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第83話 黒い霧に包まれる食堂

第83話 黒い霧に包まれる食堂


「――外の世界が、お前の食堂を待っている」


黒衣の男の言葉が消えた。


その直後。


――ゴォォォォ……。


食堂の外から。


低い風の音が聞こえてきた。


実咲が窓へ駆け寄る。


「……嘘」


外が――。


黒い。


空が黒い霧に覆われている。


街灯の明かりも。


建物も。


道も。


すべてが黒い霧の向こうに霞んでいた。


「町全体が……」


ガルドが呟く。


熊五郎は窓から外を見る。


「違う」


「え?」


「町全体じゃない」


熊五郎の目が細くなる。


「この店を中心に広がってる」


実咲が振り返る。


「……この食堂を狙ってるってこと?」


「そうだ」


その瞬間。


――ドン!


食堂の入口に黒い霧がぶつかった。


「きゃっ!」


実咲がよろめく。


熊五郎がすぐに入口へ向かう。


だが。


扉には触れない。


「……来たな」


外から。


何かが扉を叩く。


――ドン。


――ドン。


――ドン。


「誰?」


実咲が尋ねる。


熊五郎は答えない。


ガルドが槍を構える。


レオンも剣を抜こうとする。


だが。


右腕が――。


ビクッ。


勝手に動いた。


「……っ!」


レオンが左手で右腕を押さえる。


「大丈夫か?」


ガルドが見る。


「大丈夫……」


レオンは歯を食いしばる。


「まだ俺の腕だ」


その言葉を聞いて。


熊五郎が小さく頷いた。


「そうだ」


そして。


「自分の身体は、自分で守れ」


「……ああ」


再び。


――ドン!


今度は窓が震えた。


実咲が光を出す。


「外に何かいる!」


「何だ?」


ガルドが窓を見る。


黒い霧の向こう。


人影が見えた。


一つ。


二つ。


十。


いや。


もっといる。


「兵士……?」


レオンが呟く。


黒い霧の中から。


黒い鎧を着た兵士たちが現れた。


しかし。


地下にいた兵士とは違う。


彼らの目は。


完全に黒い。


「敵だ」


ガルドが槍を構える。


熊五郎が言った。


「待て」


「何?」


「まだ攻撃するな」


ガルドが見る。


黒い兵士たちは。


食堂を囲んでいる。


だが。


攻撃してこない。


ただ。


店を見ている。


「……何をしてる?」


実咲が呟く。


一人の兵士が。


ゆっくり前へ出た。


そして。


口を開いた。


「――料理を」


「……?」


「料理を……渡せ」


熊五郎の眉が動く。


「飯か?」


兵士は答えない。


その代わり。


黒い霧が兵士の身体から噴き出した。


――ブワッ!


「危ない!」


実咲が光の壁を作る。


――バァン!


黒い霧が壁にぶつかった。


「くっ……!」


実咲が踏ん張る。


「これ……地下の霧より強い!」


熊五郎が外を見る。


「違う」


「え?」


「強くなったんじゃない」


熊五郎は黒い霧を見る。


「数が多い」


街中から。


黒い霧が集まっている。


「この店を囲んでる」


ガルドが槍を握る。


「どうする?」


熊五郎は厨房を見る。


鍋。


食材。


火。


そして。


実咲。


「料理を作る」


「また料理!?」


実咲が叫ぶ。


「外には敵がいるんだよ!」


「だからだ」


熊五郎は鍋を持つ。


「腹が減ってる奴は判断を間違える」


ガルドが目を見開く。


「……確かに」


レオンが苦笑する。


「それ、兵士だった頃に何度も聞いた気がする」


熊五郎は火をつけた。


「食わせる」


「敵にも?」


実咲が聞く。


「食べる奴ならな」


熊五郎は鍋に食材を入れていく。


魚。


肉。


野菜。


香草。


ジュウッ。


厨房に匂いが広がる。


外にいる黒い兵士たちが。


一斉に顔を上げた。


「……」


黒い霧が。


わずかに揺れる。


「匂い……」


誰かが呟いた。


「飯……」


もう一人。


「……食いたい」


しかし。


その瞬間。


黒い霧の奥から。


別の声が響いた。


『食べるな』


低い声。


兵士たちが止まる。


『その料理を食えば――』


黒い霧が兵士たちへ絡みつく。


『お前たちは、自分を取り戻す』


兵士たちが苦しみ始める。


「ぐっ……!」


「頭が……!」


「やめろ……!」


実咲が叫ぶ。


「熊五郎!」


「分かってる」


熊五郎は料理を続ける。


「だから作る」


「え?」


「取り戻したい奴のためにな」


鍋から。


大量の湯気が上がる。


その湯気が。


窓から外へ流れていく。


黒い霧と混ざる。


――シュウウウ……。


黒い霧が。


一瞬だけ薄くなった。


「効いてる……?」


実咲が驚く。


熊五郎は首を振る。


「違う」


「え?」


「料理が霧を消してるんじゃない」


熊五郎は兵士を見る。


「食べたいと思う心を――」


「……」


「霧が抑えきれなくなってる」


一人の兵士が。


震えながら顔を上げた。


「俺……」


黒い霧を振り払う。


「飯が……食いたい」


「食え」


熊五郎が言った。


「こっちへ来い」


兵士が一歩進む。


しかし。


黒い霧が足を掴んだ。


「ぐあっ!」


実咲がすぐに光を伸ばす。


「待って!」


光の線が兵士の足元を包む。


黒い霧が止まる。


実咲が驚く。


「……止められる」


「なら、そのまま押さえろ」


熊五郎が言う。


「分かった!」


実咲が両手を広げる。


光が街路へ伸びていく。


一本。


二本。


十本。


黒い霧の動きを区切る。


「ここから先には――」


実咲が叫ぶ。


「入らせない!」


ガルドが笑った。


「なるほど」


槍を構える。


「俺たちは入口を守ればいい」


レオンも頷く。


「俺は右側!」


「俺は左だ」


ガルドが言う。


「熊五郎は?」


熊五郎は鍋をかき混ぜる。


「俺は――」


一瞬だけ。


料理を見た。


そして。


「飯を作る」


「役割分担が極端だな!」


レオンが笑う。


その瞬間。


黒い霧の向こうから。


巨大な影が現れた。


兵士より。


遥かに大きい。


二階建ての建物ほどある。


――ズン。


地面が揺れる。


「……何だ、あれ」


ガルドが呟く。


巨大な影が。


黒い霧を押しのける。


四本の腕。


黒い鎧。


頭には――。


二本の角。


胸には。


巨大な黒い塊。


熊五郎が鍋を置いた。


「……またか」


実咲が青ざめる。


「知ってるの?」


「似た奴を地下で見た」


熊五郎は左手を構える。


だが。


巨大な影は攻撃してこない。


ただ。


食堂を見ている。


そして。


胸の黒い塊が脈打つ。


――ドクン。


――ドクン。


地下から。


同じ鼓動が返ってくる。


――ドクン。


――ドクン。


熊五郎が目を細めた。


「……繋がってる」


ガルドが聞く。


「何と?」


「地下の王城中枢と――」


熊五郎が巨大な影を見る。


「この霧は繋がってる」


実咲が息を呑む。


「じゃあ……」


熊五郎は答えた。


「こいつを倒しても――」


その瞬間。


巨大な影が。


ゆっくり片腕を上げた。


だが。


拳を振り下ろした先は――。


食堂ではなかった。


街の中央。


――ドォォォォン!


巨大な衝撃。


建物が揺れる。


人々の悲鳴が聞こえる。


「……町を狙った?」


レオンが叫ぶ。


熊五郎が外を見る。


巨大な影は。


食堂を見ている。


そして。


低い声が響いた。


「――選べ」


「……?」


「食堂を守るか」


巨大な腕が。


今度は街へ向く。


「町を守るか」


熊五郎の顔から。


笑みが消えた。


「……なるほど」


黒衣の男の声が。


黒い霧の向こうから響く。


「これが最後だ」


「一つしか選べない」


実咲が熊五郎を見る。


「熊五郎……」


熊五郎は。


ゆっくりと鍋を見た。


そして。


食堂の外を見る。


街。


人々。


食堂。


料理。


実咲。


ガルド。


レオン。


全部を見る。


そして――。


熊五郎は。


小さく笑った。


「一つしか選べない?」


左手に。


風が集まり始める。


「なら――」


風が。


街全体へ広がっていく。


「二つとも守ればいい」


――ゴオオオオオオオッ!


黒い霧が。


一気に吹き飛ばされた。

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