第62話 食堂の地下に眠るもの
第62話 食堂の地下に眠るもの
ドクン――。
食堂の地下から。
大きな音が響いた。
「……今の何?」
実咲が。
床を見る。
ドクン。
もう一度。
床が。
わずかに揺れた。
「地面の下……?」
レオンが。
後ずさる。
「何かいる」
ガルドが。
剣を構えた。
「熊五郎」
「分かっている」
熊五郎は。
食堂の中央に立つ。
右腕は。
肩まで黒く染まっている。
それでも。
左手を前へ出した。
「下がっていろ」
「でも!」
「実咲」
「……」
「ここは俺の店だ」
熊五郎は。
静かに言った。
「俺が守る」
実咲は。
唇を噛む。
「……分かった」
だが。
その場からは離れない。
「私もここにいる」
熊五郎が。
少しだけ笑う。
「そうか」
その瞬間。
ドォォォン!
床が。
大きく盛り上がった。
「きゃあっ!」
実咲が。
テーブルに手をつく。
ガルドが。
叫ぶ。
「全員、下がれ!」
床板が。
次々に割れていく。
バキッ!
バキバキッ!
その隙間から。
黒い霧が噴き出した。
「また黒い霧!」
レオンが叫ぶ。
熊五郎は。
風を放つ。
ゴォォォォッ!
黒い霧が。
天井へ吹き飛ばされる。
だが。
霧は消えない。
天井に張り付いたあと。
再び。
床へ戻ってくる。
「……厄介だな」
熊五郎が呟く。
ガルドが。
床の亀裂を見る。
「何かが下から上がってくる」
「そうだな」
「魔物か?」
「分からない」
熊五郎は。
目を細める。
「だが」
黒い霧の向こう。
何かの音がする。
カチャ。
カチャ。
金属が擦れるような音。
「……武器?」
ガルドが。
耳を澄ます。
カチャ。
カチャ。
そして。
地下から。
低い声が聞こえた。
「……誰だ」
全員が。
固まった。
「今……」
実咲が。
熊五郎を見る。
「声……聞こえたよね?」
「ああ」
「人間?」
「分からない」
熊五郎が。
床を見る。
「だが」
声が。
もう一度響く。
「ここは……」
「……」
「誰の城だ」
熊五郎の表情が。
変わった。
「……城?」
ガルドも。
顔を上げる。
「食堂なのに……」
その瞬間。
熊五郎の頭の中に。
一つの光景が浮かんだ。
巨大な地下室。
石造りの壁。
無数の魔法陣。
そして。
その中央に。
一本の剣。
「……」
熊五郎が。
頭を押さえる。
「熊五郎?」
実咲が。
心配そうに近づく。
「頭が痛いの?」
「少し」
「黒い霧?」
「違う」
熊五郎は。
目を閉じる。
「これは……記憶だ」
ガルドが。
息を呑む。
「記憶……?」
「ああ」
熊五郎は。
ゆっくり目を開ける。
「俺は……この地下を知っている」
「え?」
実咲が驚く。
「でも、ここは元々食堂だったんでしょ?」
「そうだ」
「じゃあ何で……」
「分からない」
熊五郎は。
床の亀裂を見る。
「ただ」
「……」
「昔、ここに来た」
その言葉に。
ミレアが。
震えた。
「……やっぱり」
熊五郎が振り返る。
「何が?」
「ここは……」
ミレアは。
怯えたように言う。
「王城の一部です」
「……!」
ガルドが。
目を見開いた。
「王城?」
「はい」
ミレアは。
床を見る。
「王城が破壊された時」
「……」
「地上部分は消えました」
「なら……」
レオンが。
聞く。
「この地下だけ残った?」
ミレアが。
頷く。
「そうです」
熊五郎は。
黙った。
食堂。
魚屋。
避難所。
戦場。
そして。
地下に眠る王城。
すべてが。
一本の線で繋がり始めていた。
「……だから」
熊五郎が。
呟く。
「黒い霧がここを狙っているのか」
ガルドが。
剣を握り直す。
「何か重要なものがある」
「そうだろうな」
その瞬間。
地下から。
再び声が響いた。
「……陛下」
熊五郎の目が。
鋭くなる。
「またか」
「陛下……」
声は。
苦しそうだった。
「……もう一度」
「何を?」
「命令を」
熊五郎は。
黙る。
「命令?」
ガルドが。
聞き返す。
地下の声が。
続く。
「我々は……」
「……」
「ずっと……待っています」
そして。
床が。
大きく割れた。
ドォォォォン!
食堂の中央に。
大きな穴が開く。
「うわっ!」
実咲が。
後ろへ下がる。
穴の奥。
そこには。
階段があった。
黒い石で作られた。
地下へ続く階段。
「……」
熊五郎は。
階段を見つめる。
「行く」
ガルドが。
即座に答える。
「俺も行く」
「危険だ」
「お前一人で行かせると思うか?」
「……」
熊五郎が。
小さく笑う。
「昔もそうだったか」
ガルドが。
一瞬黙る。
「……そうだったな」
「なら来い」
「分かった」
レオンも。
前へ出る。
「俺も行く」
「お前は――」
「嫌だ」
レオンが。
熊五郎を見る。
「また置いていかれるのは嫌だ」
「……」
「俺の身体がどうなるか分からない」
右腕の黒い線を見る。
「でも」
拳を握る。
「自分で決めたい」
熊五郎は。
しばらくレオンを見る。
「……分かった」
「ありがとう」
実咲も。
前へ出た。
「私も」
熊五郎が。
振り返る。
「実咲は上に――」
「嫌」
即答だった。
「……」
「ここは私の店でもあるんだから」
「俺の店だ」
「はいはい」
実咲は。
腕を組む。
「でも、私も働いてる」
熊五郎は。
少し考える。
「……分かった」
「よし」
こうして。
熊五郎。
実咲。
ガルド。
レオン。
そしてミレアは。
地下への階段を下り始めた。
一段。
また一段。
地下は。
異様なほど静かだった。
「……」
実咲が。
小声で聞く。
「熊五郎」
「何だ?」
「ここ……本当に昔の王城なの?」
「分からない」
「でも知ってるんでしょ?」
「……」
熊五郎は。
壁を見る。
そこには。
古い紋章が刻まれていた。
熊五郎が。
手を伸ばす。
指先が。
紋章に触れる。
その瞬間。
頭の中に。
声が響いた。
――陛下。
熊五郎が。
手を引く。
「……!」
「どうしたの?」
「聞こえた」
「何が?」
熊五郎は。
答えない。
もう一度。
紋章を見る。
そこには。
王冠と。
鍋。
そして。
剣が刻まれていた。
「……何だよ、これ」
実咲が。
首を傾げる。
「鍋?」
ガルドが。
近づく。
「これは……」
「知ってるの?」
「いや」
ガルドは。
頭を押さえる。
「だが……」
その瞬間。
記憶が。
一気に流れ込んだ。
――兵士たち。
――大鍋。
――熊五郎。
――笑い声。
――戦場。
ガルドが。
息を呑む。
「……陛下」
熊五郎を見る。
「昔……あなたは」
「……」
「この地下で」
ガルドの目から。
涙が落ちた。
「兵士たちに飯を作っていた」
熊五郎は。
何も言わない。
「王城の地下で……」
ガルドが。
震える声で続ける。
「戦場へ向かう兵士たちに」
「……」
「あなたは……」
その先の言葉が。
出てこない。
熊五郎が。
代わりに言った。
「飯を食わせていた?」
ガルドは。
頷いた。
「……はい」
熊五郎は。
少しだけ笑った。
「やっぱり俺は」
そして。
地下の暗闇を見る。
「昔から料理してたんだな」
その時。
地下の奥から。
巨大な音が響いた。
ドォォォォォン!
全員が。
振り向く。
暗闇の奥。
二つの赤い光が。
ゆっくりと。
開いた。
「……」
実咲が。
息を呑む。
「また……魔物?」
熊五郎は。
右腕の痛みを無視して。
風を集めた。
「分からない」
赤い光が。
一歩。
こちらへ近づく。
ドン。
もう一歩。
ドン。
そして。
暗闇の中から。
低い声が響いた。
「――陛下」
熊五郎が。
目を細める。
「……誰だ」
返事は。
すぐには来なかった。
やがて。
暗闇の奥から。
その声が。
静かに響いた。
「あなたを――」
「ずっと待っていた」




