第81話 飯を求める兵士たち
第81話 飯を求める兵士たち
「……剣を下ろした?」
実咲が呟いた。
地下に並ぶ黒い兵士たち。
その手に握られていた剣が――。
一つ。
また一つ。
床へ落ちていく。
――カラン。
――カラン。
――カラン。
「飯……」
誰かが呟いた。
「腹が……減った……」
別の兵士も。
「俺は……誰だ……」
黒い霧の中で、兵士たちが自分の身体を見る。
腕。
胸。
足。
そこには黒い線が走っている。
「……俺は……」
一人の兵士が震える声で言った。
「王城の兵士……だった」
ガルドが目を見開いた。
「お前……」
兵士はガルドを見る。
「……ガルド隊長?」
「!」
ガルドの表情が変わった。
「俺を覚えているのか」
「はい……」
兵士は苦しそうに胸を押さえる。
「昔……王城の厨房で……」
その視線が鍋へ向く。
「陛下が……」
熊五郎の動きが止まった。
「……飯を作っていた」
地下が静まり返る。
実咲が熊五郎を見る。
だが。
熊五郎は何も言わなかった。
ただ。
鍋をかき混ぜ続ける。
「食べるか?」
兵士が顔を上げる。
「……いいのですか」
「腹が減ってるんだろ」
「……はい」
「なら食え」
熊五郎はそれだけ言った。
兵士たちがゆっくり近づく。
しかし。
その途中で――。
黒衣の男が腕を振った。
――ズンッ!
黒い霧が床を走る。
兵士たちの足元から黒い腕が伸びた。
「戻れ」
男の声が地下に響く。
「お前たちは王城の兵士だ」
黒い腕が兵士たちの身体へ絡みつく。
「命令に従え」
「……」
兵士の一人が震える。
「命令……」
その目が黒く染まる。
熊五郎が鍋を置いた。
「違う」
男が振り向く。
「何?」
熊五郎は兵士を見る。
「お前たちは兵士だ」
そして。
「でも――」
一歩前へ出る。
「自分で決めろ」
兵士たちがざわめく。
「命令じゃない」
熊五郎は続けた。
「食いたければ食え」
「……」
「戦いたければ戦え」
「……」
「逃げたければ逃げろ」
熊五郎の右腕。
黒い線が肩へ伸びる。
それでも熊五郎は構わない。
「生きたいなら――生きろ」
その言葉を聞いた瞬間。
ガルドの顔が強張った。
「……また、その言葉か」
熊五郎が振り返る。
「何?」
「いや……」
ガルドは小さく笑った。
「昔と同じだ」
黒い霧に覆われた兵士たちが顔を上げる。
一人。
また一人。
黒い腕を振り払った。
「俺は……」
兵士が言う。
「命令されたから戦うんじゃない」
別の兵士が続く。
「俺は……仲間を守りたい」
さらに一人。
「厨房を守る」
その言葉に。
実咲が驚く。
「厨房を?」
兵士は頷いた。
「ここには……飯がある」
「……」
実咲の口元が少し緩んだ。
「それなら――」
彼女は両手を広げた。
「私たちと同じだね」
光が広がる。
――パァァァ……。
食堂を覆っていた光の壁がさらに厚くなる。
黒い霧が触れる。
しかし。
今度は――。
押し返された。
「な……」
黒衣の男が後退する。
「なぜだ……」
実咲が答える。
「この店を守りたいって思ってる人が増えたからじゃない?」
ガルドが槍を構える。
「俺も守る」
レオンも立つ。
「俺もだ」
右脚の黒い線が疼く。
それでも。
レオンは立っている。
「身体を奪われても……」
右脚が一瞬、勝手に動いた。
レオンはそれを左手で押さえる。
「俺が俺であることまで――奪わせない」
兵士たちも武器を構える。
黒衣の男が怒りに顔を歪める。
「愚かな……」
黒い霧が膨張する。
「王がいなければ、この国は守れない!」
熊五郎が静かに答えた。
「違う」
「……!」
「王がいなくても――」
熊五郎は兵士たちを見る。
実咲を見る。
ガルドを見る。
レオンを見る。
そして。
厨房を見る。
「守る奴がいればいい」
黒衣の男が叫ぶ。
「ならば全員まとめて――!」
――ズゴォォォォン!
黒い霧が爆発した。
兵士たちが吹き飛ぶ。
ガルドが踏ん張る。
「ぐっ……!」
レオンも壁に手をつく。
「くそっ……!」
実咲の光の壁が激しく揺れる。
「このままじゃ……!」
熊五郎は鍋を見る。
まだ料理が残っている。
「……飯が冷めるな」
「今それ!?」
実咲が叫ぶ。
熊五郎は鍋を持ち上げた。
「大事だ」
そして。
料理を一皿ずつ盛る。
「食え」
兵士たちへ。
「食って――」
熊五郎が笑った。
「もう一度、立て」
兵士たちが皿を受け取る。
震える手で。
一口。
「……」
二口。
「……うまい」
一人が涙を流した。
「……覚えてる」
「何を?」
ガルドが聞く。
兵士は涙を拭った。
「昔……」
料理を見つめる。
「陛下が……同じことを言った」
熊五郎の手が止まる。
「――食えば元気になるって」
実咲が熊五郎を見る。
熊五郎は目を逸らした。
「……昔の話だ」
しかし。
その時。
地下全体が震えた。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
壁に巨大な文字が浮かび上がる。
『料理人――承認』
『守護者――増加』
『自律判断――確認』
『王位継承――拒否』
黒衣の男が叫ぶ。
「黙れ!」
黒い霧を壁へ叩きつける。
だが。
文字は消えない。
むしろ。
さらに新しい文字が浮かぶ。
『食堂――防衛機能・再構築』
『管理者――熊五郎』
『防衛対象――料理・厨房・客・従業員』
熊五郎が目を細める。
「従業員?」
実咲が首を傾げる。
「私たちのこと?」
ガルドが苦笑する。
「俺まで従業員か」
レオンが笑った。
「俺、まだ皿洗いもしてないんだけど」
熊五郎が即答する。
「働け」
「今!?」
一瞬。
地下に笑いが起きた。
だが。
黒衣の男だけは笑っていなかった。
「……ならば」
その身体から。
黒い霧が一気に溢れ出す。
「食堂の管理者を――」
黒い霧が一本に集まる。
「先に壊す」
黒い刃が――。
熊五郎へ向かって伸びた。
「熊五郎!」
実咲が叫ぶ。
だが。
熊五郎は動かなかった。
左手も上げない。
ただ。
鍋を持っている。
「……?」
実咲が戸惑う。
次の瞬間。
熊五郎の足元に――。
新しい魔法陣が浮かんだ。
王冠。
剣。
鍋。
三つの紋章。
しかし。
今までとは違う。
中央にあった王冠が――。
ゆっくりと消えていく。
残ったのは。
一本の剣と。
一つの鍋。
そして。
その中央に浮かび上がった文字。
『王ではなく――』
熊五郎が目を見開く。
続く文字が浮かぶ。
『――店主を選択』
黒衣の男の顔から。
初めて。
完全に余裕が消えた。
「そんなもの……認めるものか!」
黒い霧が爆発する。
熊五郎の前へ。
実咲が飛び出した。
「――させない!」
光の壁が展開される。
そして。
ガルド。
レオン。
兵士たちも。
一斉に前へ出た。
誰かに命令されたわけではない。
誰かに選ばれたわけでもない。
ただ。
自分たちで。
守るものを決めた。
その光景を見ながら。
熊五郎は小さく笑った。
「……そういうことか」
そして。
鍋を厨房へ置く。
「なら――」
熊五郎の左手に。
静かに風が集まり始めた。
「店主として――」
黒衣の男を見据える。
「店を守る」
その瞬間。
地下深くから――。
今までとは違う。
低い声が響いた。
『最終管理者の選択を確認』
そして。
『――食堂店主・熊五郎』
『最後の試練を開始する』
――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
食堂の地下。
さらにその下から。
巨大な何かが。
目を覚ました。




