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第82話 食堂店主への最後の試練

第82話 食堂店主への最後の試練


――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


地面が揺れている。


いや。


揺れているのは――。


地下そのものだった。


「な、何……?」


実咲が壁に手をつく。


厨房の棚が震える。


鍋がカタカタと音を立てる。


熊五郎は動かなかった。


ただ、地下深くを見つめている。


「……下だ」


ガルドが槍を構える。


「何かいる」


レオンも周囲を見回した。


「さっきの奴とは違うのか?」


「分からん」


熊五郎が答えた。


「だが――」


地下から。


ドン……。


低い音が響く。


「近づいてきている」


黒衣の男が笑った。


「ようやく始まる」


「何が?」


実咲が睨む。


男は答えない。


その代わり――。


地下の床にあった魔法陣が一つずつ消えていく。


王冠。


剣。


鍋。


三つの紋章も。


一つずつ消える。


「熊五郎……」


実咲が不安そうに見る。


「大丈夫だ」


熊五郎は鍋を見た。


「飯はある」


「基準そこなの!?」


実咲が叫ぶ。


だが。


その瞬間。


床が割れた。


――バキバキバキッ!


「危ない!」


ガルドが実咲を引っ張る。


床の下から。


巨大な石の階段がせり上がってきた。


「階段……?」


レオンが呟く。


階段は。


さらに下へ続いている。


「こんな場所……」


ガルドが眉をひそめた。


「俺も知らない」


熊五郎が階段を見る。


「俺もだ」


実咲が振り返る。


「熊五郎も知らないの?」


「ああ」


「王様だったのに?」


熊五郎は少し黙った。


「……王様だったから全部知ってるとは限らん」


その言葉に。


ガルドが小さく笑った。


「確かにな」


黒衣の男が階段へ向かう。


「来い」


熊五郎が止める。


「どこへ行く」


男は振り返った。


「最後の試練だ」


「試練?」


「お前が本当に――」


黒い霧が男の身体を包む。


「食堂店主として、この場所を管理できるのか」


熊五郎は鼻を鳴らした。


「管理?」


「そうだ」


男が笑う。


「料理を作るだけではない」


階段の下から。


――ゴゴゴゴ……。


巨大な音。


「食料を守り」


「客を守り」


「働く者を守り」


「そして――」


男の目が赤く光る。


「敵から店を守る」


熊五郎は黙っていた。


実咲が一歩前へ出る。


「それなら――」


熊五郎が止める。


「実咲」


「何?」


「ここから先は危ない」


「だから何?」


「店を守ってくれ」


実咲は熊五郎を見る。


「……分かった」


だが。


「ただし」


熊五郎が振り返る。


実咲は光を手に集めた。


「私も自分で決めるから」


「……」


「守る場所も」


「……」


「誰を守るかも」


熊五郎は少しだけ笑った。


「分かった」


ガルドが槍を肩に担ぐ。


「俺は残る」


レオンも頷く。


「俺もだ」


「お前は足が――」


「動く」


レオンは自分の右脚を見た。


黒い線が走っている。


それでも。


「まだ俺の意思で動かせる」


そして。


「なら、戦える」


熊五郎は何も言わなかった。


ただ。


「無理はするな」


とだけ言った。


「それ、熊五郎に言われると説得力ないな」


レオンが笑う。


「うるさい」


熊五郎は階段を降り始めた。


「待って!」


実咲が叫ぶ。


熊五郎が振り返る。


「何だ?」


「帰ってきてね」


熊五郎は一瞬だけ黙った。


そして。


「飯を作るからな」


そう言って。


階段を降りていった。


◇


階段の先。


そこには――。


巨大な空間が広がっていた。


天井は見えない。


壁には無数の扉。


その中央に。


巨大な石造りの厨房があった。


「厨房……?」


熊五郎が目を細める。


そこには。


巨大な鍋。


石の炉。


食材を保存する棚。


水を引く管。


そして。


一番奥に――。


一つの食卓。


長い。


長い食卓だった。


熊五郎が近づく。


「……ここ」


手を置く。


何かを思い出しそうになる。


炎。


兵士。


料理。


笑い声。


「……」


頭の奥が痛む。


熊五郎は目を閉じた。


「熊五郎?」


実咲の声。


だが。


熊五郎は答えなかった。


遠い記憶。


誰かが笑っている。


「陛下、また料理ですか?」


「腹が減ってるからな」


「料理人は俺たちです!」


「俺が作りたい」


「またですか!」


そんな声が――。


一瞬だけ聞こえた。


熊五郎が目を開く。


「……昔」


小さく呟く。


「ここで飯を作ってた」


ガルドが驚く。


「思い出したのか?」


「少しだけだ」


熊五郎は食卓を見る。


「ここは――」


その瞬間。


――ドン。


食卓の中央に。


黒い皿が現れた。


実咲が身構える。


「何それ?」


皿の上には。


一枚の紙。


熊五郎が拾う。


そこには。


こう書かれていた。


『店主よ』


『問いに答えよ』


『一人しか救えないとき――』


『誰を選ぶ?』


実咲が息を呑む。


ガルドが顔をしかめる。


レオンが拳を握る。


黒衣の男が笑った。


「これが最後の試練だ」


熊五郎は紙を見る。


「……くだらない」


男の笑みが消える。


「何?」


熊五郎は紙を破った。


ビリッ。


「そんな選び方はしない」


「……」


「一人しか救えない?」


熊五郎は紙を床へ落とす。


「なら――」


左手に。


風が集まる。


「全員助ける方法を探す」


黒衣の男が叫ぶ。


「不可能だ!」


「知るか」


熊五郎は鍋を掴む。


「飯を作る」


「試練を無視するのか!」


「違う」


熊五郎が鍋を置く。


「俺の答えだ」


その瞬間。


巨大な厨房に。


火が灯った。


――ボッ!


一つ。


二つ。


三つ。


無数の炉に火が入る。


地下全体が明るくなる。


そして。


壁の文字が浮かび上がった。


『回答――確認』


『店主の判断――承認』


黒衣の男が後退する。


「馬鹿な……」


熊五郎は鍋を見た。


「さて」


「……?」


「何人いる?」


実咲が目を丸くする。


「え?」


熊五郎は地下にいる兵士たちを見る。


「腹を空かせてる奴は何人だ」


ガルドが周囲を見る。


「……かなりいる」


「なら作る」


熊五郎は袖をまくった。


「全員分だ」


黒い兵士たちがざわめく。


「飯……」


「食えるのか……」


熊五郎は頷いた。


「食え」


一人。


また一人。


兵士たちが厨房へ集まり始める。


だが。


その瞬間。


黒衣の男が手を伸ばした。


「――まだ終わっていない!」


黒い霧が厨房へ侵入する。


実咲がすぐに光の壁を作る。


「ここは通さない!」


黒い霧が壁にぶつかる。


――バンッ!


実咲が押される。


「くっ……!」


「実咲!」


熊五郎が振り返る。


「大丈夫!」


実咲は歯を食いしばる。


「料理を続けて!」


熊五郎が目を細める。


「……分かった」


再び鍋へ向き直る。


包丁を握る。


野菜を切る。


肉を切る。


魚を切る。


火を強くする。


地下に――。


料理の音が響き始める。


トントントン。


ジュウウウ。


グツグツグツ。


黒い霧の中。


兵士たちが立ち尽くす。


「……懐かしい」


「この匂い……」


「昔と同じだ……」


ガルドはその光景を見ていた。


そして。


小さく呟く。


「……王城の厨房だ」


熊五郎は答えない。


ただ。


料理を作っている。


その姿を見て。


黒衣の男が震えた。


「なぜ……」


「……」


「なぜ王に戻らない!」


熊五郎は料理を盛り付ける。


そして。


兵士へ差し出した。


「俺はもう王じゃない」


兵士が皿を受け取る。


「じゃあ……あなたは何なんですか」


熊五郎は答えた。


「食堂の店主だ」


その瞬間。


地下全体に声が響いた。


『最終試練――終了』


黒衣の男が目を見開く。


『食堂店主――資格確認』


『管理権――確定』


『王位――不要』


『王城――食堂へ接続』


「……接続?」


実咲が呟く。


すると。


地下の壁がゆっくり開いた。


その先に見えたのは――。


見慣れた景色だった。


昼間の街。


そして。


その中央にある。


「まずは飯だ」


熊五郎の食堂。


しかし。


店の外には。


誰もいない。


そして。


店の上空には――。


黒い霧が。


空を覆い始めていた。


熊五郎が鍋を置く。


「……まだ終わってないな」


黒衣の男が。


小さく笑った。


「そうだ」


そして。


空を見上げる。


「王城の試練は終わった」


黒い霧が空を覆う。


「だが――」


その霧の奥で。


巨大な何かが。


ゆっくりと。


目を開いた。


「――外の世界が、お前の食堂を待っている」

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