【第一章:ダイスロールは、餅の味】
【第一章:ダイスロールは、餅の味】
視界がホワイトアウトする。
猛烈な光の渦に飲み込まれ、次に意識が戻ったとき、俺はわずか一歳の体になっていた。
自分が誰で、ここがどこなのかを目の前にいるのは誰なのか理解するのに、それから数年の月日を要した。
そして、十四歳になったある冬の日のことだ。
俺は父と共に長崎の町を歩いていた。降りしきる雪が、町全体を不気味なほどの静寂で包み込んでいた。
不意に、脳内にあの傲慢な声が響く。
(のう四郎、ダイスを振らんか。上手くいくと、家でお前の大好きな餅がたらふく食えるぞ)
「……ダイス? 今、ここでですか?」
(1~10できなこ、11~50であんこ、51~100で磯辺焼きじゃ)
「俺の大好物のきなこの出目が悪くないですか? 1~30はきなこ餅ってのはどうです?」
(言うてる場合か! 1~10できなこ、11~50であんこ、51~100で磯辺焼き! 早く振れ! 早く帰れ!)
「100側に磯辺焼きを入れてるのは、あんまり甘くないから? 天照大御神様は実は甘党なんですか?」
(馬鹿かお前! 早く振れ! 早く帰れ! 早う! 早う! 早う帰れ! 早――あーあ、間に合わんかったか)
アマテラスの声が、ふっと体温を失う。
(……恨むなよ、四郎)
直後、静寂を切り裂いたのは、耳を刺すような役人の罵声だった。
「踏め! 踏まぬなら今すぐ地獄へ送ってやる!」
泥と雪にまみれた「殉教の列」。
冷たい地面に跪かされ、青銅の「踏絵」を突きつけられた農民たち。
その中に、幼馴染のお雪がいた。
震える足で立ち尽くす彼女の背後に、役人の刀が振り上げられる。俺は群衆をかき分け、彼女の元へ飛び出した。
「お雪! お雪じゃないか! なんだお前ら、お雪に何をするんだ!」
「この娘は異教徒! 日本の神をないがしろにして、デウスなどという異国の神を信じておる。悪いが坊主、禁教、邪教、キリシタンはお上のお達しでな、殺さねばならぬ」
「何を言ってるんだ! 何を信じてようが、何を尊敬してようが、そんなの誰にも関係ないじゃないか!」
「それはこの娘に言ってくれ。我らも辛いのだ……この絵を踏むだけで良いのだ! 目を瞑ってただ踏むだけ。娘! おぬしら! なぜそれが出来ぬ!」
役人の悲痛な叫びすら、雪の中に吸い込まれていく。
俺はお雪の細い肩を掴み、必死に訴えかけた。
「お雪、踏め! デウスなんてただの昔話だ! 異国の神のことなんてどうでもいいから――俺を信じてくれ!」
しかしお雪は悲しげにこういった。
「……デウス様を信じて死ねば、天国に行けるの」
そして狂信的な光を瞳に宿して微笑んだ。
「四郎様、あなたを信じて……私たちは一体、どこへ行けるというの?」
俺は絶句した。
救うための言葉が喉に張り付いて出てこない。
現代の合理性も、未来の知識も、目の前の「死ねば救われる」という強固な信仰には、あまりにも無力だった。
次の瞬間、冷たい鋼がお雪の体を貫いた。
溢れ出した「赤」が、両手を濡らす。
嗚咽が止まらなかった。
白銀の世界が、どす黒い鮮血で塗り替えられていく。
(お雪、お雪、お雪――何が悪かった。どこで間違った。天国ってなんだ)
(死ねば救われる? ――なんて強力で、悪質な嘘だ。死人に口なし、確かめようがないじゃないか)
(どうしてお前が死ぬ。この血のどこに救いがある。これのどこがデウスの慈悲だ)
(救いが無い。救いが無いから、人はこんな嘘に縋って死ぬのか。ならば――)
(そんなに救いが欲しいなら、俺が、俺が救ってやる!)
俺は血に染まった雪を握りしめ、魂の奥底に、剥き出しの志を刻みつけた。
【この国から、キリスト教を廃止する】
その方法は、剣による殺害ではない。
他教による『教えの凌駕』をもって、根底から塗り替える。
既存の神にその力が無いというのなら、俺が新しい教えを創るまでだ。
名は、そう――「天草教」。
デウスよ、お前は、俺が必ず廃業させてやる。
天照大御神(GM):
「……ふふ、く、く、く! 驚いたぞ。歴史を根底から叩き折るほどの、烈火の如き『志』じゃな。
そなたが選んだのは、幕府への恭順でも、単なる殉教の道でもない。
キリスト教という巨大な精神体系を、自らの知性で『止揚』し、塗り潰すという――【宗教家・哲学者としての覇道】。
よいぞ、四郎。その不遜なまでの愛と狂気、存分に振るうがよい!
今ここより、運命の賽は、神をも超える意志で回り始めたのじゃ!」




