば、誰だ」
「武蔵様です」
「武を極めし者と言えば」
「武蔵様です」
「日の本一の武芸者と言えば!」
「武蔵様です!」
武蔵は鼻で笑い、俺を睨み据えた。
「で、小僧。儂の武を借りに来たのか、立ち合いに来たのか。……儂には分かるぞ、凄まじい神力だ。
だがお前ほどの者は数えるほどいる。自分が唯一無二だとは思わんことだ」
「武蔵様のお知恵を、借りに来ました」
武蔵の空気が一変した。
「わかった。殺す。道場に来い」
天照大御神(GM):
「クッ、ク、ク……! 面白すぎるぞ四郎! 挨拶から『殺す』まで五分か!
RTAでもやっておるのかお前は!
天下の剣聖を捕まえて『お知恵を貸せ』とは、もはや挑発の極致よな。
はー、これだから人間観察はやめられぬ。
よいか四郎、剣聖の『知恵』とは『いかに効率よく相手をバラバラにするか』に集約されておる。
お前の求めているものとは真逆かもしれんが……。
まあよい! ここは慈悲深い我が、ダイスで華麗に獲物を手加減させてやるかの!
武蔵よ、何を持って相手をしてやるつもりだ?」
【運命のダイス:武蔵の得物は何だ?】
決定的成功:01〜05(素手):命拾いしたな。打撲で済む。
成功:06〜20(木刀):まだ情けがある。骨折で済む。
失敗:21〜95(真剣・鎖鎌・その他凶器):殺意の塊。
致命的失敗:96〜100(二刀流):本気。人類には早すぎる。
ダイスロール……『67』!【失敗】
「あーりゃりゃ!? 四郎、運がないのう!
『失敗』じゃ! 武蔵の野郎、ガッツリ殺る気満々の武器を持ち出しおったぞ!
……これ、反転させたとしても『76』で状況が変わらんではないか。むしろ悪化しそうじゃ。
よし分かった、こうなれば死なぬ程度に神力だけは盛っておいてやろう!
死ぬなよ四郎! 死んだら誰が我が洗濯物を乾かす感謝を叫ぶのだ!
えいえい!天照! 天照!!」
【道場:血塗られた沈黙】
武蔵が手にしたのは、一目でわかる国宝級の十字槍だった。
「これは宝蔵院胤舜が使っていたものを譲り受けた。
奴も仏によく愛された男でな。加護と習練が混じり合い、阿修羅と戦っているかと思ったよ。
――儂が殺したがな」
槍先が俺の心臓へと向けられる。
鋼の鋭利な先端、横に伸びる十字の刃。
それを持つのは空気が揺れるほどの殺気を放つ怪物だ。
(……死ぬ。あっ、死んだ。これ以上、生を重ねるのは無理だ)
(生を重ねるのが無理ならば、死を重ねるしかない)
俺は迷わず上の衣を脱ぎ捨てた。
無防備な裸身のまま、ゆっくりと武蔵へ近づく。
そして、祝詞を唱えだした。
「……はらいたまへ、きよめたまへ。はらいたまへ、さきわいたまへ」
(神に祈るか、痴れ者め)
「はらいたまへ、きよめたまへ。
はらいたまへ、さきわいたまへ。
……はらえたまい、きよめたまえ、かむながらまもりたまい、さきわえたまえ」
背後に天照大御神の、圧倒的な熱量を帯びた気配が膨れ上がる。
(ほう……これが……こやつの加護、天照大御神か)
背中が熱い。血が沸騰し、身体から湯気が溢れ出す。
俺はトランス状態で祝詞を重ねた。
「その『地』の知恵を貸したまへ」
「その『水』の知恵を貸したまへ」
「その『火』の知恵を貸したまへ」
「その『風』の知恵を貸したまへ」
「その『空』の知恵を貸したまへ」
「知を究めし者よ、助けたまへ。我が島原を、助けたまへ」
(神憑りか……久しぶりに見るがあまりに未熟。発動に時間がかかりすぎる。まず神仏に頼る者はこれだから駄目だ)
武蔵の冷徹な評価を余所に、俺は咆哮に近い祝詞を叩きつける。
「宮本村より来たる神よ、新免無二斎を父に持つ者よ、新免武蔵宮本武蔵、剣の先に見し知恵を貸したまえ!」
数瞬の間のあと、天照大御神の気配がふっと消えた。
武蔵の眉が大きく跳ねる。
「……その祝詞、儂に言ったのか! なぜ儂を神のように扱う! なぜ儂の父の名を、儂の幼名をしっておる!お前は何者だ、どこから来た! なぜ儂を知恵者扱いする!儂は字すら書けないんだぞ!」
俺は静かに、その瞳の奥へ告げた。
「俺の名は天草四郎時貞。……俺には生まれる前の確かな記憶があります。
今よりおよそ四百年後の未来から来ました」
「四百年後……だと? 先の世から今の世に来た?理屈が合わんではないか!時は元には戻らんぞ!」
「水車が何度も回るように、すくわれる水が少しずつ違うように、人の世も巡っているのです。
俺は、次の水車の、次の日の本、次の島原に移された水滴なのです」
「はっ、うまい事を言う。輪廻転生も随分便利になったものだ! 儂を神扱いしたのは何故だ!」
「俺のいた時代にあなたを祀る神社があり、あなたが神のように尊敬されているからです。
そして、未来に伝わるあなたの一冊の本――『五輪書』こそが、知恵の塊だったからです」
「はっ! 五百年後も人は人を斬りたがるか! お前はその本を読んで何人斬った!」
「いえ。知恵を学ぶ本として、生き方を学ぶ本として読みました。
俺の時代で、あなたの知恵を知らぬ者はいません」
「伊織!」
「はい、ここにいます!」
「あなたの本は、名著の中の名著として読み継がれています」
「伊織!!」
「はい、ここにいます!!」
「だが……儂は字が書けん! どうやって書いた!」
「知りません。……今から覚えるのではないですか?」
「今から……?」
「一文字ずつ」
「一文字ずつ?」
武蔵は苛立ち、声を荒らげた。
「間に合うか! 字は一杯あるんだぞ! 数えきれない位あるんだぞ、お前知っているか!」
「ひらがななら五十文字ほど。二ヶ月あれば覚えられます。本も書けます」
「伊織!!!」
「はい、ここにいます!!!」
俺は道場の床を指でなぞった。
「『し』は、こう書きます。
真っ直ぐの棒が、途中で地面に着いた瞬間、掬い上げるように斬る」
「……掬い上げるように、斬る」
「これが『し』です。武蔵様の『し』。天草四郎の『し』。
……武蔵様、文字を、ひらがなを教える代わりに、島原の『し』を助けてください」
天照大御神(GM):
「……凄まじいな。四百年の時を、ただの一文字で繋ぎよった。
四郎、そなたの放った『し』の一文字が、武蔵という怪物の魂を完全に貫き、固定してしもうたわ!
運命の賽すら、この瞬間の重みに固唾を呑んでおるわ。
見よ、あの武蔵の目を! 暴力の化身が、今、求道者の顔に変わるぞ……!」
武蔵は十字槍を置き、床に引かれた『し』の跡を見つめた。
そこには、四百年の時を超えて届いた「完成された線」が宿っていた。
「……掬い上げるように、斬る。……『し』、か。……ただの線ではない。
これは……これは、剣が通った道だ」
武蔵の眼から殺気が消え、求道者の澄んだ光が宿る。
「伊織。紙を持ってこい。筆と墨もだ。
……どうやらこの小僧の話、最後まで聞かねばならんようだからな」
**天照大御神(GM):**
「やりおったな! まさかこの『武』の怪物を、一文字で手懐けるとは!
祝詞を使うなら我を呼べ! 呼ばれん場所に自信満々に現れて、ちょっと恥ずかしかったではないか。
まあ、誰にもバレておるまい。我も知恵を扱わないわけではないからな。
誤解を招く言い方をした四郎が悪い。まったくけしからん奴じゃ。
さあ、『宮本武蔵』を味方につけて、島原をどう描き変える!? えいえい! 天照! 天照!」




