↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
57/120

第57話 王だった男の魔法

第57話 王だった男の魔法


ゴォォォォォッ!


食堂の中を。


猛烈な風が駆け抜けた。


黒い霧が。


熊五郎の前で押し返される。


「……すごい」


実咲が呟いた。


いつもの熊五郎とは。


明らかに違う。


料理をしている時の。


のんびりした顔ではない。


その目は。


鋭く。


冷静だった。


ガルドも。


熊五郎を見ていた。


「……その魔法」


「何だ?」


「昔も見た」


熊五郎の耳が。


ぴくりと動く。


「そうか」


「だが……」


ガルドは眉を寄せる。


「昔のお前は、もっと――」


そこで。


記憶が途切れた。


「……何だ?」


「分からない」


ガルドは頭を押さえる。


「だが、俺は知っている」


熊五郎は。


黒い霧を押し返しながら言った。


「思い出せなくてもいい」


「熊五郎?」


「今は戦いだ」


「……分かった」


ガルドは剣を構えた。


巨大な魔物が。


低い唸り声を上げる。


「グルルル……」


胸の黒い塊が。


ドクン。


脈打つ。


その瞬間。


黒い霧が。


一気に膨れ上がった。


「来る!」


レオンが叫ぶ。


「全員、下がれ!」


ガルドが叫ぶ。


実咲が。


壁際へ走る。


レオンも。


必死に後退する。


熊五郎だけが。


その場に残った。


「熊五郎!」


実咲が叫ぶ。


「そこにいたら危ない!」


「大丈夫だ」


「でも!」


熊五郎は。


魔物を見る。


「俺が止める」


黒い霧が。


熊五郎へ迫る。


ゴォォォォォッ!


熊五郎の風が。


さらに強くなる。


黒い霧と風が。


正面からぶつかった。


「ぐっ……」


熊五郎の身体が。


少し後ろへ滑る。


「熊五郎!」


ガルドが叫ぶ。


「まだだ」


熊五郎は。


足を踏ん張った。


「この程度なら――」


風が。


さらに膨れ上がる。


ドォォォォン!


黒い霧が。


大きく押し返された。


「……!」


ガルドが息を呑む。


「やはり……」


その瞬間。


ガルドの頭に。


また記憶が蘇った。


――戦場。


巨大な魔物。


そして。


その前に立つ男。


「下がれ!」


兵士たちが叫ぶ。


「陛下!」


男は。


片手を上げる。


「風よ」


次の瞬間。


空が。


轟いた。


巨大な風の渦が。


魔物を吹き飛ばす。


兵士たちは。


呆然としている。


「……あれが」


誰かが呟く。


「陛下の魔法……」


記憶が途切れた。


「……熊五郎」


ガルドの声が震える。


熊五郎が振り返る。


「何だ?」


「お前……昔」


ガルドは。


言葉を探す。


「何だ?」


「いや……」


ガルドは首を振った。


「まだ分からない」


熊五郎は。


何も言わなかった。


だが。


ほんの少しだけ。


目を細めた。


「……そうか」


その時。


魔物が動いた。


「グォォォォォッ!」


巨大な身体が。


熊五郎へ突っ込んでくる。


「危ない!」


実咲が叫ぶ。


熊五郎は。


動かなかった。


魔物の爪が。


目の前まで迫る。


その瞬間。


熊五郎の姿が。


ふっと消えた。


「え?」


実咲が目を見開く。


次の瞬間。


熊五郎は。


魔物の背後にいた。


「……速い」


ガルドが呟く。


熊五郎は。


魔物の背中へ手を向ける。


「風圧」


ドンッ!


巨大な風が。


魔物の身体を叩く。


「グォォッ!」


魔物が。


前へ吹き飛ばされる。


だが。


倒れない。


熊五郎は。


少し考える。


「やはり……」


「何?」


実咲が聞く。


「本体を攻撃しても駄目だ」


熊五郎は。


胸の黒い塊を見る。


「あれをどうにかしない限り」


「魔物は倒れない?」


「そうだ」


ガルドが剣を握る。


「なら、黒い線を全部切る」


「頼む」


ガルドが走る。


「おおおおおっ!」


剣を振る。


ズバッ!


三本目。


黒い線が切れた。


魔物が。


大きく身体を震わせる。


「グォォォォォッ!」


黒い霧が。


一瞬だけ薄くなる。


「今だ!」


熊五郎が叫ぶ。


ガルドが。


さらに踏み込む。


しかし。


黒い塊から。


一本の黒い線が。


槍のように飛び出した。


「――っ!」


ガルドが避ける。


だが。


完全には避けきれない。


黒い線が。


左肩を掠めた。


「ぐっ!」


ガルドが膝をつく。


「ガルド!」


熊五郎が振り向く。


「大丈夫だ!」


ガルドは立ち上がる。


だが。


左肩に。


黒い線が浮かんでいた。


「……またか」


ガルドが歯を食いしばる。


黒い線が。


少しずつ伸び始める。


「ガルド!」


熊五郎が近づこうとする。


「来るな!」


ガルドが叫ぶ。


「霧に触れるぞ!」


熊五郎が止まる。


その時。


黒い塊から。


また声がした。


「……陛下」


熊五郎の表情が変わる。


「その呼び方はやめろ」


「なぜ?」


「俺は王じゃない」


黒い塊が。


静かに脈打つ。


「……今は、な」


熊五郎の目が。


細くなる。


「何だと?」


「お前は忘れている」


「……」


「だが」


黒い塊の奥で。


赤い光が揺れる。


「力は忘れていない」


その瞬間。


黒い霧が。


熊五郎へ集中した。


「熊五郎!」


実咲が叫ぶ。


霧が。


熊五郎の周囲を包む。


「熊五郎!」


ガルドも叫ぶ。


だが。


霧の中から。


声が聞こえた。


「……俺は」


熊五郎の声。


「昔の俺じゃない」


風が。


ゆっくりと広がる。


「俺は今――」


風が。


黒い霧を押し返していく。


「食堂の店主だ」


ゴォォォォォォッ!


暴風が。


食堂全体を包んだ。


黒い霧が。


一気に吹き飛ばされる。


「……!」


実咲が。


目を見開く。


ガルドも。


呆然とする。


そして。


熊五郎は。


魔物の胸にある黒い塊を見据えた。


「だから」


その目には。


王だった頃の鋭さと。


今の食堂店主としての穏やかさ。


その両方があった。


「昔の俺が何者だったとしても――」


一歩。


前へ出る。


「今の俺が守るのは」


もう一歩。


風が集まる。


「この食堂だ」


さらに。


一歩。


「実咲だ」


そして。


ガルドを見る。


「ガルドだ」


最後に。


レオンを見る。


「レオンだ」


熊五郎は。


黒い塊を睨む。


「そして――」


黒い霧が。


再び動き始める。


「飯を食いに来る客たちだ」


熊五郎の周囲で。


風が唸る。


「それを壊すなら」


熊五郎は。


静かに言った。


「相手をする」


黒い塊が。


ドクン。


大きく脈打った。


その奥から。


低い声が響く。


「……やはり」


「……」


「お前は――」


そこで。


黒い塊に。


大きな亀裂が入った。


パキッ。


そして。


その亀裂の奥から。


何かの目が。


ゆっくりと。


開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。