↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
49/120

第49話 黒い瞳に映るもの

第49話 黒い瞳に映るもの


黒い霧が。


戦場を完全に覆った。


「何も見えない!」


「隣にいるのは誰だ!」


「分からない!」


「負傷者を確認しろ!」


「声を出せ!」


「ここだ!」


兵士たちの声が、霧の中で重なっていく。


熊五郎は風を操りながら、必死に周囲を見渡していた。


「……濃すぎる」


風を強くする。


ゴォォォォッ!


一瞬だけ。


霧が押し返された。


だが。


すぐに黒い霧が戻ってくる。


「熊五郎!」


ガルドの声がした。


「いるか!」


「ここだ!」


「見えるか!」


「少しだけだ!」


熊五郎は目を細めた。


霧の向こう。


ぼんやりと。


ガルドの姿が見える。


だが。


その腕には。


黒い線が走っていた。


「ガルド」


「ああ」


「腕を見ろ」


「分かってる」


ガルドは右腕を見る。


黒い線は。


肩の近くまで伸びていた。


「……さっきより進んでいる」


「止まってない」


「だな」


ガルドは拳を握る。


「だが、まだ動く」


「なら動け」


熊五郎は短く言った。


「動けるうちに、あれを止める」


「ああ!」


二人は巨大魔物を見る。


しかし。


その姿は。


ほとんど霧に隠れていた。


見えるのは。


巨大な影だけ。


そして。


胸の中央。


黒い塊だけだった。


ドクン。


ドクン。


黒い塊が脈打つ。


そのたびに。


黒い霧が広がる。


「……心臓みたいだな」


ガルドが言った。


「だが、あれは魔物の心臓じゃない」


熊五郎が答える。


「なら何だ?」


「分からない」


「熊五郎でも分からないのか?」


「まだな」


その答えに。


ガルドは少しだけ驚いた。


熊五郎が。


「分からない」と言う。


それが珍しかった。


「なら……」


ガルドが剣を握る。


「確かめるしかない」


「ああ」


二人が走り出した。


その時。


霧の中から。


「……ガルド」


小さな声が聞こえた。


ガルドが振り向く。


「レオン?」


返事がない。


「レオン!」


もう一度呼ぶ。


すると。


霧の向こうから。


ゆっくりと人影が現れた。


「……レオン?」


ガルドが目を細める。


兵士の服。


傷ついた身体。


そして。


右目。


「……!」


ガルドの顔が険しくなる。


レオンの右目は。


完全に黒く染まっていた。


「レオン」


ガルドが剣を下ろさずに近づく。


「俺が分かるか?」


レオンは答えない。


ただ。


じっとガルドを見る。


「レオン!」


今度は熊五郎が呼んだ。


レオンの顔が。


わずかに動いた。


「……熊五郎」


「俺が分かるか」


「分かる」


声は。


確かにレオンだった。


ガルドが少しだけ息を吐く。


「そうか……」


だが。


次の瞬間。


レオンの右目が。


ぎょろりと動いた。


「……?」


ガルドが気づく。


「レオン?」


レオンは自分の右目を押さえた。


「違う……」


「どうした?」


「右目が……」


レオンは苦しそうに顔を歪める。


「俺が見てないところを見てる」


「……何?」


「俺はガルドを見てる」


レオンは左目でガルドを見る。


「でも……」


右目が。


巨大魔物の方へ向いた。


「右目は……あれを見てる」


熊五郎が巨大魔物を見る。


「……」


黒い塊。


そこから伸びる黒い筋。


「同じか」


熊五郎が呟く。


「何がだ?」


ガルドが聞く。


「レオンの目と、あの黒い塊」


「……つながっている?」


「ああ」


熊五郎はレオンを見る。


「レオン」


「何だ?」


「頭の中に何かいるか?」


レオンの顔が強張った。


「……いる」


「どんな奴だ?」


「分からない」


「声は?」


「聞こえる」


「何と言っている?」


レオンはしばらく黙った。


そして。


震える声で言った。


「……来い」


ガルドが剣を握る。


「誰が?」


「分からない」


「どこへ?」


レオンは巨大魔物を見る。


「……あそこへ」


熊五郎が黙り込む。


「行きたいのか?」


「違う!」


レオンが叫んだ。


「俺は行きたくない!」


右足が。


一歩。


前へ出ようとする。


「――っ!」


レオンは左足で踏ん張った。


「止まれ!」


右足が震える。


「俺は行かない!」


さらに。


一歩。


前へ。


「やめろ!」


レオンが自分の右足を掴む。


「俺は……」


息が荒くなる。


「俺は、俺だ!」


右目だけが。


巨大魔物を見続けている。


「俺は……あそこへ行きたくない!」


その瞬間。


熊五郎がレオンの前に立った。


「レオン」


「……熊五郎」


「俺を見る」


レオンの左目が熊五郎を見る。


右目は。


まだ巨大魔物を見ている。


「俺の声を聞け」


「……」


「お前はレオンだ」


レオンの呼吸が少し落ち着く。


「お前は自分でここまで戦ってきた」


「……」


「だから今も、自分で決めろ」


熊五郎は低い声で言った。


「行くか」


一瞬。


レオンの右足が止まった。


「……行かない」


レオンが答える。


「俺は……行かない」


右足が震える。


それでも。


止まった。


「俺は……俺の意思で決める」


熊五郎が小さく頷く。


「そうだ」


だが。


巨大魔物の胸の黒い塊が。


ドクン。


脈打った。


レオンの右目が。


大きく見開かれる。


「――っ!」


「レオン!」


レオンが胸を押さえる。


「来る……!」


「何がだ!」


「分からない!」


レオンの声が震える。


「でも……近づいてる!」


黒い線が。


首から頬へ。


さらに。


右目の周囲へ広がっていく。


「熊五郎!」


ガルドが叫ぶ。


「このままだとレオンが!」


「分かってる」


熊五郎は巨大魔物を見る。


黒い塊が。


今までより激しく脈打っている。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


「……あれを止める」


「どうやって?」


「まず、あの黒い筋を切る」


熊五郎が指を向ける。


巨大魔物の胸から。


地面へ伸びている黒い筋。


さらに。


レオンへ向かっている黒い霧。


「全部つながっている」


「なら、切ればいい」


ガルドが剣を構える。


「俺がやる」


「ガルド」


「まだ腕は動く」


ガルドは自分の黒い線を見る。


「動くうちにやる」


「……分かった」


熊五郎は風を集める。


「俺が道を作る」


「頼む!」


ゴォォォォォッ!


巨大な風が。


黒い霧を押し開く。


一瞬。


道ができた。


「今だ!」


ガルドが走る。


「おおおおおっ!」


巨大魔物の胸へ。


黒い筋が襲いかかる。


「邪魔だ!」


ガルドが剣を振る。


一本。


斬る。


二本。


斬る。


「まだ!」


三本目。


ガルドの剣が振り下ろされた。


その瞬間。


巨大魔物が。


「グォォォォォォォッ!」


咆哮した。


黒い霧が。


爆発するように広がる。


「ガルド!」


熊五郎が叫ぶ。


「うおおおおっ!」


ガルドが踏ん張る。


だが。


黒い霧が。


ガルドの身体を包み込んだ。


「――っ!」


右腕。


黒い線が。


一気に伸びる。


肩から。


首へ。


「ガルド!」


「まだだ!」


ガルドは剣を握り続ける。


「まだ……動く!」


そして。


巨大魔物の胸を見る。


黒い塊。


その奥に。


また。


二つの赤い光が浮かんだ。


「……熊五郎」


「どうした」


「見えるか?」


「何が?」


「黒い塊の奥だ」


熊五郎が目を細める。


そして。


ほんの一瞬。


確かに見えた。


赤い光。


二つ。


まるで。


こちらを見ているように。


「……ああ」


熊五郎の表情が変わった。


「見えた」


その瞬間。


レオンの右目が。


完全に黒くなった。


そして。


レオンの口が。


ゆっくりと開く。


「……見つけた」


「レオン?」


ガルドが振り向く。


レオンは。


自分の意思ではないように。


笑った。


「……見つけた」


今度の声は。


明らかに。


レオンの声ではなかった。


熊五郎が。


静かに目を細める。


「……お前」


黒い霧が。


さらに濃くなる。


巨大魔物の胸の黒い塊が。


大きく脈打つ。


ドクン――。


そして。


レオンの右目が。


熊五郎を見た。


「……やっと」


その声が。


黒い霧の中に響いた。


レオンの口元が。


ゆっくりと歪む。


「……見つけた」


一瞬。


黒い霧が静まり返った。


巨大魔物の胸にある黒い塊さえ。


動きを止める。


そして。


レオンの右目の奥で。


赤い光が。


ゆっくりと灯った。


「――ずっと、探していた」


熊五郎の表情が。


初めて変わった。


「……」


ガルドが振り返る。


「熊五郎?」


返事はない。


ただ。


熊五郎は。


黒く染まったレオンの右目を見つめていた。


レオンの口が。


もう一度。


ゆっくりと開く。


「……やっと会えたな」


その瞬間。


ドクン――。


巨大魔物の胸の黒い塊が。


今までで一番大きく脈打った。


そして。


黒い霧が。


すべての光を飲み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。