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第47話 黒い霧の中で

第47話 黒い霧の中で


視界が。


完全に消えた。


「何も見えない!」


「隣にいるか!?」


「いる!」


「負傷者は!?」


「分からない!」


黒い霧が戦場を覆い尽くしていた。


音だけが聞こえる。


兵士たちの叫び。


魔物の咆哮。


金属音。


そして。


ドクン。


ドクン。


あの音。


巨大魔物の胸から響く脈動。


「ガルド!」


熊五郎が叫んだ。


「いる!」


「動けるか!」


「動ける!」


ガルドの声が返ってくる。


「だが、何も見えない!」


「俺の風の中に入れ!」


「分かった!」


熊五郎が風を広げる。


ゴォォォォォッ!


黒い霧が一瞬だけ押し退けられる。


ほんのわずかな視界。


「見えた!」


ガルドが叫ぶ。


「黒い塊は――」


「前だ!」


熊五郎が答える。


巨大魔物の胸。


その奥に。


黒い塊が浮かんでいる。


ドクン。


「そこだ!」


ガルドが走る。


「今度こそ!」


巨大魔物が腕を振り上げた。


「来る!」


熊五郎が風を放つ。


ドォォォン!


巨大な腕が横へ弾かれる。


「行け!」


ガルドが跳ぶ。


黒い塊の根元へ。


「おおおおおっ!」


剣が振り下ろされる。


ズバンッ!


二本目の黒い筋が切れた。


「――グォォォォォォッ!」


巨大魔物が絶叫した。


地面が大きく揺れる。


黒い霧が一瞬だけ薄くなった。


「効いてる!」


ガルドが叫ぶ。


だが。


「ガルド、離れろ!」


熊五郎の声。


「何?」


黒い塊が。


ドクン。


強く脈打った。


次の瞬間。


黒い霧が黒い塊から噴き出す。


「うわっ!」


ガルドの身体が吹き飛ばされる。


熊五郎が風で受け止める。


「大丈夫か?」


「……ああ」


ガルドは立ち上がった。


右腕を見る。


黒い線が。


肩の近くまで伸びている。


「……かなり進んだな」


熊五郎が言う。


「だが、まだ動く」


ガルドは右腕を握る。


「なら、まだ戦える」


その頃。


少し離れた場所。


レオンは。


「……うっ」


胸を押さえていた。


「レオン!」


仲間が支える。


「大丈夫か!」


「……分からない」


レオンは息を荒くする。


「胸が……」


「痛いのか?」


「違う」


レオンは首を振った。


「心臓の音が……」


ドクン。


「また……」


ドクン。


「二つ……」


レオンの顔が青ざめる。


「一つは俺だ」


「もう一つは?」


「分からない……」


レオンは耳を塞ぐ。


「聞きたくない」


「レオン!」


「聞こえるんだ!」


レオンが叫ぶ。


「ずっと……俺の中で鳴ってる!」


ドクン。


ドクン。


もう一つの鼓動。


それが。


少しずつ。


レオン自身の鼓動に重なっていく。


「嫌だ……」


レオンの身体が震える。


「俺の心臓を……取らないでくれ」


黒い線が胸の中心へ伸びる。


「俺の身体を……」


右腕が動く。


「俺の腕を……」


右足が震える。


「俺の足を……」


レオンは涙を流した。


「俺のものを……奪わないでくれ!」


仲間がレオンを抱きしめる。


「レオン!」


「俺は……」


レオンは震える声で言った。


「俺はまだ俺だよな?」


「そうだ!」


「本当に?」


「本当だ!」


「なら……」


レオンは自分の名前を繰り返す。


「レオン」


一度。


「俺はレオン」


もう一度。


「俺はレオンだ」


その時。


右手が。


勝手に動いた。


「――っ!」


右手が胸へ向かう。


「やめろ!」


レオンは左手で押さえる。


「止まれ!」


だが。


右手は止まらない。


「くそっ……!」


レオンは必死に押さえ込む。


「俺の身体だ!」


右腕が震える。


「俺のだ!」


少しずつ。


右手が胸へ近づく。


「俺は……!」


レオンが歯を食いしばる。


「俺は仲間を傷つけない!」


その声に。


仲間がレオンの右腕を押さえた。


「俺たちもいる!」


「……!」


「一人で戦うな!」


「……ああ」


レオンは涙を拭った。


「ありがとう……」


その時。


戦場の中央で。


「ガルド!」


熊五郎が叫んだ。


「もう一度行くぞ!」


ガルドが頷く。


「分かった!」


熊五郎は風を集中させる。


今までより狭く。


強く。


黒い塊の周囲だけを狙う。


ゴォォォォォッ!


黒い霧が左右へ押し分けられる。


黒い塊が露出した。


「今だ!」


ガルドが走る。


巨大魔物が咆哮する。


「グォォォォォッ!」


腕が迫る。


ガルドは止まらない。


「おおおおおっ!」


剣を振り上げる。


その瞬間。


熊五郎の目が鋭くなった。


「……そこだ」


黒い塊の中心。


小さな亀裂がある。


「ガルド!」


「見えた!」


ガルドも気づいた。


「中心に亀裂がある!」


「そこを狙え!」


「分かった!」


ガルドが剣を振り下ろす。


しかし。


黒い霧が。


二人の間へ割り込んだ。


「――っ!」


剣が止まる。


黒い霧がガルドの腕へ絡みつく。


「ぐあああっ!」


黒い線が。


肩から首へ向かって伸び始めた。


「ガルド!」


「来るな!」


ガルドが叫ぶ。


「熊五郎は霧を押さえろ!」


「だが――」


「俺はまだ動ける!」


ガルドは剣を握り直す。


「この程度で止まってたまるか!」


そして。


黒い霧の中で。


剣を構え直した。


その背後。


レオンの胸では。


黒い線が。


心臓へ。


あとわずかまで迫っていた。


ドクン。


ドクン。


二つの鼓動が。


重なり始める。


レオンは胸を押さえた。


「……まだだ」


震える声。


「まだ……俺だ」


そして。


巨大魔物の胸の黒い塊が。


三度。


大きく脈打った。


ドクン。


ドクン。


ドクン――。


黒い霧の中で。


何かが。


目を覚まそうとしていた。

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