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第66話 左手に残された魔法

第66話 左手に残された魔法


ゴォォォォォォォォッ――!


熊五郎の左手から。


巨大な風が噴き出した。


地下の空気が。


一瞬で変わる。


「――っ!」


ガルドが。


思わず腕で顔を覆う。


「なんだ、この風は……!」


実咲も。


壁に手をつく。


「熊五郎……!」


レオンは。


目を見開いた。


「これ……」


風の中心にいる熊五郎は。


右腕を動かさない。


黒い線が。


肩から胸へ伸びている。


それでも。


左手だけを。


前へ突き出していた。


「……まだ」


熊五郎が。


低く呟く。


「これくらいなら」


風が。


さらに強くなる。


「使える」


ドォォォォォォン!


地下の黒い霧が。


一気に吹き飛んだ。


壁に張り付いていた黒い霧まで。


風に巻き込まれる。


巨大な存在の身体が。


後ろへ押し流される。


「ぐ……!」


四本の腕を。


地面に突き立てる。


それでも。


止まらない。


「この……力は……!」


巨大な存在が。


初めて苦しそうな声を出した。


ガルドが。


熊五郎を見る。


「熊五郎……」


「何だ?」


「それは……」


ガルドは。


言葉を失う。


「昔の魔法なのか?」


熊五郎は。


少しだけ考えた。


「……分からない」


「分からない?」


「ああ」


熊五郎は。


左手を見る。


「俺が昔使っていた魔法なのかもしれない」


「……」


「でも」


左手を。


もう一度握る。


「今の俺は」


熊五郎は。


巨大な存在を見る。


「食堂の店主だ」


風が。


さらに広がった。


巨大な存在が。


地下の奥まで吹き飛ばされる。


ドォン!


壁が。


大きくへこんだ。


「――!」


実咲が。


息を呑む。


「すごい……」


だが。


熊五郎の顔は。


険しい。


「……足りない」


「え?」


実咲が。


聞き返す。


「この風だけじゃ」


熊五郎は。


黒い塊を見る。


「黒い霧を消せない」


実咲の表情が。


曇る。


確かに。


吹き飛ばされた黒い霧は。


消えていない。


壁の隙間。


床の亀裂。


天井。


あちこちに散った黒い霧が。


ゆっくり集まり始めている。


「……戻ってくる」


レオンが。


震える声で言う。


「俺の中の黒いものと同じだ」


熊五郎が。


レオンを見る。


「どういう意味だ?」


「消えてない」


レオンは。


胸を押さえる。


「遠ざかっても……」


黒い線が。


少し脈打つ。


「また戻ろうとする」


「なるほど」


熊五郎は。


黒い霧を見る。


「だから倒すだけじゃ駄目か」


ガルドが。


剣を構える。


「なら、黒い塊を壊すしかない」


「そうだ」


巨大な存在が。


ゆっくり立ち上がる。


「……壊す?」


その声が。


地下に響く。


「お前たちは……」


胸の黒い塊が。


ドクン。


「何も分かっていない」


「何がだ」


熊五郎が。


問い返す。


「この黒い塊は」


ドクン。


「私ではない」


「……」


「私の中にあるものでもない」


「じゃあ何だ?」


巨大な存在が。


胸を押さえる。


「これは――」


黒い塊に。


無数の亀裂が走る。


「王城そのものだ」


「……!」


ガルドが。


息を呑む。


「王城?」


ミレアが。


震える。


「そんな……」


「王城は……」


ミレアは。


首を振る。


「地上部分は消えたはずです」


「地上はな」


巨大な存在が。


答える。


「だが」


地下を。


見回す。


「王城の核は残った」


熊五郎が。


眉をひそめる。


「核?」


「この場所」


巨大な存在が。


足元を踏む。


「ここは王国を支えていた場所」


熊五郎の頭に。


再び記憶が走った。


――地下室。


――大きな魔法陣。


――兵士。


――鍋。


――熊五郎。


そして。


巨大な魔法陣の中央に。


黒い石。


『陛下、この力を使えば――』


誰かが。


そう言っていた。


『駄目だ』


若い熊五郎が。


答えている。


『これは人の命を使う』


『ですが、国を守るには――』


『国を守るために、国民を犠牲にするな』


記憶が。


途切れる。


「……」


熊五郎は。


目を閉じた。


「熊五郎?」


実咲が。


心配そうに聞く。


「思い出した」


「何を?」


熊五郎は。


地下の黒い塊を見る。


「俺は」


一瞬。


言葉を止める。


「ここで」


「……」


「何かを拒否した」


ガルドが。


息を呑む。


「何か……?」


「人の命を使う魔法」


熊五郎は。


静かに言った。


「俺はそれを使わなかった」


ミレアの目から。


涙が落ちた。


「……そうです」


熊五郎が。


振り向く。


「知っているのか?」


「はい」


ミレアは。


頷く。


「あなたは……」


声が震える。


「国を守るために」


「……」


「国民を犠牲にすることを拒みました」


ガルドも。


頭を押さえる。


「俺も……」


「……」


「思い出した」


ガルドの目に。


過去の光景が浮かぶ。


「陛下は……」


「……」


「何度も言っていた」


ガルドが。


熊五郎を見る。


「国を守るために」


拳を握る。


「人を捨てるな」


熊五郎は。


黙っていた。


そして。


小さく言った。


「……そうだったか」


巨大な存在が。


笑った。


「だから失った」


「……」


「国も」


「……」


「城も」


「……」


「そして――」


黒い塊が。


大きく脈打つ。


「帰る場所も」


熊五郎は。


左手を握る。


「違う」


「何?」


「俺は」


熊五郎は。


食堂を見る。


「帰る場所を失ったんじゃない」


「……」


「今、ここに作った」


巨大な存在が。


黙る。


熊五郎は。


実咲を見る。


「この食堂が」


ガルドを見る。


「ここにいる奴らが」


レオンを見る。


「そして」


厨房を見る。


「俺が作る飯が」


静かに。


言葉を続ける。


「俺の帰る場所だ」


実咲の目から。


涙が落ちる。


「……熊五郎」


その瞬間。


黒い塊が。


大きく震えた。


「――ならば」


黒い霧が。


地下を覆う。


「その帰る場所を」


巨大な存在が。


両腕を広げる。


「壊してやる」


黒い霧が。


地上へ向かって。


一気に走り始めた。


「まずい!」


ガルドが。


叫ぶ。


「地上へ行くぞ!」


「待て!」


熊五郎が。


止める。


「俺が行く」


「一人で?」


「違う」


熊五郎は。


実咲を見る。


「実咲」


「うん」


「店を頼む」


「……分かった」


ガルドを見る。


「ガルド」


「ああ」


「レオンとミレアを守れ」


「任せろ」


そして。


熊五郎は。


地上へ続く階段を見る。


「俺は」


左手を握る。


「食堂を守る」


その時。


右腕の黒い線が。


胸の中央まで到達した。


「――っ!」


熊五郎の身体が。


一瞬だけ揺れる。


実咲が。


駆け寄る。


「熊五郎!」


「……大丈夫」


「今度は?」


「……かなり痛い」


実咲は。


熊五郎の顔を見る。


「じゃあ」


「……」


「絶対に帰ってきて」


熊五郎は。


少しだけ笑った。


「飯を作るからな」


そして。


熊五郎は。


地上へ向かって走り出した。


その背後。


地下の黒い塊が。


静かに。


脈打つ。


ドクン。


ドクン。


そして。


黒い塊の奥から。


小さな声が。


響いた。


「……やっと」


「王が――」


「帰る場所を見つけた」


次の瞬間。


黒い霧が。


地上へ向かって。


一気に噴き出した。

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