第61話 王
「俺が、アンタを救うヒーローになってやる!」
少年がそう宣言すると、相対する少女は静かに笑った。
だが、双方手を緩めることはない。
それが意地なのか、自分のためなのか、誰かのためなのかは彼ら自身にも分からない――――――いや、今はどうでも良くなっている。
少年は剣を消し、少女は周囲の操作を止めた。
「「――――――ッ!」」
ドゴォッ! という鈍い衝突音が響き渡る。炸裂した瞬間、突風が巻き起こった。
その風はあらゆる害意を打ち消す障壁となっていた。
「…………まったく、これじゃあ援護できないじゃないか。
――――――しょうがないなぁ……」
優也は呆れながらも笑った。
「でも、それが兄さんだろ?」
それは信頼から漏れ出た本心。
優也の視線の先には楽しそうに拳を振るう玲真の姿が。
だが、彼は戦いそのものを楽しんでいるわけではない。
戦いの中で行われる、本心のぶつかりを楽しんでいる。
それは戦争では分からない希望。
喧嘩の先に得る、知。
「せいっ!」
「うぐっ……」
シルヴィアの蹴りが玲真の腹部へと突き刺さる。その衝撃は脳天を貫くような痛みへと変換され、玲真の意識を襲う。
だが、彼は歯を食いしばって堪えた。
ようやく楽しくなってきた、そう言わんばかりにより一層口角を吊り上げた。
彼らの中で荒れ狂う魔力は、空間そのものを壊していく。
「らぁッ‼」
玲真がお返しの一発。
拳が少女の腕に炸裂する。
「っつ……!」
「そろそろ限界か、シルヴィア!」
「まだまだ……そっちこそ! 動き鈍くなってきたんじゃないの!」
長き拮抗の果て、ハイになっていた二人の思考単純化し、はただ「勝ちたい」で埋め尽くされていた。
そして、一瞬の空白。
(なぁ、その笑顔は本物か? ……いや、聞くまでもないか……楽しそうだぜ、今のアンタは!)
(今までの私が嘘みたい……これが、本心をぶつけるってことなんだ。ずっと人と喋らないようにしてきた―――でも、やり方を変えるだけで、戦いは……私は、思いを伝えられる!)
二つの拳が衝突。
直後、時空がスパークする。
白光が迸り、稲妻のように弾け、轟雷のように音を鳴らす。
「「…………⁉」」
双方初めて見る現象に驚愕し、身体が硬直する。
一瞬、拳が触れたまま時間が流れた。
その瞬間、どこからともなく二人の脳内に相手の記憶が断片的に溢れ出した。
『助けて……たす……ぇて』
『やめ…やめてぇええええええええ――――――っっっ!!!!!!』
「な、何だよ、コレ……!」
玲真には、戦争の地獄が。
『後は、頼んだぞ……玲真――――――!』
『親父っ……嘘だろ、ウソだって、言ってよ……父さん――――――父さんっ!』
「これは……記憶? マオさん―――ううん、レイマの記憶……」
その一瞬の交錯で、二人は互いの過去を知った。
だが、止まる理由になるはずもなく――――――。
「これも全部――――――」
「貴方にぶつけるよ!」
二人はこの戦い最後となる構えをとった。
シルヴィアは右手に周囲の魔力、運動エネルギー、自身の魔力を融合させた光弾を生成し、蓄積している。
その出力は天井知らずに上昇していき、まるで大嵐のようだ。周囲を巻き込む大風は天候を変え、空に雷雲を呼ぶ。
「ハハッ、派手だねぇ!」
「そっちは全然だね! 武術でこれに耐えられるかな⁉」
「さァ、それはこれを受けてみてのお楽しみだぜ!」
対する玲真は右拳を腰に引き、逆に左の手のひらをシルヴィアへと向けている。姿勢は若干低く、どっしりと。
しかし爪先は力を蓄積しており、今にも動き出しそうだ。
構えに隙は無く、ちっぽけな光となり少女の心を照らしている。
そして少年も、魔法を発動する。
(使うよ、父さん)
「――――――『英雄』。……『引鉄を引け、英雄よ』」
それは、生来保有していた二つの魔法の片割れ。
『獣』のように強大な力を発揮するわけでもない。剣のように万能な強さを誇るわけでもない。
ただ、緒方玲真という人間の心を支える……『精神魔法』だった。
その魔法の名は、時と場合によってその意味を変える。
従来は、ヒーロー。
だが今は――――――『希望』!
「俺は、ここにいる」
魔法を発動し、玲真の勇気が燃え上がった。
そして、もう一つ新たに魔法を重ねる。
「…………鉛の血、黒鉄の死屍。時を捨てて躍る剣は眼前の敵を裂くであろう。
この決闘に祝福を。―――――解き放て、狂気の自我を以て」
精神高揚魔法、『クロノス・オルフェン』。
瞳が赤火のような色に染まる。
「刀身解放…………っ‼」
三つ目の魔法。
それは自分自身を、一振りの剣へと変える魔法。
剣と化した少年は白銀に染まり、その姿を変える。
その姿はまさに、一振りの剣。
(まだだ……まだ重ねろ……そうしなくちゃ、あれには勝てない! 俺の全てを出し切る!)
四つ目の魔法――――――。
「『全力解放』……――――――――――――」
心臓に魔力を叩き込み、爆発させる。
それにより鼓動と魔力循環の出力が天井知らずに上昇していく。
かつて、グレイコボルト・ダークパラディンとの戦闘でも使用したそれを更に強化する。あの時でも玲真はかなり体に負担をかけ、数日筋肉痛に悩まされた。
だがこれは、それ以上。
下手をすれば命にかかわる。だから、玲真はそれに相応しい名を付けた。
曰く、
「『死神』」
――――――ドクン……ドクン……ドクンドクンドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッドッ――――――。
鼓膜まで響く鼓動が酷くうるさい。
だが、それが酷く心地いい。
血の色が混じった魔力が吹き上がり、白銀と赤火が溶け合う。
そして、シルヴィアの魔法が起動する。
「――――――『大規模直線殲滅魔法』!」
極太のレーザー光線が玲真を襲う。
最大強化そして限界の突破!
『限界解放』+『英雄』+『クロノス・オルフェン』+『刀身解放』+『死神』!
刀剣魔法
―――――――――――――――――――――『流王』――――――!
「…………………………………うそ…………………………………………………
――――――………………あっはは、意味わかんない!」
シルヴィアは遥か後方――――――場外まで吹き飛んでいた。
(最後の一瞬、彼の姿がまるで――――――ドラゴンのように見えた。
「いったいどんな魔法を使ったんだろう! すごかったなぁ!」
そしてそれに、『光』を見た。
負けても楽しそうな少女の笑い声は、広い大地で木霊していた。
「…………がはっ」
そして玲真は『死神』と『流王』を併用した反動で――――――血を吐いて倒れていた。




