第63話 絶望より先の光
「…………ここは」
目が覚めると、そこは白い部屋だった。
窓もなくドアさえないその「檻」は、私を閉じ込めるためのもの。
私は玲真との戦いに敗北した。
アメリカ最強の魔導兵器である以前に、私は軍人。任務を失敗した罪は大きい。それが国一つを簡単に滅ぼせてしまうような殲滅級魔導士が相手なら尚更だ。
恐らく私は一時的に魔法実験のモルモットにされてしまう。
その結果生還出来るかは不明だが、限りなく低いと思う。
「………死にたくないなぁ」
きっとそれは、私が殺してきた人たち全員が思っていたことなんだろう。
私もそれを感じるようになった。
最近まで世界なんてどうでもよかったのに。
玲真のせいだ。
あの優しさに触れてしまったせいで、人間らしさを取り戻した。
あの『光』は、私の時間を進ませた。
だから、死にたくなくなった。
脱走しようにも、自分の首には首輪が付いている。
この首輪は魔力生成、術式構築を阻害する効果がある。基本的に魔法刑務所で使われるような代物なのだが、まあ任務失敗の代償ということか。
これのせいで私はただ身体を鍛えているだけの女子に成り下がっている。この状態でここから脱走するのは不可能だろう。
試しに魔力を腕に集めてみるが、すぐに霧散してしまった。
何度試しても結果は同じ。
「…………はぁ」
これが人を殺し過ぎた罪なのだろうか。
重いとは思わないし、むしろ自分は地獄行きだと思っていたからこの流れは至極当然だと言えよう。
ここの実験で道具のように使われ、そして地獄で鬼の拷問を受ける。
…………我ながらなんて悲観的な想像だろう。
もう少し楽観的に考えられないものか。マオさんのように、何とかなるさの精神になれないのだろうか。
…………無理だ。
私にそんなプラスの想像力はない。
小さい時から訓練、戦争、工作………暗い出来事しか経験してこなかったのだ、それでポジティブに考えられる方がおかしいというもの。
…………でも。
あの人みたいになれたなら。
こんな世界で生きてきた私でも、平和に楽しく生きられたなら。
どんなにいいでしょう。
どんなに嬉しいでしょう。
なんて考えても、現実は何も変わらない。
あれだけのことをしてしまったから、私のヒーローが駆けつけてくれるとは思えない。
だから、もう、助からない。
私はここで死ぬ。
苦しんで。
一人ぼっちで。
寂しく。
暗闇の中で。
「…………たすけて、ヒーロー」
それに答える人はいない。
『やあ、シルヴィアくん』
聞き覚えのある声が響いた。
私をこの地獄へと引きずり込んだ元凶の声が。
「…………ローレンハイツ中将」
アメリカ陸軍所属対軍級魔導士バッツ・ローレンハイツ中将。
私が所属する陸軍特殊魔導大隊の指揮官。
私が今、一番会いたくない相手だ。
『気分はどうだい?』
「最悪ですよ、閣下」
脳裏に声しか聞こえない彼の顔を思い浮かべる。
左目に眼帯をつけた白髪の中年(本人に言うと怒る)の姿だ。
「それで、私の刑期はいつまでです?」
『死ぬまでさ』
「………それはまた随分と」
双方、声が笑っていた。
「私の魔法、研究はしていましたよね。終わったはずですけど」
そう、魔導士になったときに一通り研究や実験自体は終了している。
だから研究機関としても用済みのはずなのだが。
『君には、本当の意味で兵器になってもらうよ、シルヴィアくん』
「……それはどういう?」
『こういうこと』
私の前に、立体ホログラムが投影される。
それは何かの設計図のようだった。
「……大砲?」
『ただの大砲じゃないよ。それは地脈、水脈、火山、台風、自転、公転、重力といった全ての自然エネルギーを吸収することができる究極の兵器』
「……そういうことですか、悪趣味ですね」
『分かってくれたようで何より。この魔導大砲はきみを直接組み込むことで完成する。きみには肉体限界があるが、これなら余程のことがない限り大丈夫。
つまり、壊れない人間兵器。
いや、もう人間じゃないなコレは。人間を埋め込む兵器か』
「…………………………そんな大層な計画が立っていたということは、私は成功しようがしまいがどっちみち人間じゃなくなっていたということですか」
『せいかーい♪』
殺したくなる。
『ねぇ、どんな気持ちなの? 報いのない人生を歩むっていうのは。…………いや待てよ、祖国に報いることはできるか。
幸福だね、きみは』
ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!!!!
「……いやだ…………」
死にたくない。
私は、人間でいたい。
もう一度、もう一度だけ…………。
打ち砕かれるとしても、この希望を。
『光』を。
「…………助けてよ……………〝ヒーロー〟!」
『誰のことを言っているんだい? きみを救う人なんて誰もいないよ?』
…………そうだよね。
たくさん人を殺してきたのに、虫が良すぎるよね。
『そろそろ起動実験したいんだけど』
――――――今までの私に、さようならを……。
「よっ」
「…………えっ?」
幻聴だと思った。絶対に、ぜーったいに有り得ないから。
でもその声は、あまりにリアルで。
あまりに、透き通っていた。
「うそ……」
顔を見上げるとそこには――――――私のヒーローが、立っていた。
黒い髪を靡かせて、黒い瞳で私を見つめている。
「れい……ま……」
『ば、ばかな……何処から入り込んだ⁉』
「え、ふつーにゲートで転移してきた」
「て、転移……? そんなこともできるの?」
「俺がっつーか、相棒のお陰っつーか……」
「…………助けに、来てくれたの?」
「だって、お前が助けろって言ったんじゃん」
「……そっか…………そっか!」
多分今、私は笑えている。
人生で一番、笑えてる。
『ふ……ふざけるな! そいつは我が国の財産であり、兵器だぞ!
日本の…………一民間人が、連れ出していい女じゃない!』
「おいおい、アメリカは自由の国なんじゃなかったのか? 本人が助けてって言ってるんだぞ、助けるのが筋ってもんだろ」
『こ、このガキィ……!』
少年は笑った。
「かかってこいよ。……それとも、勇気がないか?
――――――女の子に戦わせるようなクソ野郎だもんな!」
挑発するような、嘲笑うかのような笑みで。




