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第75話 王城に残された兵士たち

第75話 王城に残された兵士たち


――ジャキン。


無数の剣が、一斉に抜かれた。


地下通路を埋め尽くす黒い鎧。


その数は、もはや数えることすらできない。


実咲は思わず一歩下がった。


「……多すぎない?」


「多いな」


熊五郎は平然と答えた。


「どうするの?」


「飯を作る」


「今!?」


実咲の声が地下に響いた。


ガルドが頭を抱える。


「この状況で料理か……」


「腹が減っている兵士は動きが悪い」


「いや、あれは普通の兵士じゃない!」


レオンが叫ぶ。


「見た目からして絶対まともじゃない!」


熊五郎は黒い鎧たちを見つめる。


「……いや」


その声が少し低くなった。


「兵士だ」


「え?」


ガルドも黒い鎧を見つめた。


その瞬間。


一番前にいた黒い兵士が、一歩前へ出た。


カチャ。


鎧が鳴る。


そして。


剣を構えたまま――。


「……腹が……減った」


「え?」


実咲が目を丸くした。


黒い霧の向こうから、かすかな声が聞こえる。


「……飯を……」


別の兵士も。


「……食わせて……くれ……」


「……」


熊五郎は黙った。


ガルドが息を呑む。


「生きているのか……?」


「分からない」


熊五郎は首を振った。


「だが――」


左手を下ろす。


「こいつらは、まだ何かを覚えている」


黒い兵士の一体が剣を振り上げた。


「陛下……」


そして。


「お戻りください」


――ドンッ!


兵士たちが一斉に走り出した。


「来る!」


ガルドが槍を構える。


レオンも椅子を構えた。


「またこれか!」


「レオン!」


「分かってる!」


先頭の兵士が迫る。


ガルドが槍を横に振った。


――ガキン!


剣と槍がぶつかる。


その衝撃でガルドの身体が後ろへ滑った。


「重い……!」


さらに二体。


三体。


左右から迫る。


「ガルドさん!」


実咲が光の壁を出す。


――バンッ!


黒い兵士が光にぶつかり、止まった。


だが。


次の瞬間。


一体が剣を床へ突き立てた。


黒い霧が床を走る。


「えっ!?」


光の壁を避けて――。


実咲の背後へ回り込む。


「実咲!」


レオンが椅子を投げた。


――ガンッ!


黒い兵士の兜に直撃。


兵士がよろめく。


「当たった!」


「椅子でもいける!」


「それ武器じゃないから!」


実咲が叫ぶ。


しかし。


その瞬間。


黒い兵士の剣が――。


レオンの右脚へ向かって振り下ろされた。


「――っ!」


レオンは避けた。


だが。


右脚が勝手に動いた。


「くっ!」


自分の意思とは関係なく、一歩前へ出てしまう。


剣がすぐ横を通り過ぎた。


「レオン!」


「大丈夫!」


レオンは自分の右脚を押さえる。


「まだ……動かせる」


その声が震えていた。


「でも……いつまでだ」


熊五郎がレオンを見る。


「レオン」


「なんだ?」


「戦わなくていい」


「……」


「右脚を使う必要もない」


熊五郎は地下通路の奥を見る。


「別の方法で止める」


「別の方法?」


熊五郎は周囲を見渡した。


地下施設。


無数の扉。


壁に刻まれた魔法陣。


そして――。


天井から伸びる巨大な管。


「……なるほど」


ガルドが聞く。


「何か分かったのか?」


「ここは城じゃない」


熊五郎が言った。


「兵士を動かすための場所だ」


「兵士を?」


「食料を運ぶ場所」


熊五郎は壁の管を見る。


「魔力も」


床の魔法陣を見る。


「命令も」


黒い兵士たちを見る。


「全部、ここから流していた」


実咲が気づく。


「じゃあ……」


「そうだ」


熊五郎は左手を上げた。


「こいつらを倒す必要はない」


風が地下通路を走る。


「止めればいい」


――ゴオオオオッ!


風が兵士たちの足元を薙ぐ。


だが。


熊五郎は兵士を吹き飛ばさなかった。


床。


壁。


天井。


風はそこだけを狙って走る。


――ガキン!


天井の管が揺れた。


「何してるの!?」


実咲が叫ぶ。


「流れを変えている」


熊五郎が答える。


黒い魔力が管の中で逆流する。


兵士たちの動きが――。


止まった。


「……?」


一体。


また一体。


剣を構えたまま、黒い兵士たちが動かなくなる。


「止まった……」


レオンが呟く。


ガルドが目を見開いた。


「兵士を操っていた魔力の供給を切ったのか」


「全部じゃない」


熊五郎は言った。


「一時的にだ」


「一時的……?」


「だから急げ」


「え?」


熊五郎は奥の扉を指差した。


「この地下施設の中心を探す」


実咲が眉をひそめる。


「中心って?」


熊五郎は答えた。


「王城を動かしている魔法の心臓だ」


その瞬間。


――ドン。


止まっていた黒い兵士の一体が動いた。


ゆっくりと。


頭を上げる。


「……陛下」


熊五郎が振り返る。


「まだ動けるのか」


兵士は剣を構えなかった。


代わりに。


自分の胸当てを外した。


その下にあったのは――。


人間の身体。


黒い線が胸から首へ伸びている。


レオンが息を呑む。


「……俺と同じだ」


兵士が苦しそうに膝をつく。


「……申し訳……ありません」


熊五郎が近づく。


「何がだ?」


「……守れませんでした」


「誰を?」


兵士は顔を上げた。


「……あなたを」


熊五郎が黙る。


「城が燃えた日……」


兵士の声が震える。


「我々は……命令を待ちました」


「……」


「ですが……陛下は……命令しなかった」


実咲が聞く。


「どうして?」


兵士は答えた。


「……逃げろ、と」


ガルドの表情が変わった。


「……そうだった」


兵士は続ける。


「陛下は……国を守れとは言わなかった」


熊五郎の右腕がズキッと痛んだ。


「ただ……」


兵士の声が小さくなる。


「生きろ、と」


沈黙。


実咲は熊五郎を見る。


熊五郎は何も言わなかった。


やがて。


「……それでいい」


小さく呟く。


「生きていたなら、それでいい」


兵士の黒い霧が揺れる。


「ですが……」


「?」


「我々は……王を待ち続けました」


兵士が地下の奥を見る。


「ずっと」


その瞬間。


――ゴゴゴゴゴゴ。


地下深くから、巨大な音が響いた。


兵士の表情が変わる。


「……来ます」


ガルドが槍を構えた。


「何がだ?」


兵士は震えながら答える。


「王城の……心臓が」


床が割れた。


その亀裂から――。


黒い光が噴き上がる。


実咲の鍋の紋章が、強く輝いた。


「……また鍋が光ってる」


熊五郎が振り返る。


「実咲」


「うん」


「その光を消すな」


「分かった」


実咲は鍋を両手で抱えた。


「これ、もう私の武器だから」


「鍋を武器にするな」


「じゃあ何なのよ!」


「厨房の鍋だ」


「戦場で言うこと!?」


ガルドが思わず笑う。


しかし。


その笑いはすぐに消えた。


地下の奥。


巨大な扉がゆっくり開いていく。


その向こうから――。


赤い光が二つ。


こちらを見ていた。


そして。


低い声が響く。


『王を確認』


熊五郎の右腕の黒い線が――。


肩から胸へ。


一気に伸びた。


「――っ!」


実咲が叫ぶ。


「熊五郎!」


熊五郎は胸を押さえながらも、扉を睨む。


『王の帰還を確認』


『王城中枢――起動』


『最終防衛命令――開始』


巨大な扉の向こうで。


何かが立ち上がった。


その影は――。


これまでの黒い兵士よりも。


遥かに大きかった。


そして。


胸には。


王冠でも。


剣でもない。


――巨大な鍋の紋章が刻まれていた。

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