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第7話 熊五郎の料理、口コミで広がる

第7話 熊五郎の料理、口コミで広がる


そして――。


いよいよ、開店時間になった。


店の入口には、昨日熊五郎が手書きした看板が立っている。


『まずは飯だ』


熊五郎は厨房に立ち、実咲は店内を見回していた。


準備は完璧だった。


……ただ一つ。


「誰も来なかったら、どうしよう」


実咲がぽつりと言った。


「来る」


熊五郎は即答した。


「本当に?」


「ああ。腹が減った人間は飯を食う」


「そういう問題じゃないんだけど……」


そのとき――。


カラン……。


店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ!」


一人の男が入ってきた。


「ここが、魚屋のところで料理を出していた店か?」


「はい!」


男は席についた。


「おすすめは?」


熊五郎が厨房から答える。


「今日の魚料理だ」


「じゃあ、それを」


「分かった」


熊五郎は魚を焼き始めた。


香ばしい匂いが店内に広がる。


やがて料理が運ばれる。


男は箸を取り、一口食べた。


「……!」


目を見開く。


「うまい……」


もう一口。


さらに一口。


男は夢中になって食べ始めた。


そして――。


「……あれ?」


突然、男が自分の肩を触った。


「どうしたんですか?」


実咲が尋ねる。


「いや……」


男は首を回した。


「朝からずっと肩が重かったんだが……」


もう一度、肩を回す。


「痛くない」


「え?」


男は驚いた顔をする。


「腰も……」


立ち上がって体を動かす。


「軽い」


実咲は熊五郎を見る。


「熊五郎……?」


「何だ?」


「この料理……」


熊五郎は首を傾げた。


「魚料理だ」


「そうじゃなくて!」


男は自分の手を見つめていた。


「昨日までずっと疲れていたんだ。仕事も辛くて、何もする気になれなかった」


しかし今は違う。


顔つきが明らかに変わっていた。


「なんだろう……」


男は胸に手を当てる。


「力が湧いてくる」


「力?」


「ああ。もう一度、頑張ってみようと思える」


男は笑った。


「それだけじゃない」


「まだ何かあるんですか?」


「さっきまで頭の中を占めていた悩みが、今は小さなことに思える」


男は料理を見つめた。


「腹が満たされたから……なのか?」


熊五郎は当然のように答えた。


「飯を食えば元気になる」


「……」


実咲は熊五郎を見た。


「本当にそれだけ?」


「それ以外に何がある?」


「いや……」


実咲は言葉を失った。


その男が店を出てしばらくすると、別の客がやってきた。


そして、その客にも同じことが起きた。


「疲れが消えた……」


「頭がすっきりする」


「なんだ、この料理は?」


「食べているだけなのに、体の中から温かくなる……」


さらに別の客。


「昨日から頭痛がしていたんだが……治ってる」


「俺は魔力が戻ってるぞ!」


「え?」


実咲が振り返る。


この世界では、魔法を使える者も珍しくない。


その客は驚いた顔で自分の手を見つめていた。


「朝から魔力がほとんど残っていなかったのに……今は満タンに近い」


「料理を食べただけで?」


「ああ……」


店内がざわつき始める。


熊五郎は厨房で次の料理を作っている。


「熊五郎……」


「何だ?」


「みんな変だよ」


「何がだ?」


「料理を食べたら、体調が良くなったり、魔力が回復したりしてる」


熊五郎は少し考える。


「腹が減っていたんだろう」


「それだけで魔力まで回復する!?」


「飯は大事だ」


「そういう問題じゃない!」


熊五郎は気にする様子もなく、料理を皿に盛った。


「次の料理だ」


「……もう」


実咲は呆れながら料理を運んだ。


そして昼を過ぎるころ――。


店の外まで長い列ができていた。


「ここが噂の食堂か?」


「そうだ!」


「食べると元気になるらしいぞ!」


「俺は友達から聞いた!」


「病気が楽になった人もいるらしい!」


「魔力まで回復するって本当か?」


口コミは瞬く間に広がっていた。


「うまいだけじゃない」


「食べると幸せになる」


「嫌なことを忘れられる」


「疲れが取れる」


「体が軽くなる」


「魔力まで戻る」


人々は口々に語った。


そして誰もが最後に、同じ言葉を口にする。


「不思議な料理だ」


実咲は店の外にできた長い列を見つめた。


「……熊五郎の料理って、一体何なの?」


熊五郎は厨房から顔を出す。


「料理だ」


「だから、それは分かってる!」


「うまい料理だ」


「そうじゃなくて!」


熊五郎は首を傾げる。


「じゃあ何だ?」


「……もういい」


実咲はため息をついた。


けれど――。


誰もまだ知らなかった。


熊五郎が作る料理には、本人すら知らない特別な力が宿っている。


食べた者の身体を癒やし。


魔力を満たし。


心を穏やかにし。


そして――生きる力そのものを呼び覚ます。


それは、この世界のどんな回復魔法よりも強い力だった。


だが熊五郎本人は、その事実にまったく気づいていない。


「実咲」


「何?」


「次の料理を作るぞ」


「はいはい」


熊五郎は笑った。


「まずは飯だ」


こうして――。


小さな食堂『まずは飯だ』の噂は、町中へと広がっていった。

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