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第91話 王城へ続く道

第91話 王城へ続く道


黒い門の奥。


そこには――。


一本の道が伸びていた。


道の両側には。


崩れかけた石壁。


倒れた柱。


そして。


黒い霧に覆われた建物。


かつて。


ここに何かがあった。


それだけは。


熊五郎にも分かった。


「……王城」


ガルドが呟く。


熊五郎は答えない。


ただ。


その道を見つめていた。


記憶の奥に。


何かが引っかかっている。


石畳。


大きな門。


赤い旗。


厨房から漂う匂い。


兵士たちの声。


そして――。


鍋の音。


「……」


熊五郎が。


無意識に一歩前へ出る。


実咲が。


すぐに腕を掴んだ。


「待って」


熊五郎が振り返る。


「何だ?」


「その道」


実咲は。


不安そうに見る。


「本当に行っていいの?」


熊五郎は。


しばらく黙った。


「……分からん」


「分からないのに?」


「ああ」


「危ないかもしれないよ」


「そうだな」


「だったら――」


熊五郎は。


実咲を見る。


「だから行く」


「え?」


「食堂を狙ってる」


熊五郎は。


黒い門を見る。


「このまま放っておけば、あいつらは店まで来る」


ガルドが頷いた。


「つまり――」


「向こうへ行けば」


熊五郎が言う。


「何を狙っているのか分かる」


実咲は。


唇を噛んだ。


「……でも」


熊五郎は。


実咲の頭に手を置いた。


「心配するな」


「その言い方、絶対心配するやつじゃん」


「そうか?」


「そうだよ!」


実咲は。


熊五郎を睨む。


「一人で行くつもりでしょ」


「……」


「図星じゃん!」


ガルドが笑った。


「実咲の言う通りだ」


「ガルドまで……」


「俺も行く」


レオンも。


一歩前へ出た。


「俺もだ」


熊五郎が。


三人を見る。


「危険だぞ」


ガルドが笑う。


「お前だけ危険な場所に行かせる方が危険だ」


「……」


レオンが。


自分の右足を見る。


黒い線は。


まだ消えていない。


それでも。


彼は歩いた。


「俺は戦えないかもしれない」


「なら無理するな」


「分かってる」


レオンは頷く。


「でも――」


顔を上げる。


「守ることならできる」


実咲も。


一歩前へ出た。


「私も」


熊五郎は。


小さく笑った。


「……分かった」


そして。


四人は。


黒い門をくぐった。


――その瞬間。


空気が変わった。


町の音が。


遠くなる。


風が止まる。


黒い霧が。


壁のように周囲を囲んだ。


実咲が振り返る。


「……戻れる?」


そこには。


さっきまであった門がない。


「消えた……」


ガルドが呟く。


熊五郎は。


周囲を見る。


「閉じ込められたな」


「そんな冷静に言わないでよ!」


実咲が叫ぶ。


熊五郎は。


道を見る。


「だが」


「?」


「道はある」


ガルドが。


前方を見る。


確かに。


石畳が。


ずっと奥まで続いている。


その先に。


巨大な建物が見える。


「王城……なのか?」


ガルドが呟く。


熊五郎は。


首を傾げる。


「……違う」


「違う?」


「俺が知ってる城じゃない」


その言葉に。


ガルドが驚く。


「記憶があるのか?」


熊五郎は。


少しだけ目を閉じた。


「全部じゃない」


「何を覚えてる?」


「厨房」


「……厨房?」


熊五郎は。


小さく頷く。


「兵士たちに飯を作っていた」


ガルドの表情が変わる。


「俺も覚えてる」


「……」


「王城の厨房」


ガルドは。


遠くを見る。


「朝は早かった」


「……」


「兵士が並んで」


「……」


「お前が怒鳴ってた」


熊五郎が振り返る。


「俺が?」


「飯を残すなって」


「……当然だ」


実咲が。


呆れた顔をする。


「王様だったのに?」


熊五郎は。


真顔で答える。


「飯を残すのは駄目だ」


「そこは今も変わらないんだ……」


三人が。


少し笑った。


だが。


その瞬間。


――ガシャン。


道の先から。


鎧の音がした。


全員が止まる。


「来るぞ」


ガルドが槍を構える。


霧の中から。


一人。


また一人。


黒い兵士が現れる。


だが。


武器は持っていない。


ただ。


道の両側に並ぶ。


「……何をする気だ?」


レオンが呟く。


兵士たちは。


熊五郎を見る。


そして。


一斉に。


跪いた。


「……陛下」


熊五郎は。


眉をひそめる。


「俺は王じゃない」


兵士たちは。


顔を上げない。


「存じています」


「なら、なぜそう呼ぶ?」


一人の兵士が。


静かに答える。


「あなたが王だったことを――」


「……」


「我々は忘れていないからです」


熊五郎は。


しばらく黙っていた。


そして。


「なら、俺が今何者かも覚えておけ」


兵士が顔を上げる。


熊五郎は。


はっきりと言った。


「食堂の店主だ」


兵士たちは。


互いに顔を見合わせる。


そして。


「……承知しました」


その瞬間。


道の両側に。


光が灯った。


――パァァァ……。


古い街灯のようなもの。


一つ。


二つ。


三つ。


道の奥へ。


次々と光が灯っていく。


まるで。


誰かを。


迎えているように。


「……歓迎されてる?」


実咲が小声で言う。


ガルドは。


首を振った。


「分からない」


熊五郎は。


光を見つめる。


「歓迎じゃない」


「え?」


「案内だ」


「……」


「俺をどこかへ連れて行こうとしてる」


その瞬間。


道の奥から。


声が響いた。


『――料理人を確認』


『――管理者を確認』


『――守護者を確認』


そして。


最後に。


『――王を確認』


熊五郎が。


すぐに言った。


「違う」


声が止まる。


「王じゃない」


『……』


「俺は――」


熊五郎は。


自分の胸を指す。


「食堂の店主だ」


しばらく。


沈黙が続いた。


そして。


声が変わった。


『――訂正』


『――食堂店主を確認』


『――王城への入場を許可』


実咲が。


目を丸くする。


「……王じゃなくても入れるんだ」


熊五郎が。


少し考える。


「そうみたいだな」


ガルドが。


嫌な予感を口にする。


「ということは――」


「何だ?」


「この城は」


ガルドは。


道の先を見る。


「王を必要としていないのかもしれない」


熊五郎が。


静かに頷いた。


「俺もそう思う」


その時。


レオンが。


突然立ち止まった。


「……待って」


「どうした?」


レオンが。


右足を見る。


黒い線が。


わずかに動いていた。


「こいつ……」


右足が。


勝手に。


王城の奥を向いた。


「……俺の身体が」


レオンは。


必死に足を押さえる。


「向こうへ行こうとしてる」


熊五郎が。


すぐにレオンの肩を掴む。


「無理に動かすな」


「でも……!」


「俺を見る」


レオンが。


熊五郎を見る。


「お前が決めろ」


「……」


「身体じゃない」


熊五郎は。


レオンの目を見る。


「お前が決める」


レオンは。


歯を食いしばる。


そして。


震える右足を。


左足で押さえた。


「……俺は」


一歩。


前へ出る。


「自分で歩く」


熊五郎が。


頷いた。


「それでいい」


四人は。


再び歩き始めた。


やがて。


道の先に。


巨大な建物が見えてくる。


しかし。


それは王城ではなかった。


王城のようで。


王城ではない。


壁には。


王冠。


剣。


鍋。


麦。


四つの紋章。


そして。


建物の中央に。


巨大な看板があった。


熊五郎が。


足を止める。


「……」


実咲も。


立ち止まった。


「熊五郎?」


看板には。


古い文字で。


こう書かれていた。


『――王国中央食堂』


熊五郎の目が。


大きく開く。


「……食堂?」


ガルドも。


息を呑む。


「王城の中に……?」


熊五郎は。


その建物を見つめる。


そして。


遠い記憶の中で。


誰かの声が聞こえた。


――腹が減ったら、ここへ来い。


――誰でも食べていい。


――王も兵士も関係ない。


熊五郎の胸が。


ズキッと痛んだ。


「……俺は」


実咲が。


隣に立つ。


「何?」


熊五郎は。


ゆっくり答えた。


「昔から……」


「うん」


「食堂を作ってたのかもしれない」


その瞬間。


建物の扉が。


ひとりでに開いた。


――ギィィィ……。


中から。


暖かい光が漏れる。


そして。


かすかに。


料理の匂いがした。


熊五郎の耳が。


ぴくりと動く。


「……腹が減った」


実咲が。


思わず叫ぶ。


「こんな時に!?」


熊五郎は。


真剣な顔で答えた。


「料理の匂いがする」


ガルドが。


苦笑する。


「やっぱりお前だな」


四人は。


ゆっくり。


その食堂へ入っていく。


だが。


扉が閉じる直前。


外の黒い霧の中で。


誰かが。


静かに呟いた。


「――ようやく見つけた」


そして。


黒い霧の奥に。


巨大な目が。


一つ。


開いた。

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