第63話 地下で待っていた者
第63話 地下で待っていた者
「あなたを――」
地下の暗闇から。
低い声が響いた。
「ずっと待っていた」
「……」
熊五郎は。
暗闇を見つめていた。
その右腕には。
黒い線。
肩から首へ。
そして。
胸へ向かって伸び始めている。
それでも。
熊五郎は動かない。
「誰だ」
問いかける。
暗闇の奥。
二つの赤い光が。
ゆっくり動いた。
「……忘れたのですか」
「何を?」
「この場所を」
熊五郎の眉が。
わずかに動く。
「俺は知らない」
「いいえ」
声が返る。
「あなたは知っている」
ガルドが。
剣を構えた。
「熊五郎」
「ああ」
「何か来る」
その瞬間。
ドンッ!
地下の奥から。
巨大な何かが飛び出した。
「全員、下がれ!」
ガルドが叫ぶ。
実咲が。
ミレアの腕を掴む。
「こっち!」
レオンも。
二人の前へ出る。
「俺が守る!」
「レオン、無理するな!」
「まだ動ける!」
レオンは。
右腕を見る。
黒い線は。
肩から胸へ伸びている。
「まだ俺は俺だ!」
そして。
剣を構えた。
しかし。
暗闇から現れたものは。
魔物ではなかった。
「……人?」
実咲が。
驚く。
黒い鎧。
巨大な盾。
そして。
全身を黒い霧に覆われた兵士。
その兵士が。
ゆっくり剣を上げた。
「敵か!」
ガルドが。
踏み込む。
ガキィン!
剣と剣がぶつかる。
「くっ!」
ガルドが。
押し返される。
「こいつ……強い!」
熊五郎が。
風を放つ。
ゴォッ!
黒い兵士の身体が。
壁へ吹き飛ぶ。
ドンッ!
だが。
兵士は。
すぐに立ち上がった。
「……」
その動きが。
妙だった。
熊五郎が。
目を細める。
「ガルド」
「何だ?」
「そいつを殺すな」
「分かった!」
ガルドは。
剣の向きを変える。
「動きを止める!」
黒い兵士が。
再び走ってくる。
ガルドが。
盾を受ける。
ガンッ!
「ぐっ!」
足が。
床を滑る。
「こいつ……!」
兵士の力が。
異常に強い。
熊五郎が。
風を足元へ集める。
「――止まれ」
ゴォォッ!
風が。
兵士の身体を押さえつける。
しかし。
黒い霧が。
兵士の鎧から噴き出した。
「熊五郎!」
ガルドが叫ぶ。
「分かっている」
黒い霧が。
風に逆らうように。
熊五郎へ向かってくる。
「……俺を狙っている?」
「そのようです」
ミレアが。
小さく呟いた。
「この霧は……陛下を探している」
熊五郎が。
ミレアを見る。
「どうして分かる?」
「昔……」
ミレアが。
震える。
「同じものを見ました」
「……」
「王城が襲われた時です」
その瞬間。
熊五郎の頭の中に。
記憶が走った。
――城門。
――燃える街。
――黒い霧。
――兵士たち。
そして。
自分の声。
『城門を閉じろ!』
『ですが陛下! 外に民が!』
『なら開けろ!』
『魔物が入ります!』
『民を置いて閉める門など、俺はいらない!』
「……!」
熊五郎が。
頭を押さえた。
「熊五郎!」
実咲が。
駆け寄る。
「大丈夫?」
「……ああ」
熊五郎は。
息を整える。
「少し思い出した」
「何を?」
「俺は……」
言葉を止める。
その先が。
出てこない。
「……」
ガルドが。
熊五郎を見る。
「無理に思い出さなくていい」
「だが」
熊五郎は。
黒い兵士を見る。
「こいつは知っている」
黒い兵士が。
ゆっくり顔を上げた。
兜の隙間から。
赤い光が覗く。
そして。
初めて。
言葉を発した。
「……陛下」
全員が。
固まる。
「俺は」
熊五郎が。
問いかける。
「お前を知っているのか?」
黒い兵士は。
しばらく沈黙した。
「……はい」
「名前は?」
「……」
兵士の身体が。
震える。
「名前を……」
黒い霧が。
兵士の口元を覆った。
「――言えない」
「なぜ?」
「……名前を思い出せば」
兵士の声が。
苦しくなる。
「私は……」
黒い霧が。
鎧の隙間から噴き出す。
「消される」
レオンが。
息を呑んだ。
「俺と同じ……」
自分の胸を見る。
「身体を奪われている」
熊五郎が。
静かに言う。
「そういうことか」
黒い兵士が。
剣を落とした。
ガシャン。
「……助けてください」
その声は。
さっきまでとは違った。
普通の人間の声だった。
「俺を……」
兵士が。
胸を押さえる。
「俺を俺のまま……」
黒い霧が。
一気に兵士を包む。
「――戻してくれ!」
熊五郎が。
一歩踏み出す。
「分かった」
「熊五郎!」
実咲が。
叫ぶ。
「また代償を――」
「分かっている」
熊五郎は。
黒い兵士を見る。
「だが」
右腕を見る。
黒い線は。
すでに胸元まで来ている。
「助ける」
ガルドが。
隣へ並ぶ。
「俺もやる」
「ガルド」
「昔もそうだったんだろ?」
熊五郎が。
黙る。
「なら今も」
ガルドは。
剣を構える。
「一人で背負うな」
熊五郎が。
小さく笑う。
「……分かった」
その時。
地下の奥から。
さらに巨大な音が響いた。
ドォォォォォン!
「何だ!」
レオンが。
振り向く。
地下の壁が。
崩れた。
その向こうに。
巨大な部屋が現れる。
そこには。
無数の鎧が並んでいた。
「……兵士?」
実咲が。
呟く。
一つ。
また一つ。
鎧の中に。
黒い霧が集まり始める。
「まずい」
熊五郎が。
言った。
「何が?」
「起きようとしている」
「誰が?」
熊五郎は。
部屋の奥を見る。
そこには。
巨大な扉があった。
扉には。
王冠。
剣。
そして。
鍋の紋章。
「……」
熊五郎の顔から。
笑みが消える。
「この扉」
ガルドが。
聞く。
「知っているのか?」
熊五郎は。
答えない。
ただ。
右手を。
扉へ向けた。
すると。
扉が。
勝手に反応した。
ゴゴゴゴゴ……。
古い魔法陣が。
床いっぱいに広がる。
そして。
扉の中央に。
文字が浮かび上がった。
――王の帰還を確認。
実咲が。
息を呑む。
「熊五郎……」
熊五郎は。
黙っている。
ガルドも。
文字を見る。
「……帰還」
その言葉に。
何かを思い出したのか。
ガルドの顔が。
青ざめた。
「まさか……」
「どうした?」
「俺は……」
ガルドが。
頭を押さえる。
「この扉を……」
そして。
震える声で呟いた。
「昔……あなたと一緒に開けた」
熊五郎が。
振り返る。
「俺と?」
ガルドは。
答えられない。
その時。
扉の向こうから。
声がした。
今までとは違う。
もっと低く。
もっと古い声。
「――ようやく」
扉が。
ゆっくり開く。
「戻ってきたか」
熊五郎の目の前に。
暗闇が広がる。
そして。
その暗闇の奥から。
巨大な何かが。
ゆっくりと。
立ち上がった。
「王よ」
赤い目が。
二つ。
「今度こそ――」
黒い霧が。
地下全体へ広がる。
「最後まで、国を守ってもらおう」




