第52話 狙われた「まずは飯だ」
第52話 狙われた「まずは飯だ」
黒い霧が。
一斉に動き始めた。
町の路地。
建物の隙間。
石畳の上。
そのすべてを這うように。
黒い霧が。
一つの場所へ向かっていく。
「……まずは飯だ」
熊五郎が呟いた。
その先に。
自分の食堂がある。
「熊五郎!」
実咲が叫ぶ。
「食堂が狙われてる!」
「ああ」
「どうするの?」
「戻る」
熊五郎は即答した。
「食堂へ?」
「俺の店だからな」
「いや、そういう問題じゃなくて!」
実咲が慌てる。
「黒い霧があんなにいっぱいあるんだよ!」
「だから戻る」
熊五郎は歩き出した。
「お前はここにいろ」
「嫌!」
実咲もついていく。
「私も行く!」
「危険だ」
「だったら熊五郎だって危険でしょ!」
「俺は大丈夫だ」
「そういう問題じゃない!」
実咲は熊五郎の横に並ぶ。
「一人で行かせるわけないでしょ!」
熊五郎は少しだけ実咲を見る。
「……分かった」
「よし」
「ただし」
熊五郎が続ける。
「俺の後ろから離れるな」
「分かってる!」
ガルドも剣を構える。
「俺も行く」
「ガルド、お前は――」
「俺の腕が動く限りな」
ガルドは黒い線が伸びた腕を見る。
「この町を守る」
レオンも。
震えながら立っていた。
「俺も……」
熊五郎が見る。
「来るのか?」
「……怖い」
レオンは正直に言った。
「でも」
黒く染まった右目を押さえる。
「俺の身体の中にいるものが、あの食堂へ向かってる」
「……」
「だったら」
レオンは拳を握る。
「俺も行く」
熊五郎は頷いた。
「分かった」
四人は。
食堂へ向かって走り出した。
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町の通り。
黒い霧が。
左右から迫ってくる。
「来るぞ!」
ガルドが叫ぶ。
「実咲、下がれ!」
「分かってる!」
熊五郎が前へ出る。
右手を上げた。
ゴォォォォォッ!
風が吹き抜ける。
黒い霧が押し戻される。
「今だ!」
四人が走る。
だが。
霧は。
消えない。
押し戻された霧が。
別の路地から回り込んでくる。
「熊五郎!」
「分かってる」
「囲まれる!」
ガルドが剣を構える。
「俺が右を止める!」
「頼む」
「レオン!」
「分かってる!」
レオンが左側を見る。
黒い霧が。
路地から流れ込んでくる。
「こっちも来る!」
「実咲!」
「私は熊五郎の後ろ!」
「絶対に離れるな!」
「だから分かってるって!」
熊五郎が両手を広げる。
「――風よ」
ゴォォォォォォォッ!
強烈な風が。
通り全体を吹き抜けた。
黒い霧が。
一気に後退する。
「今だ!」
全員が走る。
そして。
角を曲がった。
「……あ」
実咲が。
足を止めた。
目の前に。
食堂が見えた。
「まずは飯だ」。
見慣れた看板。
いつもと同じ。
小さな食堂。
だが。
その周囲には。
黒い霧が。
渦を巻いていた。
「……嘘でしょ」
実咲の声が震える。
「こんなに……」
熊五郎が。
食堂の前に立つ。
「……俺の店に何の用だ」
誰も答えない。
黒い霧だけが。
食堂の周囲を回っている。
「熊五郎」
ガルドが低い声で言う。
「何かがおかしい」
「ああ」
「魔物を攻撃している時とは違う」
熊五郎も頷く。
「こいつらは食堂を壊そうとしていない」
実咲が気づく。
「じゃあ……何をしてるの?」
熊五郎は。
食堂の入口を見る。
「探してる」
「何を?」
「……俺だ」
その瞬間。
黒い霧の一部が。
食堂の扉へ伸びた。
シュルッ。
だが。
扉に触れる直前。
パァン!
黒い光が弾けた。
黒い霧が。
吹き飛ぶ。
「……結界?」
ガルドが驚く。
熊五郎は。
食堂の扉を見る。
「違う」
「違う?」
「俺が何かしたわけじゃない」
実咲が首を傾げる。
「じゃあ、何で入れないの?」
熊五郎は。
答えなかった。
その時。
食堂の中から。
カタッ。
小さな音がした。
「……?」
実咲が振り向く。
「今、店の中で何か音した?」
熊五郎が。
扉へ近づく。
ガルドも続く。
「待て」
ガルドが熊五郎の肩を掴む。
「中に何かいるかもしれない」
「だから見る」
熊五郎が扉を開ける。
ギィィィ……。
中は。
真っ暗だった。
「……誰もいない?」
実咲が覗き込む。
テーブル。
椅子。
厨房。
鍋。
いつもの食堂。
だが。
床に。
黒い線が一本。
「……何これ」
実咲が指差す。
床を走る黒い線。
厨房の奥へ伸びている。
熊五郎が。
ゆっくり歩く。
「熊五郎」
「分かってる」
厨房へ入る。
黒い線は。
壁の前で止まっていた。
「……ここ?」
熊五郎が壁を見る。
何もない。
ただの壁。
だが。
熊五郎が手を伸ばした瞬間。
壁の奥から。
ドクン。
音がした。
「……!」
熊五郎が手を止める。
ドクン。
もう一度。
実咲が青ざめる。
「何……今の?」
ガルドも。
壁を見る。
「まるで……」
レオンが。
突然。
頭を押さえた。
「――っ!」
「レオン!」
レオンが膝をつく。
「聞こえる……」
「何が?」
「声……」
レオンの右目が。
黒く染まったまま。
壁を見る。
「この奥から……」
「何て言ってる?」
レオンの顔が。
恐怖に歪む。
「……起こせ」
「何を?」
レオンは答えない。
「起こせ……って」
「誰を?」
レオンの身体が。
突然震えた。
そして。
口から。
別の声が漏れる。
「――まだ眠っている」
熊五郎の表情が変わる。
「……」
ガルドが剣を構える。
「今の声……」
「レオンの声じゃない」
実咲が震えながら言う。
「熊五郎……」
「大丈夫だ」
熊五郎は。
壁へ手を伸ばす。
「俺が確かめる」
その瞬間。
壁に。
黒い亀裂が走った。
ピシッ。
「!」
ピシッ。
ピシッ。
亀裂が。
広がっていく。
そして。
壁の向こうから。
黒い霧が噴き出した。
「下がれ!」
ガルドが実咲を庇う。
熊五郎は。
動かなかった。
黒い霧が。
熊五郎の身体を包み込む。
「熊五郎!」
実咲が叫ぶ。
「大丈夫だ!」
熊五郎の声が聞こえる。
だが。
その声の直後。
黒い霧の中から。
もう一つの声が響いた。
「……やはり」
低い声。
人間のものとも。
魔物のものとも分からない。
「ここにいたか」
熊五郎の目が。
鋭くなる。
「お前は誰だ」
霧の奥で。
何かが笑った。
「忘れたのか?」
「……」
「お前が捨てたものを」
熊五郎の表情が。
わずかに変わる。
ガルドが叫ぶ。
「熊五郎!」
黒い霧が。
一気に膨れ上がった。
そして。
食堂の壁の奥。
見えなかった場所に。
巨大な黒い扉が。
ゆっくりと姿を現した。
その扉には。
見たことのない紋章が刻まれている。
だが。
熊五郎だけは。
その紋章を見た瞬間。
黙り込んだ。
「……」
実咲が熊五郎を見る。
「熊五郎?」
熊五郎は。
答えない。
ただ。
その紋章を見つめていた。
まるで。
ずっと昔から。
知っていたかのように。




