第89話 町に眠る王国防衛機能
第89話 町に眠る王国防衛機能
――ゴゴゴゴゴ……。
町のあちこちで。
地面が揺れていた。
「な、何……?」
「地震か!?」
「違う!」
逃げていた町の人々が。
足を止める。
道路。
広場。
建物の前。
そして――。
食堂の近く。
地面に。
黒い亀裂が走っていく。
――ピシッ。
――ピシッ。
そして。
一斉に。
地面が割れた。
「うわあああ!」
「逃げろ!」
町中から悲鳴が上がる。
その頃。
西の倉庫では。
熊五郎たちも。
その異変を感じ取っていた。
「……町中で起きている」
ガルドが倉庫の外を見る。
「王国防衛機能って……一体何なんだ?」
熊五郎は答えなかった。
代わりに。
食材の入った箱を持ち上げる。
「先に運ぶ」
「こんな状況でか?」
「だからだ」
熊五郎が言う。
「腹が減ったままじゃ、逃げることも守ることもできない」
ガルドは。
一瞬だけ熊五郎を見る。
そして。
「……分かった」
大きな箱を持ち上げた。
「運ぶぞ!」
「ガルド!」
実咲が叫ぶ。
「私も行く!」
「実咲は――」
熊五郎が言いかける。
だが。
実咲は首を振った。
「駄目」
「……」
「私も守る」
実咲は。
光の線を倉庫の床に伸ばした。
「食材を運ぶ道を作る」
「……なるほど」
熊五郎が頷く。
「頼む」
三人は。
倉庫を出た。
その瞬間。
――ドンッ!
目の前の道路が。
大きく盛り上がった。
「危ない!」
実咲が叫ぶ。
光の壁が。
三人の前に出現する。
――ガァン!
地面から飛び出してきた黒い鉄柱が。
光の壁にぶつかった。
ガルドが目を見開く。
「鉄……?」
地面から。
黒い柱が何本も伸びている。
そして。
その柱同士をつなぐように。
黒い線が走っていた。
「何だ……これは」
熊五郎が近づく。
柱の表面には。
見覚えのある紋章が刻まれていた。
王冠。
剣。
鍋。
そして。
麦。
「四つの紋章……」
ガルドが呟く。
「王城の地下と同じだ」
熊五郎は。
じっと見つめる。
「違う」
「何が?」
「地下にあったものは王城を守るためのものだった」
熊五郎は。
町中へ伸びている黒い線を見る。
「これは――」
線は。
町の建物へ。
道路へ。
そして。
食堂へ。
つながっていた。
「町そのものを守るためのものだ」
ガルドの顔が険しくなる。
「なら、なぜ黒い?」
熊五郎が答える。
「乗っ取られている」
その瞬間。
黒い柱の一つから。
黒い腕が伸びた。
「来るぞ!」
ガルドが槍を構える。
――ブンッ!
槍を振り抜く。
黒い腕が弾かれる。
だが。
別の方向から。
二本。
三本。
次々と伸びてくる。
「多い!」
実咲が叫ぶ。
光の線を道路へ走らせる。
「こっち!」
光の道が。
黒い腕の動きを制限する。
熊五郎は。
食材の箱を置いた。
「少しだけ任せる」
「え?」
「すぐ戻る」
「熊五郎?」
熊五郎は。
黒い柱の前へ歩く。
「こいつを止める」
左手を伸ばす。
風が。
静かに集まる。
「――吹け」
――ゴォォォォッ!
強烈な風が。
黒い柱を包む。
しかし。
柱は倒れない。
「……硬い」
熊五郎が目を細める。
風が柱の周囲を回る。
その時。
柱の根元に。
黒い根が見えた。
「……なるほど」
熊五郎は。
根を見つめる。
「柱そのものじゃない」
「根を切ればいいのか?」
ガルドが聞く。
「いや」
熊五郎は首を振る。
「切ったら代償が来る」
「ならどうする?」
熊五郎は。
風の向きを変えた。
柱を壊すのではなく。
根の周囲の土だけを削っていく。
――ゴォォォッ!
土が飛ぶ。
黒い根が。
露出する。
「……そういうことか」
ガルドが気づく。
「根を切らずに、地面から出す」
「そうだ」
熊五郎は。
根を掴む。
「こいつを――」
そして。
風で根を引っ張った。
――ズズズズズッ!
黒い根が。
地面から抜ける。
その瞬間。
町の別の場所にあった柱が。
一斉に揺れた。
「……繋がってる」
ガルドが呟く。
「一本だけじゃない」
熊五郎が。
黒い根を見る。
「全部が一本の大きな魔法陣になってる」
その時。
食堂の方向から。
光が見えた。
実咲が振り返る。
「看板……!」
遠くにある。
『まずは飯だ』
その看板が。
強く輝いている。
光が。
町の道路を走っている。
黒い柱を避け。
町の人々のいる場所を避け。
そして。
食堂から倉庫へ。
一本の光の道が伸びていた。
「……食堂が中心になってる」
ガルドが呟く。
熊五郎は。
看板を見る。
「俺の店を中心にするなよ……」
実咲が叫ぶ。
「熊五郎!」
「何だ?」
「今、それ言ってる場合じゃない!」
「……そうだな」
熊五郎は頷く。
その時。
町の向こうから。
レオンが走ってきた。
「熊五郎!」
「レオン?」
レオンは。
右足を引きずっている。
黒い線は。
膝からさらに上へ伸びていた。
それでも。
走ってきた。
「町の中央で――」
レオンが息を整える。
「兵士たちが戦ってる」
「黒い兵士か?」
「違う」
レオンは首を振る。
「町の兵士だ」
「……!」
「地下から出てきた黒い柱を止めようとしてる」
レオンが言う。
「でも……」
右足が。
突然。
勝手に動いた。
「……っ!」
レオンがよろける。
ガルドが支える。
「無理するな」
「まだ動ける」
「それでもだ」
レオンは。
自分の右足を見る。
「俺は……まだ俺だ」
そして。
顔を上げる。
「だから、俺も行く」
熊五郎が。
静かに頷いた。
「分かった」
レオンが驚く。
「止めないのか?」
「お前が決めた」
熊五郎は言う。
「なら、自分で動け」
レオンの顔に。
わずかな笑みが浮かんだ。
「……それ、王様みたいだな」
熊五郎の表情が止まる。
「俺は王じゃない」
「知ってる」
レオンが笑う。
「食堂の店主だろ」
熊五郎は。
少しだけ笑った。
「そうだ」
その時。
――ドォォォン!
町の中央で。
巨大な爆発が起きた。
黒い霧が。
空まで噴き上がる。
実咲が叫ぶ。
「中央が!」
ガルドが槍を握る。
「行くぞ」
熊五郎も。
食材の箱を持ち上げた。
「まずは――」
「食材を運ぶ」
ガルドが続ける。
「そのあと――」
レオンが言う。
「町を守る」
実咲が。
光の道を伸ばす。
「そして食堂へ帰る!」
熊五郎が頷く。
「そうだ」
四人は。
町の中央へ向かって走り出した。
だが。
その途中。
黒い柱の一つが。
突然。
人の形へ変わった。
黒い鎧。
四つの紋章。
そして。
手には剣。
その兵士は。
熊五郎を見ると。
ゆっくり跪いた。
「……陛下」
熊五郎は。
足を止めた。
「俺は王じゃない」
兵士は。
顔を上げる。
「存じています」
「……何?」
「あなたが王ではないことは――」
兵士の身体から。
黒い霧が立ち上る。
「我々も理解しています」
ガルドが槍を構える。
「なら、なぜ陛下と呼ぶ?」
兵士は。
静かに答えた。
「呼んでいるのではありません」
「……?」
「確認しているのです」
熊五郎の顔が。
険しくなる。
兵士の胸の紋章が。
光った。
『管理者――確認』
『料理人――確認』
『守護者――確認』
『食堂――確認』
そして。
最後に。
新しい文字が浮かぶ。
『王国――再起動』
熊五郎が。
息を呑む。
兵士が。
ゆっくり立ち上がる。
そして。
黒い霧の向こうから。
無数の声が響いた。
『――王国防衛機能』
『――最終段階へ移行』
熊五郎は。
食材の箱を地面に置いた。
左手を前へ。
風が集まる。
「……なら」
熊五郎は。
町の中央を睨む。
「俺の店と――」
その目が。
鋭くなる。
「この町を守る」
その瞬間。
町の中央から。
巨大な黒い門が――。
ゆっくりと。
地面からせり上がった。




