↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
73/120

第73話 王が捨てた魔法陣

第73話 王が捨てた魔法陣


――光が、弾けた。


「きゃっ!」


実咲の足元に広がっていた魔法陣が、一瞬で眩い光を放つ。


王冠。


剣。


そして――鍋。


三つの紋章が重なった魔法陣が、床いっぱいに広がっていく。


「実咲!」


熊五郎が叫んだ。


「動くな!」


「えっ……でも、これ――!」


「動くな!」


熊五郎の声には、いつもの余裕がなかった。


実咲は思わず足を止める。


その瞬間。


魔法陣の中心から、黒い線が伸びた。


「――っ!」


実咲が身構える。


しかし、黒い線は実咲を襲わなかった。


その代わり――。


厨房へ向かった。


「厨房……?」


実咲が振り返る。


光を放っていた鍋へ、黒い線が伸びていく。


「熊五郎!」


「触らせるな!」


熊五郎が左手を上げる。


――ゴオオオオッ!


風が吹き荒れた。


黒い線が弾かれる。


だが――。


消えない。


風に押し戻されても、黒い線は床を這いながら、再び鍋へ向かってくる。


「しつこい!」


実咲は光の壁を作った。


厨房の入口。


鍋の前。


さらに床にも光の線を走らせる。


黒い線が光に触れた。


――ジジジッ。


黒い煙が上がる。


「止まった……?」


実咲が息を吐く。


だが。


黒い線は、そこで別の動きをした。


「え?」


一本だった線が――。


二本。


三本。


四本。


まるで実咲の作った光の壁を調べるように、左右へ広がっていく。


「こいつ……」


ガルドが目を細める。


「実咲の結界を突破する方法を探している」


「また覚えたの……?」


実咲が呟く。


レオンが苦笑した。


「敵に学習されるって、嫌な感じだな」


「笑ってる場合か!」


ガルドが怒鳴る。


「いや、笑ってない」


「口元が笑ってる!」


「怖すぎて笑ってるんだよ!」


「余計に悪い!」


そのやり取りの間にも、黒い線は動き続けていた。


そして――。


一本の黒い線が、実咲の足元へ向かって伸びる。


「……!」


実咲は飛び退いた。


黒い線は、さっきまで実咲が立っていた場所を通り過ぎる。


そして壁へ。


壁から柱へ。


柱から天井へ。


まるで店そのものを調べるように、黒い線が這っていく。


「店を狙ってる……?」


実咲が呟く。


熊五郎は答えなかった。


ただ、魔法陣を見つめていた。


「熊五郎?」


「……思い出した」


「え?」


熊五郎がゆっくり口を開く。


「この魔法陣は――」


その瞬間。


魔法陣の中から声が響いた。


『王の帰還を確認』


実咲の背筋が凍る。


『王城機能――再起動』


ガルドが目を見開いた。


「王城……」


『料理庫――確認』


『兵站機能――確認』


『守護者――確認』


『王――確認』


最後の言葉が響いた瞬間。


熊五郎の右腕に走っていた黒い線が――。


ズキッ。


「――っ!」


熊五郎が顔を歪めた。


「熊五郎!」


実咲が駆け寄ろうとする。


「来るな!」


熊五郎が左手で制した。


「でも!」


「これは……俺の問題だ」


右腕を押さえる。


黒い線は、すでに肩へ達している。


その先は――首へ向かっていた。


レオンが息を呑む。


「……まだ広がってるのか」


「そうみたいだな」


熊五郎は平然と答えようとした。


だが。


右手の指が、僅かに震えている。


実咲はそれを見逃さなかった。


「平気じゃないでしょ」


「平気だ」


「嘘」


「……」


熊五郎が黙る。


実咲は一歩近づいた。


「右手、動かしにくいんでしょ?」


「少しな」


「少しじゃない」


実咲は熊五郎の右腕を見る。


黒い線。


その周囲の感覚が、少しずつ奪われている。


それでも熊五郎は立っている。


「……だったら」


実咲は自分の光を強くした。


「私が守る」


熊五郎が顔を上げる。


「何を?」


「この店」


実咲は厨房を見る。


鍋を見る。


そして――熊五郎を見る。


「熊五郎が大事にしてるもの、全部」


熊五郎は少しだけ目を細めた。


「……そうか」


その時だった。


――ズン。


地下から、巨大な音が響いた。


店全体が揺れる。


「な、何!?」


実咲がよろめく。


ガルドが壁に手をついた。


「地下だ!」


床の魔法陣がさらに明るくなる。


そして。


魔法陣の中央に――。


一本の剣が現れた。


「剣……?」


レオンが呟く。


だが、それは普通の剣ではなかった。


刀身には黒い亀裂が走っている。


柄には王冠の紋章。


そして鍔には――。


小さな鍋の紋章。


熊五郎がそれを見た。


「……あれは」


ガルドが振り返る。


「知っているのか?」


「昔――」


熊五郎は一度、言葉を止めた。


そして静かに続けた。


「俺が捨てたものだ」


「捨てた……?」


実咲が聞き返す。


熊五郎は剣を見つめる。


その瞳に、ほんの一瞬だけ――昔の記憶が映った。


燃える城。


逃げる人々。


兵士たち。


そして。


厨房。


大きな鍋。


その前に立つ、若い熊五郎。


『陛下、もうお逃げください!』


『まだだ』


『城が落ちます!』


『だからこそ、飯を作る』


『しかし――!』


『腹を空かせたまま死なせるな』


――記憶が途切れる。


熊五郎が目を閉じた。


「……あの時、俺はこの魔法陣を使わなかった」


ガルドが息を呑む。


「なぜだ?」


熊五郎は答えた。


「この魔法陣は――」


魔法陣の中央で、黒い剣がゆっくり浮かび上がる。


『王城最終防衛機構』


声が響いた。


『発動条件――王の帰還』


『王の命令を確認』


『国を守るため――』


黒い亀裂が剣全体へ広がる。


『必要な生命力を――』


熊五郎の顔から、血の気が引いた。


「……やっぱりな」


実咲が叫ぶ。


「何なの!?」


熊五郎は剣を睨んだ。


「この魔法は――」


一瞬、沈黙。


そして。


「人の命を使う」


実咲が息を呑む。


ガルドの拳が震えた。


「……だから、陛下は使わなかったのか」


「使わない」


熊五郎は即答した。


「今も昔もな」


その瞬間。


魔法陣が大きく脈動した。


『王――拒否』


『王――拒否』


『王――拒否』


地下から黒い霧が噴き上がる。


実咲は反射的に光の壁を広げた。


「させない!」


――ドンッ!


光の壁が黒い霧を受け止める。


だが。


今度の黒い霧は、実咲の結界にぶつからなかった。


黒い霧は床へ潜り――。


光の壁の下を回り込んだ。


「えっ!?」


「実咲、下!」


ガルドが叫ぶ。


床から黒い腕が突き出した。


実咲は咄嗟に横へ転がる。


黒い腕が床を砕く。


「危なっ……!」


レオンが実咲の前へ出た。


「今度は俺が止める!」


だが。


黒い腕がレオンへ向きを変える。


「――っ!」


レオンの右脚が勝手に動いた。


一歩。


さらに一歩。


黒い腕へ向かって――。


「違う!」


レオン自身が左手で右脚を押さえる。


「俺は……そっちには行かない!」


ガルドが叫ぶ。


「レオン!」


「分かってる!」


レオンは歯を食いしばった。


「俺はまだ――俺だ!」


その言葉に呼応するように。


実咲の光が強くなった。


厨房。


鍋。


店の壁。


床。


すべてを一本の光が繋いでいく。


熊五郎がそれを見る。


「……実咲」


「なに?」


「その光――消すな」


「うん!」


熊五郎は左手を構えた。


右腕は動かない。


それでも。


左手には、まだ魔力が残っている。


「この店は――」


風が集まり始める。


「俺が守る」


そして。


実咲も光を強める。


「私も守る!」


ガルドが槍を構える。


「俺もだ」


レオンは壊れかけた椅子を拾った。


「……俺はこれで」


実咲が呆れる。


「また椅子?」


「剣は危ないんだよ!」


「それ、武器として大丈夫なの!?」


「知らない!」


熊五郎が一瞬だけ笑った。


「壊すなよ」


「そこ!?」


実咲が叫ぶ。


しかし。


次の瞬間。


地下から――。


今までとは違う声が響いた。


『王が拒否した場合――』


魔法陣の黒い剣が、ゆっくりと回転する。


『代替者を選定する』


実咲の足元に――。


光の魔法陣がもう一つ現れた。


「……え?」


熊五郎の表情が変わる。


「実咲、そこから離れろ!」


「え?」


『守護者――選定開始』


魔法陣が、実咲を包み込む。


そして――。


『次の王を――』


熊五郎が叫んだ。


「実咲から離れろ!!」


――魔法陣が、完全に閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。