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第85話 光る看板と守る者たち

第85話 光る看板と守る者たち


――パァァァ……。


食堂の看板。


『まずは飯だ』


その文字が。


淡い光を放っていた。


「……看板が光ってる」


実咲が呟く。


熊五郎は看板を見上げる。


「そうだな」


「何で?」


「知らん」


「知らんのかい!」


実咲のツッコミが響く。


だが。


熊五郎は笑わなかった。


看板から広がった光が。


店の壁を伝っていく。


入口。


窓。


厨房。


床。


そして――。


食堂の外へ。


一本の光が伸びた。


「……道?」


ガルドが呟く。


光は道路を走り。


逃げてくる人々の前まで伸びていく。


「こっちへ!」


誰かが叫んだ。


「光の道だ!」


人々が光に沿って走り始める。


黒い霧は。


その光の中へ入れない。


「避難路になってる……」


レオンが驚く。


実咲は看板を見る。


「熊五郎」


「何だ?」


「これ――」


実咲は少し笑った。


「本当に食堂を守ってるんだね」


熊五郎は答えなかった。


ただ。


看板を見ながら。


小さく呟いた。


「……俺の店だからな」


その時。


巨大な黒い影が動いた。


――ズン。


地面が揺れる。


「来るぞ!」


ガルドが叫ぶ。


巨大な影の四本の腕が。


一斉に地面へ伸びる。


黒い根が。


四方向へ走った。


「実咲!」


「分かってる!」


実咲が両手を広げる。


光の壁ではなく。


今度は――。


光の線を地面へ走らせた。


「こっちへ来て!」


黒い根が。


光の線に触れる。


――ジジジッ!


黒い根の動きが止まる。


「止まった!」


実咲が叫ぶ。


熊五郎が見る。


「いいぞ」


「これなら――」


実咲が光を伸ばす。


黒い根を一本ずつ。


食堂から遠ざける。


だが。


根はすぐに方向を変えた。


「……!」


実咲が驚く。


「こいつ、学習してる!」


熊五郎が頷く。


「そうだ」


「どうする?」


「変える」


熊五郎は即答した。


「私の光も変える!」


実咲が答える。


二人の防御が。


同じ場所で交差する。


光の線。


風の流れ。


それによって。


黒い根が――。


一方向へ誘導されていく。


「ガルド!」


「分かっている!」


ガルドが走った。


槍を振り。


根を切る。


――ザンッ!


黒い根が切れる。


その瞬間。


ガルドの肩にある黒い線が――。


ビキッ。


「ぐっ……!」


ガルドが膝をつく。


「ガルド!」


レオンが駆け寄る。


「触るな!」


ガルドが叫ぶ。


「切った代償だ!」


黒い線が。


肩から胸へ。


少しだけ伸びる。


レオンが顔をしかめる。


「また広がった……」


ガルドは立ち上がる。


「まだ動ける」


「でも――」


「俺は昔から――」


ガルドが槍を握る。


「飯の時間まで働く男だ」


「そこ基準なの!?」


実咲が叫ぶ。


ガルドが笑う。


「熊五郎の影響だな」


熊五郎が振り返る。


「いいことだ」


「認めるんだ……」


実咲が呆れる。


その瞬間。


巨大な黒い影が。


熊五郎へ向かって走り出した。


――ズン!


――ズン!


「熊五郎!」


レオンが叫ぶ。


熊五郎は動かない。


右腕は。


黒い線が胸まで伸びている。


左手だけを。


ゆっくり上げる。


「来い」


巨大な腕が振り下ろされる。


――ドォォォォン!


風が爆発する。


だが。


今回は押し返さない。


熊五郎は風を――。


地面へ流した。


巨大な腕が。


地面に触れる直前。


身体が傾く。


「何!?」


巨大な影がバランスを崩す。


熊五郎は足元を見ていた。


黒い根。


さっき実咲が引いた光の線。


そして。


看板から伸びる光。


「全部――」


熊五郎が呟く。


「繋がってる」


実咲が気づく。


「食堂そのものが?」


「そうだ」


熊五郎が左手を動かす。


光の道が。


巨大な影の足元へ集まる。


「店の中だけじゃない」


看板の光が。


街の道へ伸びていく。


「この店を中心に――」


さらに。


町の人々がいる場所へ。


「守る範囲を決められる」


実咲が目を輝かせる。


「じゃあ!」


「ただし――」


熊五郎が言う。


「誰かが守りたいと思わないと広がらない」


「……」


実咲が街を見る。


光の道を走る人々。


食堂へ逃げてくる人。


教会へ向かう人。


そして。


戦う兵士たち。


一人の老人が。


光の道を見て呟いた。


「……あの店が」


別の人が頷く。


「守ってくれている」


その言葉が。


街へ広がる。


「まずは飯だ」


「食堂が守ってくれている」


「俺たちも守ろう」


「そうだ」


「この店を守るんだ!」


その瞬間。


看板の光が――。


一段と強くなった。


――パァァァァ……!


熊五郎が目を見開く。


「……増えた」


実咲も驚く。


「みんなの気持ちで……」


「守る力が広がってる」


その時。


黒い霧の中から。


一人の兵士が飛び出してきた。


「熊五郎!」


ガルドが構える。


だが。


兵士は攻撃しなかった。


「助けてくれ!」


黒い線が全身に走っている。


「俺は……」


兵士は膝をついた。


「自分が誰なのか分からない……」


熊五郎が近づく。


「名前は?」


「……」


兵士は頭を押さえる。


「分からない」


「じゃあ――」


熊五郎は鍋を指差した。


「飯を食え」


「……」


「食ってから考えろ」


兵士の目から。


涙が落ちた。


「……はい」


実咲が料理を運ぶ。


「熱いから気をつけてね」


兵士が一口食べる。


「……」


二口。


三口。


そして。


兵士が顔を上げた。


「……思い出した」


ガルドが近づく。


「何を?」


兵士は胸を押さえる。


「俺は……」


「……」


「王城の厨房を守っていた」


熊五郎が黙る。


兵士は続ける。


「でも……」


その顔が青ざめる。


「最後に見たのは――」


黒い霧が。


兵士の口を塞いだ。


「……!」


実咲が光を伸ばす。


だが。


黒い霧が兵士の身体を包む。


「何かを見たの?」


熊五郎が聞く。


兵士は必死に声を出す。


「王城の地下で……」


「……」


「誰かが――」


兵士の目が見開かれる。


「黒い霧を――」


――ドクン。


兵士の胸の黒い線が。


突然。


大きく脈打った。


「ぐあああっ!」


「危ない!」


実咲が光の壁を作る。


兵士の身体から。


黒い霧が爆発する。


「熊五郎!」


熊五郎が左手を伸ばす。


風が霧を押さえる。


だが。


その黒い霧は。


熊五郎の右腕へ向かって伸びた。


「……!」


熊五郎が腕を引く。


しかし。


一本の黒い線が。


指先に触れた。


――ピシッ。


黒い線が。


右手の甲へ伸びる。


熊五郎が顔をしかめる。


「熊五郎!」


実咲が駆け寄る。


「大丈夫だ」


「また広がったじゃない!」


熊五郎は右手を見る。


黒い線。


そして。


街の上空を見る。


黒い霧。


「……分かった」


「何が?」


熊五郎は静かに言った。


「こいつらが狙ってるのは――」


その視線が。


看板へ向く。


「俺じゃない」


「え?」


「この食堂でもない」


熊五郎の目が鋭くなる。


「この店に集まる――」


「人だ」


その瞬間。


街中の黒い霧が。


一斉に。


人々のいる場所へ向きを変えた。


「――来るぞ」


熊五郎が呟いた。


看板の光が。


街全体を照らす。


そして。


黒い霧の奥から。


無数の赤い目が。


一斉に開いた。

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