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第5話 熊五郎、食堂の名前を決める

第5話 熊五郎、食堂の名前を決める


翌朝から始まる食堂の準備を終えた熊五郎と実咲は、その日、夕方まで魚屋の店を手伝うことになった。


「熊五郎、そっちの魚を並べてくれるか?」


「分かった」


「実咲ちゃんは、こっちを頼む」


「はい!」


熊五郎は魚を一匹ずつ並べていく。


実咲は魚屋の店主に魚の名前を教えてもらいながら、値札を置いていった。


「この魚、昨日食べたやつだよね?」


「ああ」


「こうやって見ると、結構大きいね」


「焼くとうまい」


「また料理の話?」


「魚を見たら料理を考える」


「完全に料理人の頭になってる……」


そのとき、熊五郎のお腹が鳴った。


ぐぅぅぅ……。


「……」


実咲が熊五郎を見る。


「お腹空いたの?」


「少しな」


「さっき朝ごはん食べたじゃん」


「魚を見ていたら腹が減った」


「魚屋で言わないでよ!」


魚屋の店主が笑った。


「ははは。もう少しで終わるから、我慢してくれ」


「分かった」


熊五郎は素直に返事をした。


そして――。


夕方。


魚屋の店を閉める時間になった。


「今日は助かったよ」


店主が二人に声をかける。


「こちらこそ、ありがとうございました」


実咲が頭を下げる。


「明日の食材も用意しておくからな」


「ああ。頼む」


熊五郎も頷いた。


三人は魚屋を閉め、店主の家へ戻った。


---


家に着くと、熊五郎はご機嫌だった。


「なんか今日の熊五郎、機嫌いいね」


「明日から食堂だからな」


「そんなに楽しみなの?」


「ああ」


熊五郎はさっそく台所へ向かった。


「夕飯を作る」


「急に元気になった……」


魚を取り出し、野菜を切る。


鍋を火にかけ、香草を加える。


今日はいつも以上に手際がいい。


「熊五郎、鼻歌まで歌ってるよ」


「機嫌がいいからな」


「自分で言うんだ……」


しばらくすると、香ばしい匂いが家いっぱいに広がった。


「できたぞ」


食卓に料理が並ぶ。


焼き魚。


魚のスープ。


野菜の煮込み。


香草を使った料理。


「今日は豪華だね」


「明日から食堂だからな」


「それ、今日何回目?」


魚屋の店主が笑いながら席につく。


「では、いただこうか」


「いただきます」


三人で夕飯を食べ始めた。


「うまい」


店主が嬉しそうに言う。


「やっぱり熊五郎の料理はうまいな」


「当然だ」


「もうちょっと謙虚になれないの?」


実咲が呆れる。


そんな二人を見ながら、店主がふと思い出したように言った。


「そういえば、明日から食堂を始めるんだったな」


「ああ」


「店の名前は決めたのか?」


熊五郎の箸が止まった。


「……名前?」


「そうだ。食堂なら名前が必要だろう」


「なるほど」


熊五郎は腕を組んだ。


実咲は嫌な予感がした。


「熊五郎……変な名前にしないでよ?」


「任せろ」


「その『任せろ』が一番不安なんだけど……」


熊五郎は真剣な顔で考え始めた。


「……『飯』」


「短すぎ!」


「では、『飯を食うところ』」


「説明じゃん!」


魚屋の店主が吹き出す。


「ははは!」


熊五郎は気にせず続ける。


「『腹が減ったら来る店』」


「長い!」


「『うまい飯』」


「普通!」


「『魚を焼く店』」


「魚しか出さないの!?」


「『何か食わせる店』」


「なんか怖い!」


「『食えば分かる』」


「何が!?」


「『飯はある』」


「あるのは分かってるよ!」


熊五郎は真剣に考えている。


「『飯、できたぞ』」


「家じゃないんだから!」


「『とりあえず食え』」


「お客さんに命令しないで!」


魚屋の店主は、とうとう笑いをこらえられなくなった。


「はははは!」


「笑ってないで止めてください!」


実咲が訴える。


熊五郎はさらに考える。


「……『腹が減った』」


「それ、熊五郎の今の気持ちでしょ!」


「そうだ」


「認めるんだ!」


熊五郎はしばらく黙り込んだ。


そして――。


「『飯でも食うか』」


実咲は頭を抱えた。


「それ、店に入る前の人のセリフだから!」


「そうか?」


「そうなの!」


熊五郎は再び考える。


「……もう面倒だ」


「え?」


「『まずは飯だ』でいい」


「ええ……」


実咲が呆れた顔をする。


魚屋の店主は笑いながら頷いた。


「いいじゃないか」


「本当に?」


「ああ。覚えやすい」


熊五郎も頷いた。


「よし。決まりだ」


「そんな適当に決めていいの?」


「いい」


「なんで?」


熊五郎は堂々と答えた。


「腹が減ったら、まずは飯だからだ」


「……まあ、熊五郎らしいけど」


魚屋の店主が笑う。


「では、明日から店の名前は『まずは飯だ』じゃな」


「そうだ」


熊五郎は満足そうに頷いた。


「いい名前だ」


実咲はため息をついた。


「店の名前を決めるだけで、こんなに疲れるとは思わなかった……」


熊五郎は残っていた料理を見た。


「実咲」


「何?」


「まずは飯だ」


「まだ食べるの!?」


「名前も決まったからな」


「関係ないでしょ!」


魚屋の店主は大笑いした。


こうして――。


熊五郎の食堂の名前が決まった。


その名は、


『まずは飯だ』。


明日。


いよいよ熊五郎の食堂が開店する。

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