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第78話 王を知る男

第78話 王を知る男


――シュン。


黒い剣が抜かれた。


刀身から黒い霧が流れ落ちる。


床に触れた瞬間。


――ジジジッ。


石の床が黒く染まった。


実咲が息を呑む。


「……あれ、触れたらダメなやつだ」


「正解だ」


熊五郎が答える。


「近づくな」


「熊五郎は?」


「俺はいい」


「よくないでしょ!」


実咲が叫ぶ。


「右腕、もう――」


「分かってる」


熊五郎は右腕を見る。


黒い線は肩を越え、胸へ伸びている。


「だから左手だけでやる」


左手に風が集まる。


人物が笑った。


「相変わらずだな」


「何がだ」


「自分だけで背負う」


「……」


「昔から変わっていない」


熊五郎の目が細くなる。


「お前は、俺の何を知っている?」


人物は答えず、剣を構えた。


「試せば分かる」


「面倒だな」


熊五郎が呟いた。


「実咲」


「なに?」


「厨房を頼む」


「分かった」


「ガルド」


「俺は兵士を抑える」


「レオン」


「俺は?」


熊五郎は一瞬考えた。


「実咲の近くにいろ」


「分かった」


レオンは頷いた。


だが。


その右脚が――。


勝手に一歩動いた。


「……っ」


レオンはすぐに左手で押さえた。


「大丈夫」


熊五郎が見る。


「無理するな」


「分かってる」


レオンは苦笑した。


「でも、俺も守りたい」


熊五郎は何も言わなかった。


そして。


「なら、頼む」


「任せろ」


その瞬間。


人物が消えた。


「――っ!」


ガルドが振り向く。


「速い!」


次の瞬間。


人物は熊五郎の目の前にいた。


――キィン!


黒い剣が振り下ろされる。


熊五郎は左手を上げた。


風が渦を巻く。


――ゴオオッ!


剣が風に弾かれた。


しかし。


人物はその勢いを利用して身体を回転させる。


横薙ぎ。


熊五郎が後ろへ跳ぶ。


――ザンッ!


床が斬れた。


「……!」


熊五郎の目が細くなる。


「ただの剣じゃないな」


「気づいたか」


「魔力を吸っている」


人物は笑った。


「昔のお前なら、もっと早く気づいただろう」


熊五郎は答えない。


人物が再び踏み込む。


――シュッ!


熊五郎は風を足元に集中させた。


身体が横へ滑る。


剣が空を切る。


そのまま熊五郎は左手を地面へ向けた。


――ドンッ!


風圧。


人物が後ろへ吹き飛ぶ。


だが。


壁にぶつかる直前で止まった。


「……なるほど」


人物が立ち上がる。


「まだ、その力は残っている」


「だから何だ」


「昔と同じだ」


「俺は昔の俺じゃない」


「そう言うと思った」


人物が剣を下げる。


「だが――」


黒い霧が濃くなる。


「王城は覚えている」


――ゴゴゴゴゴ。


地下の壁に刻まれていた紋章が一斉に光った。


王冠。


剣。


鍋。


三つの紋章。


熊五郎の右腕が痛む。


「……っ」


実咲が叫ぶ。


「熊五郎!」


「来るな!」


「でも!」


「厨房を守れ!」


実咲は唇を噛んだ。


「……分かった!」


実咲は振り返る。


黒い霧が厨房へ流れ込もうとしている。


「今度はこっち!」


光の壁を二枚。


さらに一枚。


黒い霧の進路を狭める。


「こっちに来させない!」


レオンも動いた。


「右から来る!」


「分かってる!」


レオンが椅子を盾代わりにする。


――ガンッ!


黒い霧をまとった腕が椅子へ当たった。


「うわっ!」


椅子が半分壊れる。


「熊五郎に怒られる!」


「そこ!?」


実咲が叫ぶ。


「壊すなって言われた!」


「戦闘中だよ!」


「分かってる!」


二人が言い合っている間にも。


黒い霧は光の壁を探っていた。


実咲が気づく。


「……また覚えてる」


「何が?」


「私の結界の弱いところを探してる」


レオンが見る。


「じゃあ――」


「弱いところを作らなければいい」


実咲は光の壁を増やした。


だが。


ただ増やすだけではない。


床。


壁。


天井。


厨房の入口。


すべてを一本の光で繋ぐ。


「これなら――」


黒い霧がぶつかる。


――バンッ!


止まった。


実咲が笑う。


「どう?」


熊五郎がちらりと見る。


「いい」


「でしょ?」


「でも――」


熊五郎の視線が、光の線へ移る。


「少し使いすぎだ」


「え?」


光が一瞬、揺らいだ。


実咲の顔から笑みが消える。


「……分かってる」


「休め」


「嫌」


即答だった。


熊五郎が見る。


「私も守る」


「……」


「熊五郎だけが頑張るの、禁止」


熊五郎は少し黙った。


そして。


「……分かった」


「素直じゃん」


「飯を焦がされたくないからな」


「そこなの!?」


実咲の声が響く。


その瞬間。


――ズン。


巨大な音。


全員が振り返る。


王城中枢の巨大な守護者が――。


倒れた。


「え……?」


ガルドが目を見開く。


守護者の胸。


巨大な鍋の紋章に――。


一本の黒い剣が刺さっていた。


人物が立っている。


いつの間にか。


守護者の前に移動していた。


「なっ……!」


ガルドが槍を構える。


「何をした!」


人物は剣を抜いた。


守護者の胸から黒い霧が噴き出す。


「この城は古すぎる」


人物が言った。


「守る力だけでは、もう何も守れない」


熊五郎が睨む。


「……お前」


「何だ?」


「こいつを壊すつもりか」


「違う」


人物は首を振った。


「戻すだけだ」


「何に?」


人物は熊五郎を見る。


「本来の王城に」


地下全体が揺れた。


壁が動く。


床が動く。


無数の扉が一斉に閉じていく。


「何これ!?」


実咲が叫ぶ。


ガルドが周囲を見る。


「地下施設そのものが変わっている!」


熊五郎が気づく。


「違う」


「何がだ?」


「これは――」


壁の向こうから。


巨大な音が響いた。


――ガコン。


――ガコン。


――ガコン。


地下施設が。


まるで巨大な機械のように動き始める。


「王城が……」


熊五郎が呟く。


「起きている」


人物が笑った。


「そうだ」


黒い霧が人物の背後に集まる。


「これが本当の王城だ」


熊五郎の表情が変わった。


「……やめろ」


「なぜ?」


「ここは――」


熊五郎は周囲を見る。


厨房。


鍋。


実咲。


ガルド。


レオン。


そして。


黒い兵士たち。


「俺が捨てた場所だ」


人物が笑う。


「違う」


黒い剣を熊五郎へ向ける。


「お前が捨てたのは王位だけだ」


「……」


「国は、お前を捨てていない」


熊五郎の右腕が大きく震えた。


黒い線が――。


胸の中央まで伸びる。


「……っ!」


実咲が駆け寄ろうとする。


「熊五郎!」


だが。


熊五郎は左手を上げて止めた。


「来るな」


「でも!」


「大丈夫だ」


実咲は怒鳴る。


「その言葉、もう信用しない!」


熊五郎が一瞬、目を丸くした。


そして。


ほんの少しだけ笑った。


「……そうか」


人物が剣を構える。


「では、最後に聞こう」


地下全体が暗くなる。


「お前は――」


黒い剣から黒い霧が噴き出す。


「王なのか」


熊五郎は答えなかった。


人物が続ける。


「それとも――」


熊五郎の左手に風が集まる。


実咲の光が厨房を包む。


ガルドが槍を構える。


レオンが壊れかけた椅子を握る。


そして。


熊五郎が静かに口を開いた。


「俺は――」


その言葉を遮るように。


地下深くから――。


別の声が響いた。


『判定を開始する』


『王位継承者――確認』


『料理人――確認』


『守護者――確認』


そして。


最後に。


『――食堂店主――確認』


全員が凍りついた。


熊五郎だけが。


静かに目を細めた。


「……食堂店主まで、王城の判定対象なのか」


暗闇の奥で。


何かが――。


笑った。

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