第90話 町の中央に現れた黒い門
第90話 町の中央に現れた黒い門
――ゴゴゴゴゴ……。
町の中央。
大地を割って。
巨大な黒い門が。
ゆっくりと姿を現していた。
高さは。
建物をいくつも重ねたほど。
表面には。
見覚えのある四つの紋章。
王冠。
剣。
鍋。
そして――。
麦。
「……でかすぎる」
ガルドが呟いた。
レオンも。
門を見上げる。
「これ……門なのか?」
実咲は。
熊五郎の隣に立つ。
「熊五郎」
「何だ」
「あれ、食堂に必要?」
「必要ない」
「だよね!」
実咲が即答した。
熊五郎は。
真剣な顔で門を見る。
「……あんなの店に置いたら邪魔だ」
「そこ!?」
ガルドが思わず突っ込む。
だが。
冗談を言っている場合ではなかった。
門から。
黒い霧が流れ出している。
道路を覆い。
建物の壁を這い。
町の中心から外へ広がっていく。
「熊五郎」
ガルドが槍を握る。
「どうする?」
熊五郎は。
すぐには答えなかった。
門を見つめている。
その奥から。
何かの気配がする。
巨大なもの。
だが。
以前のような単純な魔物ではない。
「……門を壊すな」
ガルドが驚く。
「壊さないのか?」
「ああ」
「なぜ?」
「分からないからだ」
熊五郎は。
左手を門へ向ける。
「壊したら何が起きるか分からん」
「なるほど」
実咲が頷く。
「じゃあ、まず調べる」
「そうだ」
熊五郎は。
門へ一歩近づいた。
その瞬間。
――ゴォン。
門が。
低い音を響かせた。
四つの紋章が。
順番に光る。
王冠。
剣。
鍋。
麦。
そして。
門の中央に文字が浮かんだ。
『王国防衛中枢』
ガルドが息を呑む。
「……本当に王国のものだったのか」
熊五郎は。
黙っている。
『管理者――確認』
『食堂店主――確認』
『料理人――確認』
『守護者――確認』
そして。
最後に。
『王――』
文字が止まった。
実咲が息を呑む。
「……王?」
熊五郎の右腕が。
ズキッ。
痛んだ。
黒い線が。
胸へ向かって伸びる。
「熊五郎!」
「大丈夫だ」
熊五郎は右腕を押さえる。
「まだ動く」
「でも……」
「左手がある」
熊五郎は。
左手を門へ向けた。
「王という言葉には反応するな」
「え?」
「俺はもう王じゃない」
その瞬間。
門の文字が変化した。
『王――否定』
ガルドが目を見開く。
「……認識した」
『王位継承――拒否』
『王城管理権――拒否』
『食堂店主――承認』
実咲が。
少し笑った。
「熊五郎」
「何だ」
「また認められたね」
「何をだ」
「食堂店主」
熊五郎は。
胸を張った。
「当然だ」
「そこは偉そうなんだ……」
ガルドが苦笑する。
だが。
次の瞬間。
門の文字が。
突然変わった。
『防衛対象――確認』
『料理――確認』
『食料――確認』
『町民――確認』
そして。
最後に。
『敵――確認』
空気が変わった。
「……来る」
レオンが呟く。
門の向こうから。
黒い霧が。
一気に吹き出した。
――ゴォォォォッ!
「来るぞ!」
ガルドが叫ぶ。
黒い霧の中から。
無数の黒い兵士が現れた。
剣を持つ者。
槍を持つ者。
弓を持つ者。
だが。
以前の黒い兵士とは違う。
彼らは。
町の外へ向かっていた。
「……町を攻撃する気か?」
ガルドが構える。
しかし。
兵士たちは。
町民の前に立った。
黒い霧を。
身体で受け止めている。
「……え?」
実咲が驚く。
兵士たちは。
攻撃していない。
守っている。
黒い霧が。
兵士たちの身体へ入り込む。
黒い線が増える。
それでも。
兵士たちは動かない。
「何をしてる……」
レオンが呟く。
一人の兵士が。
苦しそうに顔を上げた。
「……守る」
「!」
別の兵士も。
「町を……」
さらに。
「食料を……」
「厨房を……」
ガルドが。
呆然とする。
「王国防衛機能……」
熊五郎は。
兵士たちを見る。
「命令されてない」
「……え?」
「こいつらは」
熊五郎が言う。
「自分で守ってる」
実咲が。
静かに頷く。
「前に言ってたね」
「何を?」
「守るものは、自分で決めるって」
熊五郎は。
少しだけ笑った。
「ああ」
その時。
黒い霧の向こうから。
声が響いた。
「――無駄だ」
低い声。
兵士たちが。
一斉に振り向く。
門の奥。
暗闇の中から。
一人の人影が歩いてくる。
黒い外套。
顔は見えない。
手には。
黒い杖。
ガルドが槍を構えた。
「誰だ!」
男は。
答えない。
ただ。
門の紋章を見る。
そして。
熊五郎を見る。
「……王を拒んだか」
熊五郎は。
静かに答える。
「俺は王じゃない」
「そうか」
男は笑った。
「ならば――」
黒い杖を。
地面へ突き立てる。
――ドンッ!
黒い魔法陣が広がった。
町中の黒い柱が。
一斉に光る。
「この町には――」
男の声が響く。
「王の代わりになるものがある」
実咲が眉をひそめる。
「何?」
男は。
熊五郎を指差した。
「食堂だ」
熊五郎の顔が険しくなる。
「……」
「人を集める場所」
「……」
「食料を集める場所」
「……」
「人の心を繋ぐ場所」
男が笑う。
「王国を再生させるには――」
黒い霧が。
食堂の方向へ流れ始める。
「そこを奪えばいい」
「……!」
実咲が叫ぶ。
「まずは飯だを狙ってる!」
熊五郎は。
すぐに振り返った。
遠く。
食堂の看板が見える。
『まずは飯だ』
その看板は。
まだ光っている。
しかし。
その周囲に。
黒い霧が集まり始めていた。
熊五郎の表情が。
完全に変わった。
「……そういうことか」
ガルドが聞く。
「何が?」
「王国を再起動するために」
熊五郎は。
食堂を見る。
「俺を王に戻すんじゃない」
「……」
「俺の店を――」
左手に。
風が集まる。
「王城に変える気だ」
実咲が息を呑む。
「そんな……」
熊五郎は。
門の前に立つ。
そして。
黒い外套の男を睨む。
「断る」
男が笑う。
「なぜだ?」
熊五郎は。
一言だけ答えた。
「店だからだ」
「……」
「王城じゃない」
熊五郎の左手から。
風が爆発する。
――ゴォォォォォッ!
黒い霧が。
町の中央から押し返される。
兵士たちが。
驚いて顔を上げる。
実咲も。
光の道を広げる。
「食堂は食堂!」
ガルドが槍を構える。
「町は町だ!」
レオンも。
震える右足を押さえながら立つ。
「俺たちは――」
そして。
四人が。
同時に前を向く。
熊五郎が言った。
「誰にも奪わせない」
その瞬間。
門の四つの紋章が。
一斉に輝いた。
そして。
門の奥から。
巨大な声が響く。
『――最終防衛対象』
『――食堂「まずは飯だ」』
『――防衛開始』
町全体に。
巨大な光の線が走った。
だが。
同時に。
黒い外套の男が。
静かに笑った。
「そうだ」
「……?」
「それでいい」
男の後ろ。
黒い門の奥に。
もう一つの巨大な門が――。
ゆっくりと開き始めていた。
「食堂を守ろうとすればするほど――」
男は。
熊五郎を見つめる。
「お前は、自分から王国の中へ入ってくる」
熊五郎は。
その言葉を聞いて。
初めて。
門の奥にあるものを見た。
そこには――。
かつての王城へ続く。
一本の道が伸びていた。




