【第九章:輪廻を超えて、会いに来ました】
【第九章:輪廻を超えて、会いに来ました】
原城の天守。
そこには、デウスという異国の神に魂を焼かれた、かつての父の姿があった。
「みんなを救うためなのだ四郎! なぜわからぬ!
お前も、年貢を納められずに焼かれた民を何度も見たはずだ!
力を貸せ! デウス様を信じれば、みな必ず天国に行けるのだ!」
「父上」
「来るな四郎! 儂は親だぞ! なぜ言うことを聞かぬ、なぜ儂の神を信じぬ!
人殺しめ! ここに来るまで何人殺した! 皆、お前が救うべき島原の民なのだぞ!」
「父上」
「お前のような奴は地獄へ行く! 未来永劫、地獄の炎に焼かれるのだ!
……だが、今なら間に合う。な、四郎。儂の手を取れ。父の手を取れ。お前を必ず助けてやる」
「父上」
「おお、まさか父を抱きしめてくれるとはな!父はうれしいぞ四郎!
わかってくれたか! 共に、共に民を助けようぞ!」
「父上」
「……やめろ四郎、やめろ。痛い、痛い、力を込めすぎだ。やめろ四郎、背骨が折れる――」
「父上」
「四郎! 四郎! 四郎……ッ!」
「父上」
――ミシリ、と。
硬いものが砕ける音が静寂に響く。
益田好次の体から力が抜け、力なく崩れ落ちた。
「……四郎」
それが、かつて父と呼ばれた男の最後の言葉だった。
四郎は父の首を抱き、血に染まった道をゆっくりと神社へ向かった。
誰も声を上げない。
黄金の神気を纏い、返り血を浴びたその姿は、神という名の怪物そのものだったからだ。
神社に辿り着くと、そこには宮本武蔵が一人、腕を組んで立っていた。
その瞬間。
四郎を包んでいた黄金の神気が、陽炎のように揺らぎ、吸い込まれるように産屋の方へと流れていった。
背後の産屋から、一際高い赤子の産声が響き渡る。
「……来たか。ちょうど、生まれたぞ。お前の娘だ」
「あ……」
四郎の髪から白銀の輝きが消え、元の黒髪に戻る。
同時に、一歩も動けぬほどの疲労と、致命的な虚脱感が彼を襲った。
神という「柱」を失った器は、もはや自立することすら叶わない。
「おい、四郎!」
武蔵が駆け寄り、倒れ込む四郎を抱き止める。
四郎の視界は急速に暗くなっていくが、産屋から一人の女性が赤子を抱いて駆け寄ってきた。
「四郎様! 見てください、女の子です……!」
(産まれ立ての赤子というものは、いつ見ても神々しいものだな)
(……手を取れ)
(え……?)
(我の手を取れ)
まさか、そういうことか。
四郎は震える手を伸ばした。
千人を屠り、父を砕いた手が、恐る恐る小さな命に触れる。
ぎゅっ、と。
小さな、だが確かな力が、四郎の指を握り返した。
「……ああ……」
温かい。
ただの、ちっぽけで、壊れそうな、生きた人間の体温。
「産気づいていたらしいが、お前のこの様子を見て、周りが言えずにいたようだ。
……なんと名を付ける。考えてから眠れ、四郎。お前が守った命だ」
「……てらす」
「ん?」
「天草てらす。良い名でしょう、武蔵様」
「……ああ。いい名だ。ゆっくり眠れ」
武蔵は十字槍を傍らに置き、本殿の前にどっかと座り込んだ。
「……お前が眠っている間、この神社を脅かすものは宮本武蔵が相手をしてやろう。案ずるな」
四郎の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「……温かいな。……本当に、温かい……」
その呟きを最後に、四郎の意識は泥のように、深く、優しく沈んでいった。
「おい、四郎! 誰か、誰かおらぬか! 四郎!」
天照大御神(GM):
「……ク、クハ、ハハハ……!
ようやく、ようやく身体を得ることができた!
永かった。本当に永かったぞ四郎。……いや、父上!
神というのはな、一定の周期で人の器を持たねばならぬ。
神がかった力を持つ人間が時に現れるのはそのせいよ。
島原に、天草として生を受け、戦火に呑まれずに育つ道を探し続け
……ようやく、ようやくこの時を掴み取ったのじゃ。
しかし、人か……。ずいぶん久しぶりで、思うように体が動かぬな。
そして、眠い。
……眠いだけなのに、何故か、涙が止まらぬ。
不思議じゃな。
悲しくはない。決して悲しくはないはずなのじゃが……。
父上、起きてくれるよな?
まさかこれが今生の別れなどとは言わせぬぞ。
父上、てらすだよ!
輪廻を超えて、てらすがまた、あなたの娘として会いに来たのですよ!
父上! 父上!! 父上!!!」




