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第88話 食料を奪うもの

第88話 食料を奪うもの


――ドンッ!


倉庫の床が大きく揺れた。


積み上げられていた木箱が崩れる。


魚の入った箱。


野菜の箱。


麦の袋。


それらが次々と倒れていく。


「危ない!」


実咲が叫ぶ。


光の壁が広がった。


――パァン!


落ちてきた木箱を光が受け止める。


「よし……!」


実咲は両手に力を込める。


「食材は落とさせない!」


その横で。


ガルドが槍を構えた。


「熊五郎!」


「分かってる」


熊五郎は。


左手を前へ出す。


風が渦を巻く。


だが。


地下から現れた巨大な手は。


風を受けても動かなかった。


「……硬いな」


熊五郎が呟く。


手は黒い。


鎧のような表面。


そして。


指の一本一本に。


細い黒い線が走っている。


ガルドが目を細める。


「黒い霧でできている……?」


「違う」


熊五郎が答えた。


「中に何かいる」


「何か?」


「ああ」


熊五郎は鼻を動かした。


「……鉄の匂い」


ガルドが驚く。


「鉄?」


「鎧だ」


巨大な手が。


床を掴む。


――ズズズズッ!


そのまま。


地下から何かを引きずり出していく。


黒い霧の向こうから。


巨大な身体が姿を現した。


四本の腕。


黒い鎧。


二本の角。


胸には――。


大きな鍋の紋章。


「……また、あいつか」


ガルドが呟く。


以前。


王城の地下で現れた。


四本腕の巨大な守護者。


だが。


今、目の前にいるものは。


それとは少し違っていた。


胸の鍋の紋章が。


黒く染まっている。


熊五郎が目を細める。


「違う」


「何が?」


「こいつは守るために出てきたんじゃない」


巨大な存在が。


四本の腕を広げる。


その視線が。


倉庫の食材へ向いた。


「……食料を狙ってる」


その瞬間。


巨大な腕が伸びた。


「させるか!」


ガルドが飛び出す。


槍を振り抜く。


――ガキィン!


槍が腕に当たる。


しかし。


弾かれた。


「ぐっ!」


ガルドの身体が吹き飛ぶ。


「ガルド!」


熊五郎が風を放つ。


――ゴォッ!


ガルドの身体を風が受け止める。


「助かった……」


「無茶するな」


「お前に言われたくない」


ガルドが立ち上がる。


その瞬間。


巨大な腕が。


また食材へ伸びた。


「させない!」


実咲が光の壁を作る。


――ドンッ!


巨大な腕が。


光の壁にぶつかる。


「ぐっ……!」


実咲の身体が後ろへ押される。


「実咲!」


「大丈夫!」


歯を食いしばりながら。


実咲は光の壁を維持する。


「ここは……私が守る!」


巨大な腕が。


さらに力を込める。


光の壁に。


亀裂が入った。


「くっ……!」


「実咲!」


熊五郎が駆け出す。


だが。


黒い霧が。


熊五郎の足元から伸びた。


――シュルッ!


右足に絡みつく。


「……!」


熊五郎が止まる。


黒い霧が。


右腕の黒い線に反応した。


――ズキッ!


「ぐっ……!」


右腕から。


胸へ。


黒い線が少し伸びる。


「熊五郎!」


実咲が叫ぶ。


熊五郎は右腕を押さえた。


「……まだだ」


「まだって……!」


「左手は使える」


熊五郎は。


左手を巨大な腕へ向ける。


風が集まる。


しかし。


今度は。


巨大な存在が先に動いた。


四本の腕のうち。


一本が。


床を叩く。


――ドォン!


倉庫全体が揺れた。


棚が倒れる。


食材が宙に浮く。


「危ない!」


実咲が叫ぶ。


光の壁が。


食材を一つずつ包み込む。


魚。


肉。


野菜。


麦。


すべてが。


光に守られた。


「……全部、守る!」


実咲の額に汗が浮かぶ。


「一個も落とさない!」


熊五郎がそれを見て。


小さく笑った。


「実咲」


「何!」


「そのままでいい」


「え?」


「食材を頼む」


熊五郎は。


巨大な存在を見る。


「俺がこいつを止める」


「でも――」


「料理は食材から始まる」


熊五郎が。


左手を握る。


「だから守れ」


実咲は。


一瞬だけ黙った。


そして。


強く頷いた。


「分かった!」


その時。


ガルドが叫ぶ。


「熊五郎!」


「何だ!」


「こいつの胸を見ろ!」


巨大な胸。


鍋の紋章。


その中心から。


黒い根が伸びている。


倉庫の床。


壁。


そして。


食材へ。


「……食材から魔力を吸っている」


熊五郎が呟く。


ガルドが頷く。


「なら、あれを切れば――」


「駄目だ」


熊五郎が即答した。


「切ると代償が来る」


ガルドの肩にある黒い線が。


疼いた。


「……そうだったな」


熊五郎は考える。


「切らない」


「ではどうする?」


熊五郎は。


倉庫の奥を見る。


大量の麦袋。


「ガルド」


「何だ?」


「麦を運べ」


「今?」


「今だ」


「戦闘中だぞ!」


「だからだ」


熊五郎が指差す。


「こいつは食材を狙ってる」


「……つまり」


「食材を移動させる」


ガルドが笑う。


「なるほどな」


「俺がこいつを引きつける」


「俺が食料を運ぶ」


「そうだ」


「実咲は?」


熊五郎が答える。


「食材を守る」


実咲が叫ぶ。


「了解!」


三人が同時に動いた。


熊五郎が前へ出る。


「こっちだ!」


左手から風が炸裂する。


――ゴォォォッ!


巨大な存在の身体が。


わずかに後ろへ下がった。


その隙に。


ガルドが麦袋を抱える。


「重い!」


「弱音を吐くな!」


「誰のせいだ!」


ガルドは走る。


その先には。


倉庫の出口。


そして。


食堂へ続く光の道。


「この道を使え!」


実咲が叫ぶ。


光の線が。


安全な場所だけを示している。


ガルドが走る。


だが。


黒い霧が追ってきた。


「来るぞ!」


熊五郎が振り返る。


巨大な存在が。


ガルドへ向かって腕を伸ばした。


「ガルド!」


熊五郎が風を放つ。


――ドォン!


腕が弾かれる。


だが。


黒い霧が分裂した。


一本は熊五郎へ。


一本はガルドへ。


一本は――。


実咲へ。


「えっ……!」


実咲が振り向く。


黒い霧が迫る。


しかし。


実咲は逃げなかった。


「……私の店を」


光が。


実咲の足元から広がる。


「壊させない!」


――パァァァッ!


倉庫全体が。


光に包まれた。


黒い霧が。


一瞬だけ止まる。


その瞬間。


熊五郎が気づいた。


「……そういうことか」


「何が?」


熊五郎は。


巨大な存在の胸を見る。


「こいつは食材を奪っているんじゃない」


ガルドが振り返る。


「違うのか?」


「ああ」


熊五郎が言う。


「食材を通して――」


黒い根が。


倉庫全体へ伸びている。


「この町の人間から」


「……」


「生きる力を吸ってる」


その瞬間。


倉庫の外から。


悲鳴が聞こえた。


「きゃあああ!」


「黒い霧が来たぞ!」


「逃げろ!」


熊五郎の顔から。


笑みが消える。


「……町まで」


ガルドが外を見る。


「まずい」


黒い霧が。


倉庫の外へ流れ始めていた。


しかも。


向かっている先は――。


「食堂だ」


熊五郎が呟く。


実咲の顔が青ざめる。


「……みんながいる」


熊五郎は。


左手を握る。


そして。


食材を見た。


まだ大量に残っている。


「ガルド」


「分かってる」


「運ぶぞ」


「どこまで?」


熊五郎は。


食堂へ続く光を見る。


「まずは飯を届ける」


そして。


町へ向かって流れる黒い霧を睨む。


「そのあと――」


左手に。


これまでより強い風が集まり始めた。


「町を守る」


その時。


地下から。


再び声が響いた。


『――食料移動を確認』


『――食堂への供給を確認』


『――防衛行動を確認』


そして。


最後に。


今までとは違う声が。


倉庫いっぱいに響いた。


『――王国防衛機能を』


『――完全起動する』


熊五郎が。


ゆっくり顔を上げた。


「……完全起動?」


その瞬間。


町の各地で。


黒い地面が――。


一斉に割れ始めた。

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