第87話 奪われた食材を取り戻せ
第87話 奪われた食材を取り戻せ
――ギィィィ……。
倉庫の扉が。
ゆっくりと開いていく。
熊五郎とガルドは。
その場から動かなかった。
「……中にいるな」
ガルドが槍を構える。
熊五郎は倉庫の中を見る。
暗い。
明かりはない。
ただ。
奥から――。
かすかに。
何かを引きずる音が聞こえる。
――ズ……ズズ……。
「何か運んでる」
ガルドが呟く。
熊五郎が一歩前へ出る。
「食材だ」
「分かるのか?」
「匂いがする」
「……この状況で?」
「飯を作る者なら分かる」
ガルドは苦笑した。
「そうだったな」
二人が倉庫へ入る。
中には。
大量の食材が並んでいた。
魚。
肉。
野菜。
穀物。
水。
町の人々のために集められていた食料だ。
しかし。
その半分ほどが――。
黒く染まっていた。
「……!」
ガルドが息を呑む。
「食料まで……」
熊五郎が近づく。
魚の表面に。
黒い線が走っている。
だが。
魚そのものが腐っているわけではない。
「……違う」
熊五郎が呟く。
「腐らせてるんじゃない」
「では何を?」
熊五郎が魚を持ち上げる。
「魔力を吸ってる」
ガルドが驚く。
「食材から魔力を?」
「そうだ」
熊五郎は魚を置く。
「こいつらは食べ物そのものを狙ってるんじゃない」
「……」
「食べ物に残ってる力を――」
その時。
奥から声がした。
「正解だ」
二人が振り向く。
黒い霧の中から。
一人の男が出てきた。
黒い鎧。
胸には。
王冠。
剣。
鍋。
三つの紋章。
だが。
その顔は。
人間だった。
「お前は……」
ガルドが槍を向ける。
男は笑った。
「私は王城の兵站管理を任されていた」
「兵站……」
ガルドの顔が変わる。
「食料や物資を管理する役目だ」
男は熊五郎を見る。
「そして――」
「陛下の料理に使われる食材も」
熊五郎は眉をひそめる。
「……俺を知ってるのか」
男は一瞬。
言葉を止めた。
「知っている」
だが。
すぐに。
「いや――」
黒い霧が顔を覆う。
「知らない」
熊五郎が目を細める。
「どっちだ」
男は答えない。
代わりに。
黒い霧が倉庫いっぱいに広がった。
「食料を渡せ」
「断る」
熊五郎が即答する。
「町の人間が食べる」
「ならば――」
男が手を上げる。
黒い霧が。
食材へ向かう。
「奪う」
「させるか!」
ガルドが槍を振る。
――ザンッ!
黒い霧の一部が切れる。
だが。
切った瞬間。
ガルドの肩の黒い線が――。
ビキッ。
「ぐっ……!」
「ガルド!」
「大丈夫だ!」
ガルドは槍を握り直す。
「分かっている」
熊五郎が男を見る。
「切るな」
「だが!」
「食材を守る」
熊五郎は倉庫の中を見回す。
「戦う場所を変える」
「……?」
熊五郎は。
倉庫の中央にある。
大量の木箱を見た。
「ガルド」
「何だ?」
「その箱を倒せ」
「箱を?」
「全部じゃない」
熊五郎が指を示す。
「右側だけ」
ガルドが理解する。
「なるほど」
槍で。
木箱を押す。
――ガラガラガラ!
箱が倒れ。
通路が狭くなる。
黒い霧の男が進もうとする。
だが。
狭い。
「……小細工を」
「店主だからな」
熊五郎が言う。
「店は狭いところも使う」
「何の理屈だ!」
ガルドが笑う。
黒い霧の男が腕を伸ばす。
熊五郎は風を使う。
――ゴォッ!
霧が壁へ押し付けられる。
だが。
男は黒い霧になって。
箱の隙間を抜ける。
「またそれか!」
ガルドが叫ぶ。
「学習してる」
熊五郎が言う。
男は倉庫の反対側へ出た。
そして。
食材へ手を伸ばす。
「取った」
黒い霧が。
大量の肉へ絡みつく。
「待て!」
熊五郎が走る。
男が笑う。
「遅い」
だが。
その瞬間。
倉庫の天井から。
光が落ちてきた。
――パァァァ……。
「……何だ?」
男が見上げる。
光は。
一本の道になった。
倉庫の床を走る。
熊五郎の後ろへ。
実咲の光だった。
「熊五郎!」
声が響く。
「聞こえる?」
熊五郎が振り返る。
「実咲?」
「看板の光がここまで伸びたの!」
「……そうか」
「だから――」
光が食材を包む。
「その食材、守れるよ!」
熊五郎が笑った。
「助かる」
実咲の声が返る。
「でも早くして!」
「分かった」
熊五郎は左手を上げた。
風が。
倉庫の中を一周する。
食材を避け。
木箱を避け。
ガルドを避け。
そして。
黒い霧だけを巻き込んだ。
「なっ……!」
男が吹き飛ばされる。
「食材には触らせない」
熊五郎が言う。
黒い霧が。
男の身体から剥がれる。
一瞬。
人間の顔が見えた。
「……陛下」
熊五郎の目が変わる。
男は。
苦しそうに呟いた。
「……厨房へ……」
「何?」
「厨房を……守って……」
「お前は?」
男は自分の胸を押さえる。
「私は……兵站担当……」
そして。
「食料を……守る……」
熊五郎が近づく。
「なら、食料を守れ」
男の目が揺れる。
「……しかし」
「命令じゃない」
熊五郎は言った。
「自分で決めろ」
男が震える。
「……私は」
黒い霧が。
再び身体を覆う。
「……守りたい」
その瞬間。
男の周囲にあった黒い霧が。
少しだけ薄くなった。
「……!」
ガルドが驚く。
「自我が戻っている」
熊五郎は頷いた。
「飯を守る奴は――」
そして。
男の肩へ手を置く。
「飯を作る奴の味方だ」
男の目から。
涙が一粒落ちた。
だが。
その直後。
――ドクン。
倉庫の床が揺れた。
黒い霧が。
地下から噴き出す。
「……何だ?」
ガルドが振り返る。
床に。
巨大な黒い紋章が浮かんだ。
王冠。
剣。
鍋。
そして。
その中央に。
見たことのない第四の紋章。
「これは……」
熊五郎が目を細める。
第四の紋章は。
――麦の穂だった。
「食料庫の紋章か?」
ガルドが聞く。
熊五郎は首を振る。
「違う」
「では?」
熊五郎は。
第四の紋章を見つめる。
「……国そのものだ」
その瞬間。
黒い霧の男が。
再び笑った。
「ようやく気づいたか」
熊五郎が振り返る。
男の目が。
完全な黒へ変わっていた。
「食堂」
「王城」
「兵站」
「料理」
そして。
第四の紋章。
「全部が――」
黒い霧が倉庫の壁を這う。
「一つのものだった」
熊五郎の右腕が。
ズキッ。
激しく痛む。
黒い線が。
胸の中心へ向かって伸びた。
「……っ」
実咲の声が遠くから聞こえる。
「熊五郎!」
熊五郎は右腕を押さえる。
そして。
地下から聞こえる声に耳を澄ます。
『食料供給機能――再起動』
『兵站機能――再起動』
『食堂機能――再起動』
『王国防衛機能――再起動』
ガルドが顔を上げる。
「……王国防衛?」
熊五郎が黙る。
黒い霧の男が。
ゆっくり笑う。
「王を拒んだ男よ」
「……」
「それでも――」
倉庫の壁が。
次々と開いていく。
その向こうに。
大量の武器。
鎧。
食料。
そして。
眠っている兵士たちがいた。
「この国は――」
男が言う。
「まだお前を王として待っている」
熊五郎は。
しばらく黙っていた。
そして。
鍋を持ち上げた。
「……違う」
男が笑う。
「何が?」
熊五郎は。
倉庫いっぱいの食材を見る。
そして。
食堂へ続く光の道を見る。
「待っているのは――」
熊五郎は静かに言った。
「王じゃない」
「……」
「飯だ」
その瞬間。
食堂の看板の光が。
倉庫いっぱいに広がった。
そして。
第四の紋章――。
麦の穂が。
初めて。
金色に輝いた。




