第74話 次の王を拒む者
第74話 次の王を拒む者
『――次の王を選定する』
地下から響いた声と同時に。
実咲の足元を包んでいた魔法陣が、さらに強く輝いた。
「きゃあっ!」
身体が浮く。
「実咲!」
熊五郎が左手を伸ばした。
だが――。
その手は届かなかった。
光の壁が二人の間に現れる。
「熊五郎!」
「触るな!」
熊五郎が風を放つ。
――ゴオオッ!
強烈な風が光の壁へぶつかる。
しかし。
弾かれた。
「……!」
熊五郎が目を細める。
「俺の魔法を弾いた……?」
ガルドが驚く。
「この魔法陣は、熊五郎の魔力に反応しているのか?」
「違う」
熊五郎は首を振った。
「俺を拒んでいる」
「拒んでる?」
実咲が聞き返す。
熊五郎は魔法陣を睨む。
「俺が王になることを拒否したから――別の奴を王にしようとしている」
「じゃあ……私を?」
『選定対象――確認』
魔法陣が実咲の身体を包み込む。
『守護能力――確認』
『料理庫――確認』
『王との繋がり――確認』
『次代の王として――』
「嫌!」
実咲が即答した。
地下が静かになった。
「……え?」
レオンが目を丸くする。
ガルドも固まった。
熊五郎だけが――。
少しだけ笑った。
「そうだな」
「だって!」
実咲は魔法陣の中で叫んだ。
「私は王様になりたいんじゃない!」
光が揺れる。
「私が守りたいのは、この国全部じゃない!」
魔法陣が強くなる。
「この店!」
厨房を見る。
鍋を見る。
そして熊五郎を見る。
「熊五郎が作った料理!」
ガルドを見る。
「ガルドさん!」
レオンを見る。
「レオン!」
最後に。
自分の胸へ手を当てる。
「それから――私自身!」
光が――。
一気に広がった。
「王様になんかならなくても、守れるでしょ!」
――ドンッ!
魔法陣が揺れた。
『……』
地下の声が止まる。
「効いた……?」
レオンが呟く。
だが。
次の瞬間。
『不適合』
魔法陣から低い声が響いた。
『王ではない』
実咲は拳を握った。
「そうよ」
『王になる必要がある』
「ない!」
『国を守る必要がある』
「知らない!」
「おい」
熊五郎が思わず突っ込んだ。
実咲は続ける。
「私はこの店を守る!」
「この店?」
「そう!」
実咲の光がさらに強くなる。
「熊五郎が料理を作る場所!」
厨房の鍋が輝く。
「お客さんがご飯を食べる場所!」
テーブルが淡い光を帯びる。
「疲れた人が休む場所!」
椅子が光る。
「泣いてる人が笑える場所!」
店の壁に光が走る。
「だから――」
実咲は魔法陣を睨んだ。
「勝手に王様を決めないで!」
――バァンッ!
魔法陣が砕けた。
光の破片が、雪のように舞い落ちる。
実咲の身体が落ちる。
「実咲!」
熊五郎が走る。
風が実咲の身体を包み――。
ふわり。
床へ降ろした。
「大丈夫か?」
「……うん」
実咲は息を切らしながら立ち上がる。
「私、王様にならなかったよ」
「知ってる」
熊五郎が答える。
「最初からなる気がない顔だった」
「なによそれ!」
「飯を作る奴の顔だ」
「どういう顔よ!」
そのやり取りに、ガルドが苦笑する。
「……変わらないな」
熊五郎が振り返る。
「何が?」
ガルドは少しだけ目を細めた。
「昔もそうだった」
「……」
「王になることより、目の前の人間を守ることを選んだ」
熊五郎は何も言わなかった。
その時。
地下から――。
別の音が響いた。
――ゴゴゴゴゴゴ。
店の床が揺れる。
「まだ終わってない!」
レオンが叫ぶ。
床の魔法陣。
その中心にあった黒い剣が――。
ゆっくり沈んでいく。
「沈んでる?」
実咲が身構える。
「違う」
熊五郎が言った。
「下へ行ってる」
「下って……」
その瞬間。
床の一部が大きく開いた。
その向こうに。
地下へ続く巨大な階段が現れる。
そして。
階段の両側に、無数の扉が並んでいた。
ガルドが息を呑む。
「……こんな場所が」
熊五郎が階段を見下ろす。
「王城の地下施設だ」
「知ってるの?」
「……少しだけな」
「少しだけって……」
実咲が呆れる。
「どう見ても昔住んでた人の反応じゃない」
「俺は住んでない」
「絶対住んでたでしょ!」
「……飯は作ってた」
「そこじゃない!」
熊五郎は階段を見つめた。
その奥から――。
何かが聞こえる。
カン。
カン。
カン。
金属を叩く音。
「……誰かいる」
レオンが椅子を構える。
「また敵か?」
「分からない」
ガルドが槍を握り直す。
「なら慎重に――」
カン。
カン。
カン。
音が近づく。
そして。
暗闇の奥から――。
一人の影が現れた。
黒い鎧。
片手に剣。
胸には――。
王冠と鍋の紋章。
しかし。
その顔には黒い霧がまとわりついている。
「……陛下」
影が呟いた。
熊五郎の右腕が痛む。
黒い線が――。
肩から首へ。
さらに一筋。
「また……俺を王と呼ぶのか」
影は答えない。
ただ。
ゆっくり剣を構えた。
「陛下」
そして。
「今度こそ――」
剣先が熊五郎へ向く。
「あなたを、王城へお連れします」
「断る」
熊五郎は即答した。
影の黒い霧が膨れ上がる。
「拒否は――認められません」
「だったら――」
熊五郎が左手を構える。
実咲も鍋の前へ立った。
ガルドが槍を構える。
レオンは椅子を握り直す。
熊五郎が言った。
「店を守るだけだ」
その瞬間。
地下に並ぶ無数の扉が――。
一斉に開いた。
「……嘘でしょ」
実咲の顔が引きつる。
扉の向こう。
そこに立っていたのは――。
一体ではない。
十体。
二十体。
いや――。
数え切れないほどの黒い鎧。
全員の胸に。
王冠。
剣。
そして――。
鍋。
三つの紋章が刻まれていた。
熊五郎が静かに息を吐く。
「……随分と残ってたんだな」
黒い鎧たちが。
一斉に剣を抜いた。
――ジャキン。
地下全体に。
金属音が響き渡った。




