第96話 戦場の厨房、命を繋ぐ一皿
第96話 戦場の厨房、命を繋ぐ一皿
――ドドドドドド……。
町の外から。
無数の足音が響いていた。
地面が。
小刻みに揺れている。
ガルドが。
外壁の向こうを見る。
「数が多すぎる」
レオンも。
剣を握り直した。
「……全部、黒い」
外壁の向こう。
黒い兵士。
黒い獣。
黒い霧。
それらが。
町を囲んでいる。
実咲が。
食堂の入口から外を見る。
「こんなに……」
熊五郎は。
敵を見ながら。
厨房へ戻った。
「熊五郎?」
「料理する」
「今?」
「今だからだ」
熊五郎は。
厨房の棚を開ける。
残っている食材を確認する。
米。
小麦。
玉ねぎ。
にんじん。
じゃがいも。
干し肉。
魚。
卵。
そして。
少量の香辛料。
熊五郎は。
一つずつ確認していく。
「これなら作れる」
実咲が。
厨房へ入ってくる。
「何を作るの?」
「まずは」
熊五郎は。
米を手に取る。
「飯だ」
「……普通だね」
「普通が一番大事だ」
熊五郎は。
大鍋を取り出した。
米を量る。
水を入れる。
手早く洗う。
――ザッ。
――ザッ。
――ザッ。
水が。
白く濁る。
「実咲」
「はい!」
「火を頼む」
「分かった!」
実咲が。
魔法で火を起こす。
鍋の底に。
赤い炎が灯る。
熊五郎は。
米を鍋へ入れた。
「次」
玉ねぎを。
まな板へ置く。
包丁を握る。
――トン。
――トン。
――トン。
一定のリズムで。
玉ねぎが切られていく。
「速っ……」
実咲が。
目を丸くする。
「料理は急いでも雑にするな」
熊五郎は。
皮を剥いたじゃがいもを。
一口大に切る。
にんじんも。
同じ大きさに揃える。
干し肉は。
薄く切る。
「何を作るの?」
「肉と野菜の煮込み」
「カレー?」
「まだ決めてない」
熊五郎は。
鍋を二つに分けた。
一つは米。
もう一つは。
干し肉。
「まず肉を焼く」
鉄鍋を熱する。
油を少量。
――ジュッ。
干し肉を入れる。
――ジュワァァァ!
香ばしい匂いが。
厨房に広がった。
避難している町民たちが。
振り返る。
「……いい匂い」
「こんな時に料理を?」
熊五郎は。
肉を裏返す。
表面に。
焼き色がついていく。
「戦うなら」
肉を取り出す。
「食べろ」
鍋に。
玉ねぎを入れる。
――ジュッ!
「腹が減ってたら力が出ない」
玉ねぎを炒める。
透明になるまで。
じっくり。
そこへ。
にんじん。
じゃがいも。
焼いた肉。
順番に入れていく。
水を注ぐ。
――ジャァァ……。
鍋の底についた肉の旨味が。
スープへ溶けていく。
熊五郎が。
木べらで鍋底をこする。
「……いい」
実咲が。
外を見る。
「でも、敵が来るよ」
「分かってる」
熊五郎は。
鍋に蓋をする。
「だから煮込む」
「え?」
「煮込んでる間に」
熊五郎は。
包丁を置いた。
「戦う」
その瞬間。
――ドォォォン!!
町の外壁が。
大きく揺れた。
「来た!」
ガルドが叫ぶ。
黒い獣が。
外壁を飛び越えた。
「数体!」
ガルドが。
槍を構える。
「レオン!」
「分かってる!」
レオンが。
走り出す。
黒い獣の爪が。
レオンへ振り下ろされる。
――ガキィン!
剣で受け止める。
「重い……!」
レオンの足が。
地面へ沈む。
ガルドが。
横から槍を突き込む。
――ザシュッ!
黒い獣の肩を貫く。
「今だ!」
レオンが。
剣を振り抜く。
――ザンッ!
黒い獣が。
霧へ変わる。
だが。
次の獣が。
飛び込んできた。
「まだ来る!」
熊五郎が。
厨房から出てくる。
「実咲!」
「何?」
「避難者を厨房の奥へ」
「分かった!」
実咲が。
光の道を作る。
「こっち!」
町民たちが。
移動する。
その途中。
一人の兵士が。
壁にもたれた。
「……腹が」
兵士の顔が。
青ざめている。
実咲が。
心配そうに見る。
「大丈夫?」
兵士は。
首を振る。
「朝から何も食べてない……」
熊五郎が。
すぐに厨房を見る。
「あと少しだ」
「え?」
「飯が炊ける」
熊五郎は。
外へ出る。
巨大な黒い兵士が。
食堂へ向かって走ってくる。
熊五郎が。
左手を上げる。
――ゴォォッ!
風が。
地面を走る。
黒い兵士の足元を。
一気にすくう。
「倒れろ」
――ドォン!
黒い兵士が。
地面へ叩きつけられる。
しかし。
すぐに起き上がる。
「……しぶといな」
熊五郎が。
拳を握る。
黒い兵士が。
剣を振る。
熊五郎は。
横へ避ける。
――ブォン!
剣が。
頬をかすめる。
「遅い」
熊五郎が。
懐へ入る。
腹へ。
掌底。
――ドンッ!
風圧が。
内部から爆発する。
黒い兵士が。
吹き飛ぶ。
だが。
倒れた兵士の身体から。
黒い霧が分離した。
「本体は霧か」
熊五郎が。
目を細める。
「なら――」
厨房から。
実咲の声。
「熊五郎!」
「何だ!」
「ご飯、炊けた!」
熊五郎が。
振り返る。
「よし!」
「戦闘中なのに!」
「料理も戦闘だ!」
熊五郎は。
厨房へ戻る。
炊き上がった米を。
大きな木桶へ移す。
湯気が。
一気に上がる。
「熱っ!」
実咲が。
顔を近づける。
「触るな」
「触らないよ!」
熊五郎は。
米をほぐす。
一粒一粒。
余分な水分を飛ばす。
その横で。
煮込み鍋の蓋を開ける。
――フワァァ……。
肉と野菜の香りが。
食堂いっぱいに広がった。
「……」
避難者たちが。
一斉に振り返る。
熊五郎は。
味見をする。
「……少し薄い」
塩を入れる。
混ぜる。
もう一度。
「よし」
そこへ。
少量の香辛料。
「これでいい」
実咲が。
鍋を見る。
「完成?」
「まだだ」
熊五郎は。
焼いた魚を取り出す。
「魚もある」
魚に。
塩。
少量の油。
そして。
香草。
鉄板へ乗せる。
――ジュゥゥゥッ!
皮が。
一気に焼ける。
香ばしい匂いが。
食堂に広がった。
「熊五郎」
「何だ?」
「料理……多くない?」
「戦ってる奴は腹が減る」
熊五郎は。
魚をひっくり返す。
――ジュッ。
「避難してる奴も腹が減る」
さらに。
肉と野菜の煮込みを器へ。
米を盛る。
焼き魚を添える。
「だから作る」
その時。
外から。
巨大な爆発音。
――ドォォォォン!!
食堂の壁が。
激しく揺れた。
「敵が入った!」
ガルドの声。
熊五郎が。
包丁を置く。
「実咲」
「はい!」
「配ってくれ」
「分かった!」
実咲が。
料理を受け取る。
「みんな、食べて!」
避難者へ。
一皿ずつ。
温かい料理が渡されていく。
兵士が。
恐る恐る。
一口食べた。
「……」
二口。
三口。
そして。
目を見開いた。
「うまい……」
隣の兵士も。
煮込みを食べる。
「身体が……」
冷え切っていた手が。
少しずつ温かくなる。
「力が戻ってくる」
熊五郎は。
料理を食べた兵士を見る。
「よく噛め」
「はい!」
「食べたら戦える奴は戦え」
「分かりました!」
「戦えない奴は」
熊五郎は。
厨房を指す。
「ここを守れ」
町民たちが。
頷く。
「分かった!」
食堂の中に。
少しずつ。
声が戻ってくる。
「俺は水を運ぶ!」
「私は皿を!」
「俺は怪我人を奥へ!」
実咲が。
笑う。
「……みんな動き始めた」
熊五郎は。
鍋を見ながら。
答えた。
「飯を食えば」
「……」
「人は動ける」
その瞬間。
黒い霧が。
食堂の入口へ殺到した。
「来る!」
実咲が。
光の壁を作る。
ガルドが。
槍を構える。
レオンが。
剣を握る。
熊五郎は。
最後に。
鍋の中を見た。
まだ。
料理が残っている。
熊五郎が。
笑った。
「……十分だ」
左手を前へ。
風が。
一気に膨れ上がる。
「食べた奴は――」
黒い霧が。
押し寄せる。
「守れ!」
――ゴォォォォォッ!!
風が。
黒い霧を吹き飛ばす。
ガルドが。
その隙に踏み込む。
「今だ!」
槍が。
黒い兵士を貫く。
レオンが。
横から斬り込む。
――ザンッ!
実咲が。
背後から光を飛ばす。
――パァン!
三人の攻撃が。
一つにつながる。
黒い兵士が。
崩れ落ちる。
だが。
その奥から。
さらに巨大な黒い獣が現れた。
熊五郎が。
それを見る。
「……次はあれか」
実咲が。
隣に立つ。
「料理は?」
熊五郎が。
鍋を見る。
「まだある」
実咲が。
笑った。
「じゃあ――」
光を構える。
「まだ戦えるね」
熊五郎も。
笑う。
「ああ」
そして。
鍋から立ち上る湯気の向こうで。
巨大な黒い獣が。
咆哮した。
――グオォォォォォッ!!
熊五郎は。
包丁を一本。
腰へ差した。
「腹が減った奴から――」
左手に。
風が渦巻く。
「かかってこい」
その瞬間。
厨房の奥にある。
古い鍋の底で。
誰にも見えない黒い紋章が。
ゆっくりと。
一つ。
目を開いた。




