第56話 蚊帳の外、黎明
「―――――――――――――――『弓』」
それは、緒方ユナが遺した魔法の力。
緒方玲真が使用する『剣』と似た、エンチャントの属性を持つ魔法だ。
狂ったように一点へと集まる魔力の奔流。
貫通することだけに特化した魔法である『弓』の力は、全解放せずとも充分な効力を発揮するだろう。
それは、水崎百合香も承知していた。
「………遂に使ったわね…………!」
(正直なところ、対抗策なんて思いついていないのだけど……やってみるしかないわね。なんでもぶっつけ本番で試してみるものよ!)
彼女に出来るのは、全力でぶつかることだけだ。
「当たって砕けろ」ではなく、「当たって砕け」。それを実践するため、彼女は自身が保有する最大の魔法を発動させる。
「魔法式展開、術式構築―――――完了。空気中の水分濃度を認識、術式へと還元。時空誤差プラスマイナスゼロへと調整。魔法式正常動作。発動時間設定完了。発動範囲設定完了。魔力回路から魔力を伝達し、術式へと装填――――――」
本来、これほど長い文言を言うことはない。
魔導士は成長によりイメージだけで魔法を発動できる。水崎百合香もその境地に至っていた。
だが、彼女の魔法は空間そのものに干渉する魔法。
無駄な被害、そして暴走を避けるために彼女は言葉を紡いでいたのだ。
「フー……っ」
優也は静かに、冷静に頭を回していた。
思考を止めず、確かに前を向いていた。
彼の眼には、勝利しか見えていない。『心眼』による未来予測などではない。
これは、絶対に勝つという意志の先。
(兄さんは、僕が守る!)
そう、彼も気付いていたのだ。
自分がオマケだということに。玲真が連行されれば自分は無事なのだろうと。
目の前の女性が、そういう約束で動いているのだろうと。
自分を助けるために、自分の大切な家族を犠牲にしようとしているのだと。
(ふざけるなよっ……!)
優也は、怒りを抑えられなかった。
しかし頭はクールだ。心は熱く、頭は冷静に。兄である玲真が考え無しである以上、自分が考えなければならない。
それをしっかり理解していた。
「…………――――――『水よ赦し給え。浮かび上がれ轟く水脈』」
それは、現代魔法の詠唱とは全く異なる詠唱。
現代では古式、あるいは旧式と呼ばれる魔女式の呪文詠唱。
異世界のエルフが使用するファンタジーの魔術。
◇◇◇
「あれは………」
同時刻、緒方家にて。
一人家に残っていたエルフの少女フィリアはテレビにて試合を観戦していた。
優也と水崎の戦いをハラハラしながら見つめる彼女だったが、優也が口に出した詠唱で更に度肝を抜かれた。
優也、玲真両名が修行中に使用した文言といえば現代式の『工程』を口に出すイメージ。
科学によって原理が解明されたからこそ使用できる方法だ。
フィリアはそれを見て、『自分たちより遥かに進んでいる』と思った。考え方とその積み重ねが違う。それこそ、何千年分。
だが、今優也が使っているのはフィリアと同じ『旧式』。
フィリアたちの世界では、この旧式詠唱の研究が盛んにおこなわれていた。それもそのはず、彼らにとっては旧式ではなく、現代式なのだから。
そして長年の研究によって分かった一つの事実。誰かから教わったのではない詠唱、口から自然と出た魔法の言葉とは―――――本人の魂を表しているのだと。
「優也くん………がんばれっ」
フィリアが出来ることは、離れた場所からの応援だけ。
それでも、優也の魂には響いていた。
◇◇◇
「『境界線の彼方より其を穿つ。備えよ、避けよ、天に会いたくないのなら。
生命の盟約より来たれ、宿命の破壊者よ!』」
「術式完成、実行――――《対軍大規模氷結魔法》!」
その魔法は、半径10㎞を氷結させるという破格の性能を持つ。
しかし相手が悪かった。
「『サファイア・リヴァート』」
水を弓矢の形へと押し込み、解き放つ。
リヴァイアサンを核としたその一矢は、凍れる大地を吹き飛ばした。
氷の進行速度を上回り、破壊する。
圧倒的な速さとその範囲は結果的に競技場全てを震わせた。そして、決着。
水の余波を喰らった水崎百合香は、気を失って倒れている。
彼女の恋も、想いも、願いも、全てが打ち砕かれた。
これで。
ようやく――――――。
「次は貴女だ、シルヴィア・グランベルク!」
優也の鋭い眼光が、観客席の少女を捉えた。




