第97話 料理が戦況を変える
第97話 料理が戦況を変える
――グオォォォォォッ!!
巨大な黒い獣が。
食堂へ突進してきた。
地面が。
大きく揺れる。
「来るぞ!」
ガルドが。
槍を構えた。
レオンも。
剣を握る。
しかし。
二人の動きには。
明らかな違いがあった。
さっきまでより。
速い。
力強い。
呼吸も乱れていない。
ガルドが。
自分の腕を見る。
「……身体が軽い」
レオンも。
足を踏み込む。
「俺もだ」
熊五郎が。
厨房から顔を出す。
「飯を食ったからな」
「それだけで、こんなに変わるのか?」
ガルドが聞く。
熊五郎は。
鍋を混ぜながら答えた。
「ただの飯じゃない」
「?」
「さっきの煮込みは」
熊五郎が。
鍋を指す。
「肉から出た脂と、野菜の栄養を煮汁に全部溶かしてある」
「……」
「食べた直後に身体が温まり、筋肉が動きやすくなる」
熊五郎は。
レオンを見る。
「特に前衛向きだ」
その瞬間。
黒い獣が。
飛び込んできた。
――ズガァン!!
ガルドが。
真正面から受け止める。
「ぐっ!」
今までなら。
吹き飛ばされていた。
しかし。
今回は違った。
足が。
地面に残っている。
「止められる!」
ガルドが。
槍を押し返す。
レオンが。
横から踏み込む。
――ザンッ!
剣が。
黒い獣の肩を斬る。
「浅い!」
だが。
レオンは止まらない。
もう一歩。
さらに一歩。
黒い獣の爪を。
紙一重でかわす。
「見える!」
レオンが。
目を見開く。
「昨日までなら、この速度は――」
熊五郎が。
厨房から叫ぶ。
「焼き魚だ!」
「魚?」
「魚の脂と塩分で集中力を維持してる!」
レオンが。
自分の感覚を確かめる。
敵の動きが。
ほんの少しだけ。
遅く見える。
正確には。
自分の反応が。
早くなっている。
「……これなら!」
レオンが。
黒い獣の爪をかわす。
身体をひねる。
懐へ入る。
――ズバァッ!
今度は。
深く斬り裂いた。
黒い獣が。
咆哮する。
「効いてる!」
ガルドが。
槍を突き込む。
――ドシュッ!
黒い獣の身体から。
黒い霧が噴き出した。
だが。
霧は消えない。
「まだ動く!」
ガルドが叫ぶ。
黒い獣が。
再び立ち上がる。
その瞬間。
熊五郎が。
鍋の蓋を開けた。
「実咲!」
「何?」
「スープ!」
「分かった!」
実咲が。
器へ注ぐ。
湯気が。
白く立ち上る。
「これをどうするの?」
「前線へ!」
実咲が。
走る。
戦場の真ん中へ。
「ガルド!」
「何だ!」
「飲んで!」
「戦闘中に!?」
「いいから!」
ガルドが。
一瞬迷った。
しかし。
器を受け取る。
一口。
――ゴクッ。
身体が。
一気に温まった。
「……!」
胸の奥に。
熱が広がる。
指先まで。
血が巡る。
そして。
黒い霧が近くにあるのに。
さっきまで感じていた。
重苦しい恐怖が。
薄れていく。
「これは……」
熊五郎が。
答える。
「香辛料入りのスープだ」
「恐怖が……」
「黒い霧の精神干渉を弱める」
ガルドが。
目を見開く。
「つまり――」
「怖くなくなるんじゃない」
熊五郎が。
鍋をかき混ぜる。
「恐怖で身体が動かなくなるのを防ぐ」
ガルドが。
槍を握り直す。
「十分だ!」
再び。
敵へ突っ込む。
今度は。
黒い霧が。
ガルドの周囲へ集まっても。
足が止まらない。
「行ける!」
――ズガッ!
槍が。
黒い獣の胸を貫いた。
その隙に。
レオンが。
背後へ回る。
「終わりだ!」
――ザンッ!
二人の同時攻撃。
黒い獣が。
大きく揺らぐ。
そして。
霧へ変わった。
「倒した!」
実咲が。
喜ぶ。
しかし。
熊五郎は。
笑っていなかった。
「……見られてる」
「え?」
熊五郎が。
町の外を見る。
黒い霧の中。
無数の目が。
こちらを見ている。
敵は。
戦い方を変えていた。
これまで。
食堂そのものを破壊しようとしていた。
だが。
今は違う。
黒い兵士たちが。
一斉に。
避難者へ向かって走り始めた。
「……!」
実咲が。
息を呑む。
「食堂を狙ってない?」
熊五郎が。
頷く。
「料理だ」
「料理?」
「あいつらは」
熊五郎の目が。
鋭くなる。
「料理を食べさせないつもりだ」
「そんな……」
実咲が。
周囲を見る。
避難者たち。
兵士たち。
料理を受け取った人々。
その人たちが。
黒い兵士に狙われている。
「食事を止めれば」
熊五郎が。
呟く。
「俺たちの戦力は落ちる」
黒い兵士が。
一人の兵士へ襲いかかる。
「うわっ!」
ガルドが。
すぐに割り込む。
――ガキィン!
黒い剣を。
槍で受け止める。
「こいつら!」
別の黒い兵士が。
厨房へ走る。
実咲が。
光の壁を作る。
――パァン!
黒い兵士が。
弾き飛ばされる。
「厨房には入れさせない!」
だが。
三体。
五体。
十体。
黒い兵士が。
次々と食堂へ押し寄せてくる。
「多い!」
実咲が。
歯を食いしばる。
「料理を守らないと!」
熊五郎は。
厨房を見る。
鍋。
米。
魚。
肉。
食材。
「……なら」
熊五郎が。
包丁を握る。
「もっと作る」
「この状況で!?」
「だからだ」
熊五郎は。
玉ねぎを取る。
――トン。
――トン。
――トン。
「料理が戦力になるなら」
さらに速く切る。
「料理を止めなければいい」
フライパンを熱する。
油。
玉ねぎ。
肉。
――ジュワァァァッ!
「ガルド!」
「何だ!」
「あと五分、持たせろ!」
ガルドが。
黒い兵士を槍で弾く。
「五分だな!」
「レオン!」
「任せろ!」
レオンが。
敵の懐へ入る。
焼き魚の効果で。
敵の動きが。
読める。
――ザンッ!
一体。
――ザンッ!
二体。
しかし。
黒い兵士が。
レオンの足を狙う。
黒い線が。
右足へ伸びる。
「……っ!」
レオンの動きが。
止まる。
「レオン!」
熊五郎が。
鍋から声を飛ばす。
「飯を食え!」
「今!?」
「食べろ!」
実咲が。
焼き魚を一切れ。
投げる。
「レオン!」
レオンが。
空中で受け取る。
「食べて!」
「分かった!」
そのまま。
一口。
――パクッ。
瞬間。
レオンの視界が。
はっきりする。
右足の黒い線による。
鈍い痛みが。
少しだけ遠のく。
「……動ける!」
レオンが。
踏み込む。
――ザンッ!
黒い兵士を斬り倒す。
熊五郎が。
小さく笑う。
「魚の効果は集中力だけじゃない」
「……?」
「神経の疲労を抑える」
レオンが。
目を見開く。
「だから侵食による痛みも……」
「完全には消えない」
熊五郎が。
言う。
「でも戦える時間は伸びる」
レオンは。
剣を握り直した。
「十分だ」
その頃。
熊五郎の鍋から。
香ばしい匂いが。
一気に広がっていた。
「完成だ」
熊五郎が。
鍋の蓋を開ける。
中には。
肉と野菜。
そして。
茶色く色づいた煮汁。
熊五郎は。
最後に。
少量の香辛料を入れた。
「これなら――」
実咲が。
味見する。
「……おいしい」
熊五郎が。
頷く。
「よし」
そして。
鍋を持ち上げる。
「全員に配る」
実咲が。
目を見開く。
「全員?」
「ああ」
熊五郎は。
食堂全体を見る。
「この町を守るには」
鍋を。
中央のテーブルへ置く。
「戦える奴だけじゃ足りない」
一人。
また一人。
器を持って集まる。
「食べろ」
熊五郎が。
言う。
「これは体力だけじゃない」
「……」
「魔力も少し戻る」
実咲が。
スープを飲む。
胸の奥へ。
温かいものが広がる。
すると。
実咲の周囲の光が。
明らかに強くなった。
「……魔力が!」
熊五郎が。
頷く。
「炊いた米と野菜で魔力の回復を助ける」
実咲が。
両手を広げる。
――パァァァッ!
食堂の結界が。
一段階。
強くなる。
黒い兵士が。
結界へぶつかる。
――ドォン!
しかし。
今度は。
弾き飛ばされた。
ガルドが。
それを見て笑う。
「なるほどな」
レオンも。
剣を構える。
「食べれば食べるほど」
実咲が。
続ける。
「私たちの防衛力が上がる」
熊五郎が。
頷く。
「そういうことだ」
だが。
その瞬間。
町の外から。
低い声が響いた。
「……理解した」
黒い霧が。
一箇所へ集まる。
「料理を食べることで」
巨大な影が。
姿を現す。
「お前たちは強くなる」
熊五郎が。
鍋を握る。
「だったらどうする?」
影が。
ゆっくり笑う。
「簡単だ」
黒い霧が。
地面へ広がる。
そして。
食堂へ続く道が。
一本ずつ。
黒く染まっていく。
「――食材を奪う」
熊五郎の表情が。
変わった。
「……!」
食堂の外。
食材を運んでいた荷車が。
黒い霧に包まれる。
「まずい!」
ガルドが叫ぶ。
「食材を狙ってる!」
熊五郎が。
厨房を見る。
残りの食材は。
決して多くない。
敵は。
食堂を壊すのではなく。
料理そのものを断とうとしている。
熊五郎は。
包丁を握り直した。
「……そう来たか」
実咲が。
隣に立つ。
「どうする?」
熊五郎は。
黒い霧に包まれた荷車を見る。
そして。
静かに笑った。
「取り返す」
「料理人の意地?」
「違う」
熊五郎の左手に。
風が集まる。
「腹を空かせた奴に――」
目が鋭くなる。
「飯を届けるためだ」
その瞬間。
食堂の厨房で。
古い鍋が。
再び黒く光った。
そして。
誰にも聞こえない声で。
静かに告げた。
『――第二調理機能』
『解放条件――戦場』
『料理人――熊五郎』
『新たな料理を選択してください』




