第79話 食堂店主という資格
第79話 食堂店主という資格
『――食堂店主――確認』
地下に響いた声。
その言葉が消えたあとも。
誰も動かなかった。
実咲が最初に口を開いた。
「……ねえ」
熊五郎を見る。
「食堂店主って、王様より下なの?」
「知らん」
「知らんって……」
「俺も初めて聞いた」
ガルドが苦笑する。
「昔の王城に、食堂店主という資格があったのか?」
熊五郎は首を振った。
「ない」
「では、なぜ今――」
「分からない」
熊五郎は地下の奥を見る。
「だが、この城は俺を王として認識したあと、俺が王になることを拒否した」
「それで?」
「次の条件を探している」
実咲が眉をひそめる。
「次の条件?」
熊五郎が頷いた。
「俺が何者なのかを」
その瞬間。
――カチッ。
地下の壁が動いた。
一本の光が走る。
王冠の紋章。
剣の紋章。
鍋の紋章。
そして。
その三つが――。
一本の線で繋がった。
『判定開始』
黒い霧を纏った男が笑う。
「ようやく始まる」
熊五郎が睨む。
「お前は知っているのか」
「もちろん」
「なら教えろ」
「嫌だ」
「……面倒な奴だな」
「お前に言われたくない」
実咲が小さく呟く。
「なんか熊五郎と似てる……」
「似てない」
「即答した」
その瞬間。
巨大な守護者が立ち上がった。
「まだ動けるの!?」
実咲が驚く。
守護者の胸には、黒い剣で刺された跡。
そこから黒い霧が漏れている。
それでも。
四本の腕を広げる。
『食堂――保護』
『料理人――保護』
守護者は熊五郎たちの前に立った。
「……」
熊五郎が少し目を細める。
「まだ守るのか」
守護者は答えない。
ただ。
厨房を背にして立つ。
黒い霧を纏った男が剣を構えた。
「ならば――」
一歩踏み込む。
「壊す」
――シュッ!
黒い剣が守護者へ向かう。
――ガキィン!
四本の腕のうち二本が剣を受け止める。
残る二本が――。
男へ向かって振り下ろされた。
――ドンッ!
男が後ろへ跳ぶ。
「……!」
ガルドが驚く。
「守護者が攻撃した?」
熊五郎が首を振る。
「違う」
「違う?」
「厨房から離れたくないだけだ」
守護者は攻撃を続けない。
ただ。
厨房を塞ぐ。
男が再び踏み込む。
守護者が受け止める。
その隙に――。
「ガルド」
熊五郎が言う。
「はい」
「兵士を頼む」
「分かった」
ガルドが走る。
黒い兵士たちの前へ。
「お前たち!」
兵士たちが振り返る。
「陛下を守れ!」
「……」
兵士たちは動かない。
ガルドが叫ぶ。
「聞こえないのか!」
一体の兵士が答えた。
「……命令がありません」
ガルドが固まる。
「何?」
「王からの命令が必要です」
「熊五郎は――」
ガルドが振り返る。
熊五郎は鍋を見ていた。
「……そういうことか」
熊五郎が口を開く。
「命令はしない」
ガルドが振り返る。
「陛下?」
「俺はもう王じゃない」
「しかし――」
「自分で決めろ」
兵士たちがざわめく。
「俺を守るのか」
熊五郎は言った。
「この店を守るのか」
「……」
「それとも、別の誰かを守るのか」
兵士たちは互いを見る。
その中の一人が――。
剣を下ろした。
「……俺は」
そして。
「厨房を守る」
別の兵士も剣を下ろす。
「俺も」
さらに。
「俺もだ」
ガルドが目を見開く。
「……命令ではなく、自分で選んだのか」
熊五郎は小さく笑った。
「それでいい」
その瞬間。
地下の壁に光が走る。
『守護者――自律判断』
『命令系統――解除』
『料理人――承認』
黒い霧を纏った男の表情が変わる。
「……そんな馬鹿な」
熊五郎が見る。
「何が?」
「王が命令しないなど――」
男が剣を握り直す。
「王城は王の命令で動く!」
「違う」
熊五郎が答える。
「俺がいた頃から――」
熊五郎は兵士たちを見る。
「自分で決めていい」
「……」
「だから俺は、王をやめた」
男が叫ぶ。
「そんなものは王ではない!」
黒い霧が爆発する。
――ドォン!
男の姿が消えた。
「速い!」
レオンが叫ぶ。
黒い剣がガルドへ迫る。
「ガルド!」
ガルドが槍を構える。
――ガキィン!
だが。
剣が槍をすり抜けた。
黒い霧になったのだ。
「なっ――!」
男が背後へ回る。
その瞬間。
実咲の光が走った。
――バンッ!
男の足元に光の線が絡みつく。
「動かないで!」
男が止まった。
「……!」
実咲が叫ぶ。
「熊五郎!」
「分かった」
熊五郎が左手を向ける。
風が――。
男ではなく。
床へ向かって吹いた。
――ゴオオオオッ!
男の身体が浮く。
「何!?」
そのまま――。
男は守護者の前へ吹き飛ばされた。
「今!」
巨大な守護者の腕が動く。
――ドンッ!
男の身体が壁へ叩きつけられた。
黒い霧が散る。
「……ぐっ」
レオンが目を丸くする。
「今の、狙ったのか?」
熊五郎は答える。
「実咲が止めたからな」
実咲が驚く。
「私の光を利用した?」
「そうだ」
「……なんか私、ちゃんと戦えてる?」
「最初からだ」
実咲は少しだけ笑った。
しかし。
その直後。
熊五郎の右腕が――。
大きく震えた。
「……っ」
黒い線が胸から首へ伸びる。
実咲の顔が曇る。
「熊五郎!」
「まだだ」
「無理しないで!」
「分かってる」
「またそれ!」
熊五郎は右腕を押さえた。
だが。
黒い霧を纏った男が立ち上がる。
「……まだだ」
黒い剣を杖のように使う。
「王城は……王を必要としている」
「必要ない」
熊五郎が言う。
「この城はもう――」
その瞬間。
地下に響く声が――。
変わった。
『判定――終了』
全員が動きを止める。
『王位継承――拒否』
『王城管理権――拒否』
『料理人――承認』
実咲が目を丸くする。
「え?」
さらに。
『守護者――承認』
『食堂店主――承認』
熊五郎が黙る。
「……何だ、それ」
最後の文字が浮かび上がる。
『新たな管理者――』
『食堂店主・熊五郎』
地下が静まり返る。
黒い霧を纏った男の顔から、初めて余裕が消えた。
「……違う」
熊五郎が振り返る。
「何が?」
「そんな結末は――」
男の黒い剣に亀裂が入る。
――ピシッ。
「認められない」
――バキン!
剣が砕けた。
同時に。
地下全体を覆っていた黒い霧が――。
一斉に男へ集まり始めた。
「……!」
ガルドが叫ぶ。
「何をするつもりだ!」
男は答えなかった。
ただ。
黒い霧に身体を包まれながら――。
熊五郎を見る。
「ならば……」
その瞳だけが赤く光る。
「王城ではなく――」
黒い霧が膨れ上がる。
「食堂を奪う」
実咲が鍋を抱える。
「……またそれ?」
熊五郎の顔から笑みが消えた。
「やっぱり――」
左手に風が集まる。
「飯の邪魔をする奴は――」
地下全体が震え始める。
「敵だ」




