【第八章:武器は転がっている】
【第八章:武器は転がっている】
島原、天照大御神神社の本堂。
人払いをし、立ち込める線香の煙の中で、宮本武蔵は吐き捨てるように言った。
「お前の父親を殺すしかないな、四郎」
俺の手には、父・益田好次からの書状がある。
『年貢と飢えに苦しむ民を救うため、原城にて一揆を起こす。四郎も助力せよ』
――という呪いのような誘いだ。
「島原の食料問題は、もう解決した。
伊織が薩摩に向かっておる。あそこの赤芋は持ち出し死罪の禁制だが、命が強くてな。
荒地でも水が無くてもうんと育つ、薩摩の歴史が生み出したこの世の奇跡だ。
持ち出し死罪ということはだ、最悪『死ねば』誰でも持ち出せる。こんな簡単なことはない」
武蔵は事も無げに笑う。
「あれで伊織は二天一流、円明流を継ぐ者。
本気になったあ奴に、この世で出来ぬことは少ない。……だが四郎、問題はその後だ」
武蔵の目が鋭く俺を射抜いた。
「一揆の首謀者がどうなるか知っているか。死罪だ。そしてその家族も死罪。
お前も、お前の息子も、お前の嫁たちも、みんな仲良くお陀仏だ。
……お前、さっき見た自分の赤子が可愛ければ、お前が行くしかない」
「……俺が行って、父を殺せと?」
「そうだ。一揆勢の首領をその手で討ち、乱を鎮めた英雄になれ。
さすれば藩も幕府も、おぬしの家族には手出しできん。
一人で千人を平らげる化け物に、喧嘩を売る馬鹿はおらぬからな」
「いいなー、戦に行きたいなー。
儂が神主の格好をして背中に『あまくさしろう』と書けばバレんかなー」と子供のように零したが、俺の冷めた視線に肩をすくめた。
「まあよい。千人いても、儂より強い奴はおらん。儂の太刀筋は散々見せただろ。楽勝よ。
……素手で行ってこい」
「素手、ですか」
「お前、武器使い慣れておらんだろ。
神力があれば十分だ。戦のコツを三つ教えてやる。
一つ、『あるものは全て使え』。敵の農具も武器も、全部お前のものだと思え。
二つ、『無いものも全て使え』。あり得ぬもの、その場に無いものすらも、知恵で手繰り寄せろ」
「三つ目は……?」
「『探せ』。三つ目も四つ目も、残りは全部自分で探すんだ。戦は楽しいぞ。
……さあ、行ってこい。宮本武蔵が見届けてやる」
武蔵の背中越しに、遠く原城に集う千の殺気――針のような点の群れを感じる。
「どうする四郎、人のままで行くか? 神を降ろして行くか?」
「……神主ですので。神に願いを伝え、背負って行きます」
「それがいい。毘沙門天、摩利支天、不動明王……戦神はいいぞ。
儂のように戦うのが三度の飯より好きな神だ。喜んで力を貸してくれるだろう。どの神で行く?」
俺は迷わず、その名を呼んだ。
「俺は――天照大御神で行きます」
**天照大御神(GM):**
「ク、ク、ク……! 面白い! 狂おしいほどに面白いぞ、四郎!
実の父をその手で屠り、家族を、そして島原の未来を繋ぎ止めるか。
宮本武蔵という男は、そなたを『英雄』という名の地獄へ突き落とそうとしておる。
こうなってしまっては我の加護は、もはや温かな日だまりではない。
すべてを焼き尽くし、跡形もなく消し去る日輪の焔よ!
【試練:一揆勢千人への単騎突撃】
成功範囲:01〜30(無血開城:父との対話)
失敗範囲:31〜70(激突:武器を持つ者との強制戦闘)
致命的失敗:71〜100(最悪:問答無用の殺戮、絶望の深淵)
さあ、運命の賽を振るが良い!!」
ダイスロール……出目は――『46』(失敗!!)
「……ああ、四郎。話し合いなど無用。そこに居るのはもはや言葉の通じる民ではない。
狂信という毒に中てられた、飢えた獣の群れよ!」
俺は拝殿を後にした。
一歩、境内を踏み出すごとに、背中の「熱」が皮膚を焼き、陽光を歪ませていく。
「かしこみ、かしこみ……」
二歩。俺の髪が不自然なほど白く輝き始め、周囲の空気が激しく振動する。
三歩。熱だ。地面が燃えるように熱い。熱が身体を通り陽炎のように揺らめきながら、原城を望む野へと進む。
原城の門は閉じたままだ。
竹槍、錆びた刀、農具を掲げた者たちが、獣のような咆哮を上げてこちらを指差す。
「邪教徒だ! 天照の邪教徒が来たぞ!」
「我らの戦を邪魔にしに来たか!決していれるな!」
「一人で来るとは見上げた根性!だが根性でこの門は開かぬぞ愚か者!」
かつて俺が救おうとした民の口から、呪詛が吐かれる。
彼らの目に、今の俺はどう映っているのか。
「あるものは全て使え……無いものも全て使え……」
武蔵の言葉が、脳内で灼熱の音となって反響する。
門をためしに叩いてみる。
「双按」
木がしなる。門は開かない。
「双按」
木がしなる。門は開かない。
(そういえば、なんで双按が好きなんだっけ)
「双按」
木がしなる。門は開かない。
(双按を通すのには二通りの方法があって)
「双按」
木がしなる。門は開かない。
(一つは浸透勁の技術を高めて通りやすくする)
「双按」
木がしなる。門は開かない。
(もう一つは相手に通るまで打つ)
「双按」
木がしなる。門は開かない。
(相手に通るまで打つ!)
「双按」
木がしなる。門は開かない。
(熱いなあ。相手に通るまで打つんだ双按は)
「双按」
木がしなる。門は開かない。
(あれ?おかしくないか?)
「双按」
木がしなる。門は開かない。
(門の隙間から見える、閂)
「双按」
木がしなる。門は開かない。
(神社の神木に比べて、ずいぶんと細いんだな)
「双按」
木がしなる。門は開かない。
(不思議だな。なんであんな棒が)
「双按」
木がしなる。門は開かない。
(俺の邪魔が出来るんだ?)
「双按」
「……」
「双按」「バキッ!」
「おい、やめろ!」
「双按」「バキバキッ!!」
「来るな! 来るなと言っているだろう!!」
「双按」「バキバキバキバキッ!!!」
堅牢な門が、見えない巨人に踏み抜かれたかのように内側へ爆ぜた。
門を守っていた兵たちが叫ぶ間もなく吹き飛ぶ。
竹槍を掲げた者たちが、スローモーションのようにゆっくりと俺に向かってくる。
命を懸けて殺しに来ているはずなのに、その動きが、その覚悟が、あまりに緩慢で、腹立たしい。
「……ふざけるな」
突き出された槍の柄を掴んで振り回す。
一振りで折れる。質の悪い武器だ。 代わりに、何かないか。
(あるものは、全て使え)
足元に転がっている「これ」でいいか。
俺は倒れている人間の足を掴み、適当に振り回した。
肉と骨がぶつかり、砕ける鈍い音。
「……なるほど。重さも長さも丁度いい。いっぱい、あるしな」
わかった。俺は多分もう、人間には戻れない。
天照大御神(GM):
「……クハハハハ! 見よ! これがそなたの望んだ救いの形、その成れ果てよ!
千の絶望が、そなたの神気に焼かれて灰になるのが先か。
それとも父親の首が、その手の中で冷たくなるのが先か。
ゆけ、天草四郎! 日輪の化身よ!
この地獄を、ただ一人の死体すら残さぬ……『完全な沈黙』で浄化してみせよ!!
えいえい! 天照! 天照!!」




