第62話 戦いの後
目が覚めると、白い天井が見えた。
意識が覚醒するのに数秒かかり、やっとそこが病室なのだと理解できた。
「…………病院……」
呟き、身体を起こす。
すると、右腕に激痛が走る。思わず姿勢を崩し、また寝転がった。
「そうか……俺はあの時――――――」
『流王』――――――。
刀剣魔法によって成り立つ技の極地。今の俺が使える最高の技だ。
フィリアとの特訓で生み出し、認められたもの。だが彼女からはそれあ使うなと言われた。危険すぎるから、と。
そんなこと俺だって百も承知だった。
でも、それだけの無茶をしなければ勝てない相手だと思った。
彼女が放った最後の一撃、あれを防ぐ方法は俺にはなかったのだ。だから、最後の奥の手だった『流王』に全てを賭けることにした。
結果的に上手くいったようだが――――――
「………そうだ、結果……あの戦いの結果は⁉」
ふと、枕元にあった白い封筒が目に入った。
宛先はなく、手紙のようだ。
「…………」
意を決して封筒を開き、中の紙を見る。
そこには――――――。
『拝啓、緒方玲真様。
拙い日本語でこのような文章を書くこと、ご容赦ください。
私はシルヴィア・グランベルク。
貴方がこの手紙を見ているということは、貴方は無事に目覚めたのでしょう。あの祭りのような大喧嘩が終え、雌雄の決した後。貴方は病院へと緊急搬送されました。医者の見解によると「特別な魔法を複数回重ねたようだ」とのことでした。
どうやら、貴方には多くの秘密があったようですね。
貴方が私と戦ってくれて、私は多くの物を得ました。人としての心も、希望も。
本当にありがとう、そして、ごめんなさい。』
「シルヴィア……」
確かに、彼女は俺たち兄弟を襲った。
母さんに手を出すかもしれなかった。でも、俺に彼女を恨むことはできない。
恨もうにも、彼女と分かり合ってしまった。
だから、もう……無理だ。
たとえ彼女が極悪人だったとしても、憎めなかっただろう。
「……裏面もあるのか?」
『これは、私の身勝手で醜いお願いです。
貴方に負けたことで私は作戦失敗の責任を負わされることになるでしょう。
最悪、殲滅級魔導士の階級を剝奪されて研究所でモルモットにされてしまうかもしれない。
本国から帰還命令が出て、私も覚悟せざるを得ない状況です。
こういう言い方は良くないと分かっているのですが、私も死にたくはありません。
貴方が私のヒーローなのなら、お願いです。
助けて、ヒーロー。
敬具。』
「…………ったく、何じゃそりゃ」
助けて、って―――あれだけ派手にやり合った相手に頼むことかよ。
「…………」
「玲真、手紙は読みましたか」
いつの間にか、フィリアがベッドの隣に立っていた。
「フィリア……なあ、マジック・ウォーからいったい何日経ったんだ?」
「丁度、今日で一週間です」
「一週間……か」
思ったより時間が経過している。
まあ、あれだけの無茶をして死んでいないんだから充分奇跡だな。
「フィリア、お願いがある」
「分かっています。回復魔法で貴方を全快にしろ、と言うのでしょう?」
「…………お見通しか」
妖精の少女は優しく微笑んだ。
まったく、敵わないな。
「……結局、あの技を使いましたね」
「…………はい」
言い訳できるような立場でも状況でもないので甘んじて叱られよう、そう考えたのだが――――。
「………無事で、よかった……!」
いきなり、妖精の少女が抱き着いてきたのだ。
あまりにも突然で、予測は出来なかった。起こしていた上半身が彼女の身体によって包まれ、温まる。
「………ありがとう」
痛む腕で彼女を抱きしめる。
「お前のお陰で、家族を、俺自身を守れた……本当に、ありがとう」
ふと、肩に水滴が落ちたのを感じた。
「フィリア……?」
「ぐすっ……うぅ……玲真のばかぁ……!」
「…………フィリア……」
決壊した彼女の涙が零れていく。
その涙の原因は、俺だ。
俺自身なんだ。
「……ああ、俺はどうやら……どうしようもない、大馬鹿野郎らしいな」
「ええ……馬鹿です、大馬鹿です……貴方は私を救ってくれた。だから、貴方には、私の元に帰ってくる、義務があります……!
絶対に、死なないで、玲真。お願いだから、私を一人にしないで……」
俺は、この人の「大切」になると言った。
彼女は俺に、「家族」が欲しいと言った。
そして俺たちは、本当の意味で出会った。
「ああ、分かったよフィリア。
俺はお前を一人にはしない。絶対、あの家に帰るから……俺がお前の「大切」である限り」
「………―――行くんですか?」
「勿論だ」
「優也君の言う通りでしたね……彼は学校に行く前、こう言っていました」
『きっと兄さんは彼女を助けに行く、それは誰にも止められないよ。兄さんは僕みたいに状況で人を選ばない。
兄さんは知ってしまった人を、友達を見捨てられない』
「…………あいつ」
良く、分かってるな。
「貴方は彼女に酷いことをされました。家族が狙われました。それでも、それでも貴方は、彼女を助けたいと思うんですか?」
「……ああ」
迷いはない。
というより、吹っ切れた。
俺は、シルヴィアを助けたい。
「俺は、もう一度……あいつと一緒にゲームがしたい!」
あの世界、魔法とプログラムで造られた偽物の世界で出会った俺達は確かに絆を育んだ。
俺はその絆を信じたい。
「俺は、あいつの英雄だから!」
「…………それでこそ、私の英雄です。じゃあ、彼女をちゃんと助けて、私たちが待つ家に帰ってきてください」
「……ああ!」
次の瞬間には、フィリアの手に魔法の杖が握られていた。
「――――――『無明の悠久、小金の真理。輝く大地の元、その未来を提示せよ。我ら冒険者、その未来を探る者なり』」
俺の身体を金色の光が包む。
「『オーロラ・アリエル』」
光が傷へと集まっていき、徐々に痛みが晴れていく。
魔法による癒しの光が消え去った頃には、傷も痛みも消えていた。
「……ありがとう、フィリア」
「玲真……もう、限界なんて超えないで下さい」
「…………?」
フィリアはより一層涙を浮かべた。
「貴方を含め、この世界に生きる人々は限界を超えることを肯定的に捉えています。
――――――私には、それが分かりません。
限界とは、超えてはならないから限界というのです。超えないでいいなら超えない方がいいに決まっています」
「…………ごめん、無理して………」
「いいえ、それが貴方ですから――――私はそれを待ちます」
ベッドの横にあった小さなデスク。そこには俺の普段着が綺麗に畳んであった。
「母さん……」
「私たち三人から……貴方へ」
『いってらっしゃい』
「うん……――――――いってきます」
Alice、ゲートオープンだ。
≫YES、マスター。目的地はどちらに?
「…………俺を待つ、お姫様のところへ!」




