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第92話 王国中央食堂に残された料理

第92話 王国中央食堂に残された料理


――ギィィィ……。


扉が閉まった。


その瞬間。


外の黒い霧の音が。


嘘のように消えた。


「……静か」


実咲が小さく呟く。


熊五郎たちは。


食堂の中を見回した。


広い。


とにかく広い。


長いテーブルが。


何列も並んでいる。


壁には。


大量の食器。


鍋。


包丁。


木の皿。


そして。


厨房。


「……厨房だ」


熊五郎が呟いた。


実咲が。


熊五郎を見る。


「知ってるの?」


「……分からない」


熊五郎は。


厨房へ歩いていく。


一歩。


また一歩。


足が。


自然に動いていた。


「熊五郎?」


熊五郎は。


返事をしない。


厨房の前に立つ。


そして。


一つの鍋を見つけた。


古い。


黒く煤けている。


だが。


壊れてはいない。


熊五郎が。


そっと触れる。


「……これ」


ガルドが。


後ろから覗き込む。


「何だ?」


熊五郎は。


鍋の取っ手を見た。


小さな傷がある。


「俺がつけた」


「覚えてるのか?」


「……少しだけ」


熊五郎は。


目を閉じる。


すると。


頭の中に。


一つの光景が浮かんだ。


――大きな鍋。


――大量のスープ。


――並ぶ兵士たち。


――疲れた顔。


そして。


若い熊五郎。


「次!」


「腹が減った奴から並べ!」


兵士たちが。


笑いながら並んでいる。


「陛下!」


「何だ!」


「味見していいですか!」


「駄目だ!」


「なぜです!?」


「まだ完成してない!」


――その光景が。


消えた。


熊五郎が。


目を開ける。


「……」


実咲が。


心配そうに見る。


「大丈夫?」


「……ああ」


熊五郎は。


鍋を見つめる。


「ここで料理してた」


ガルドが。


静かに頷いた。


「俺も思い出した」


「何を?」


「ここで――」


ガルドは。


厨房を見る。


「兵士たちが飯を食べてた」


「……」


「戦場から戻ってきた兵士も」


「……」


「怪我をしてる奴もいた」


熊五郎が。


頷く。


「でも」


ガルドが言った。


「ここでは全員、同じだった」


熊五郎が。


振り返る。


「どういう意味だ?」


「王も兵士も」


ガルドは。


鍋を見る。


「飯の前では同じだった」


熊五郎は。


少しだけ笑った。


「……そうだったな」


実咲は。


二人を見ながら。


小さく呟いた。


「だから、今の食堂も……」


熊五郎が見る。


「何だ?」


「王様とか関係なく」


実咲は。


店内を見回す。


「疲れた人が来て、飯を食べて、帰る」


熊五郎は。


少し考えた。


そして。


「それでいい」


その時。


厨房の奥から。


――カタン。


音がした。


三人が振り向く。


「誰かいる?」


レオンが。


慎重に近づく。


黒い霧はない。


だが。


厨房の奥に。


一つの扉がある。


「開けてみる」


レオンが手を伸ばす。


熊五郎が止めた。


「待て」


「危険か?」


「匂いがする」


「また?」


実咲が呆れる。


熊五郎は。


真剣な顔をしている。


「飯の匂いだ」


「……」


ガルドが。


ため息をついた。


「お前、本当に飯に関しては鋭いな」


熊五郎が。


扉を開ける。


――ギィ……。


そこには。


小さな部屋があった。


棚。


木箱。


古い食材。


そして。


一つの石板。


熊五郎が近づく。


石板には。


文字が刻まれていた。


『食料は武器ではない』


『食料は人を生かすためにある』


熊五郎の目が。


止まる。


「……」


ガルドが読む。


「食料は武器ではない……」


その下には。


さらに文字があった。


『王国が危機に陥った時』


『食料を奪ってはならない』


『食料を隠してはならない』


『食料を一人のために使ってはならない』


そして。


最後に。


『食料は――』


文字が途切れている。


「続きは?」


実咲が聞く。


熊五郎は。


石板の下を見る。


そこに。


小さな文字があった。


『皆のために使え』


実咲が。


息を呑む。


「……熊五郎」


「何だ」


「これ」


実咲は。


石板を見る。


「今の食堂と同じじゃない?」


熊五郎は。


答えない。


ただ。


石板を見つめている。


すると。


突然。


――ドン。


建物全体が揺れた。


「またか!」


ガルドが。


槍を構える。


天井から。


黒い線が伸びてくる。


「黒い霧!」


実咲が。


光の壁を作る。


――パァン!


黒い線が。


光の壁にぶつかる。


しかし。


今度は。


黒い線が消えない。


壁の周囲を回り込み。


床へ潜り込もうとする。


「こいつ……!」


実咲が。


光を床へ伸ばす。


黒い線を追い込む。


「逃がさない!」


熊五郎は。


左手を上げる。


「実咲、そのまま」


「分かった!」


風が。


厨房の床を走る。


黒い線が。


壁へ押し戻される。


だが。


その瞬間。


熊五郎の右腕が。


ズキッ!


「……っ!」


黒い線が。


肩から胸へ。


さらに伸びる。


実咲が叫ぶ。


「熊五郎!」


「大丈夫だ!」


「また広がってる!」


「まだ動く」


熊五郎は。


右腕を押さえながら。


左手を使う。


「だから――」


風が。


さらに強くなる。


「こいつを止める」


――ゴォォォォッ!


黒い線が。


一気に吹き飛ばされる。


しかし。


消えない。


床の隙間へ。


逃げ込んだ。


「逃げた?」


レオンが。


床を見る。


熊五郎は。


首を振る。


「違う」


「?」


「戻った」


「どこへ?」


熊五郎が。


厨房の中央を見る。


そこには。


古い大鍋があった。


「……鍋?」


実咲が。


近づく。


鍋の底に。


黒い紋章が浮かんでいる。


王冠。


剣。


麦。


そして。


中央に――。


鍋。


四つの紋章が。


一つに重なっていた。


「これは……」


ガルドが。


言葉を失う。


熊五郎は。


鍋の前に立つ。


「この鍋」


「……」


「王城の地下にあった鍋と同じだ」


実咲が驚く。


「じゃあ……」


熊五郎は。


ゆっくり頷く。


「ここが」


「……」


「王城の中心だったのかもしれない」


その瞬間。


鍋の中に。


光が灯った。


――ポッ。


そして。


鍋の底から。


一つの声が聞こえた。


『料理人を確認』


熊五郎が。


目を見開く。


『食堂店主を確認』


実咲が。


熊五郎を見る。


『王――否定』


熊五郎が。


小さく息を吐く。


「……そうだ」


そして。


最後に。


声が響く。


『管理者――熊五郎』


熊五郎が。


黙る。


『王国中央食堂――管理権限を移行』


「……!」


ガルドが。


息を呑む。


「管理権限?」


鍋の光が。


強くなる。


『料理人による食料管理を開始』


『食堂による避難管理を開始』


『料理による兵站再構築を開始』


そして。


最後の文字。


『王国防衛機能――食堂を中心として再構成』


熊五郎は。


鍋を見つめた。


「……俺を王にするんじゃない」


ガルドが。


頷く。


「食堂を中心にする」


「そうだ」


実咲が。


少し笑った。


「じゃあ、熊五郎は王様にならなくていいんだね」


熊五郎は。


即答した。


「ならない」


「よかった」


実咲は。


胸を撫で下ろす。


だが。


その瞬間。


――ドンッ!


食堂の外で。


巨大な音がした。


「何!?」


四人が。


一斉に振り向く。


窓の外。


黒い霧が。


空を覆っている。


そして。


その向こうに。


巨大な影。


ゆっくりと。


こちらへ近づいてくる。


ガルドが。


槍を握る。


「……あれは」


レオンが。


息を呑む。


「大きすぎる……」


熊五郎は。


食堂の厨房を見る。


そして。


鍋を見る。


「……飯を作る場所を」


左手に。


風が集まる。


「壊させるわけにはいかない」


実咲が。


光を広げる。


「私も守る」


ガルドが。


一歩前へ。


「俺もだ」


レオンも。


右足を引きずりながら。


立つ。


「俺も」


熊五郎が。


三人を見る。


そして。


小さく笑った。


「なら――」


厨房の鍋が。


さらに強く光る。


『防衛対象――確認』


『料理――確認』


『食料――確認』


『守護者――確認』


そして。


新しい文字が浮かんだ。


『――食堂を守る者たち』


その瞬間。


食堂の壁そのものが。


光り始めた。


外の巨大な影が。


初めて。


足を止める。


そして。


黒い霧の向こうから。


低い声が響いた。


「……また」


「……この場所か」


熊五郎の目が。


細くなる。


「……誰だ」


影は。


答えない。


ただ。


黒い霧の中で。


巨大な目を開いた。


「――お前がここを選ぶなら」


「……」


「こちらも――」


巨大な腕が。


ゆっくりと上がる。


「この食堂を選ぶ」


そして。


次の瞬間。


巨大な拳が。


食堂へ向かって振り下ろされた。

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