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第40話 黒い霧を生み出す魔物

第40話 黒い霧を生み出す魔物


「グオオオオオオッ!!」


巨大魔物の咆哮が戦場を揺らした。


その身体から、再び黒い霧が噴き出す。


まるで巨大な獣が吐き出す息のように、黒い霧が地面を這って広がっていく。


「来るぞ!」


ガルドが叫んだ。


「全員、後退!」


兵士たちが一斉に下がる。


負傷者を乗せた担架も、急いで後方へ運ばれていく。


だが、黒い霧は速かった。


地面を覆いながら、兵士たちの足元へ迫ってくる。


「右だ!」


「そっちは駄目だ!」


「霧が回り込んでくる!」


逃げ道が少しずつ塞がれていく。


ガルドが振り返った。


「熊五郎!」


「わかっている!」


熊五郎が両手を前へ突き出した。


「風よ!」


ゴォォォォォッ!!


猛烈な風が吹き荒れた。


黒い霧が大きく押し戻される。


「今だ!」


ガルドが叫ぶ。


「負傷者を運べ!」


兵士たちが一斉に走り出す。


しかし、その直後だった。


黒い霧が風の壁を回り込んだ。


「なっ……!」


ガルドが目を見開く。


「熊五郎!」


「見えている!」


熊五郎が魔力を強める。


風がさらに強くなる。


だが、黒い霧は消えない。


押し返されても、分裂するように左右へ広がっていく。


「……厄介だな」


熊五郎が呟いた。


「ただ押し返すだけじゃ駄目だ」


ガルドが巨大魔物を見る。


「なら、霧を出している本体を止めるしかない」


「そういうことだ」


熊五郎が巨大魔物へ視線を向ける。


巨大魔物は、こちらを見ていた。


その目は赤く光っている。


口元から黒い霧が漏れていた。


「……あいつの身体から出ている」


熊五郎が呟く。


「なら、倒せば霧も止まるかもしれない」


「行くぞ」


ガルドが剣を構えた。


「待て」


熊五郎が止める。


「正面から行くと霧をまともに受ける」


「どうする?」


熊五郎は周囲を見る。


巨大魔物の左右には、黒い霧が濃く溜まっている。


だが、背後には霧の薄い場所があった。


「右から回る」


「わかった」


二人が走り出す。


「ガルド!」


「なんだ?」


「魔物の足を狙え」


「足?」


「あいつの動きを止める」


ガルドは頷いた。


「任せろ!」


巨大魔物が二人に気づく。


「グオオオオオッ!」


巨大な腕が振り下ろされた。


ドォォォン!!


地面が砕ける。


二人が左右へ飛ぶ。


「危ない!」


ガルドが転がりながら立ち上がる。


「熊五郎!」


「大丈夫だ!」


熊五郎は巨大魔物の足元へ走っていた。


巨大魔物が足を振り上げる。


「今だ!」


ガルドが剣を振り抜く。


ガキィン!


巨大魔物の足に刃が食い込む。


「硬い……!」


ガルドが歯を食いしばる。


巨大魔物が咆哮する。


その瞬間。


足元から黒い霧が噴き出した。


「ガルド!」


熊五郎が叫ぶ。


「離れろ!」


ガルドが剣を抜いて飛び退く。


黒い霧が地面を覆った。


「……あと少し遅かったら」


ガルドが息を吐く。


「俺もあの兵士と同じだったな」


熊五郎は答えなかった。


黒い霧を見つめている。


「……熊五郎?」


「今、見えた」


「何が?」


熊五郎が巨大魔物の足を見る。


「霧が出ている場所だ」


「足から?」


「違う」


熊五郎は目を細める。


「足の傷からだ」


ガルドが目を見開く。


「傷?」


巨大魔物の足には、古い傷があった。


そこから黒い霧が流れ出している。


「つまり……」


熊五郎が呟く。


「あいつ自身が霧を生み出しているわけじゃない」


「じゃあ、あの霧は何なんだ?」


「身体の中に溜まったものが、傷から漏れている」


ガルドが巨大魔物を見る。


「……ということは」


熊五郎が頷く。


「こいつも、何かに侵されている可能性がある」


その言葉に、ガルドが黙った。


「魔物まで……?」


「まだわからない」


熊五郎は巨大魔物を見つめる。


「だが、普通の魔物とは違う」


その頃。


後方へ運ばれた兵士は、まだ自分の右腕を押さえていた。


黒い筋は肩まで伸びている。


「……熊五郎は?」


「前で戦っている」


仲間が答える。


兵士は小さく頷いた。


「そうか……」


そして、右手を見た。


先ほどまで勝手に動いていた指が、今は動かない。


「……動かない」


「悪くなったのか?」


「違う」


兵士は首を振った。


「さっきまで勝手に動いていた」


「今は?」


「何も感じない」


仲間が黙り込む。


兵士は自分の右手を握ろうとする。


動かない。


「俺の腕……」


声が震える。


「もう、自分の腕じゃないみたいだ」


神官が近づく。


「黒い筋が、肩まで来ています」


「胸までは?」


「まだです」


兵士は少しだけ安心する。


「……なら、まだ大丈夫だ」


神官は答えなかった。


その沈黙が怖かった。


「先生」


「はい」


「俺、助かりますよね?」


神官は兵士を見る。


そして、ゆっくり答えた。


「必ず方法を見つけます」


断言ではなかった。


それでも兵士は頷いた。


「……お願いします」


その時――。


戦場から轟音が響いた。


ドォォォォン!!


負傷者たちが一斉に顔を上げる。


「何が起きた!?」


誰かが叫ぶ。


遠くで巨大魔物が倒れかけていた。


その前に、熊五郎とガルドが立っている。


「押してる……!」


兵士が呟く。


しかし――。


倒れかけた巨大魔物の身体から、これまでとは比べものにならない量の黒い霧が噴き出した。


「な……」


ガルドが息を呑む。


黒い霧が空高くまで舞い上がる。


「熊五郎!」


「下がれ!」


熊五郎が叫ぶ。


だが、間に合わない。


黒い霧が一気に二人を包み込んだ。


「熊五郎!!」


実咲の叫び声が戦場に響いた。


霧の中で、熊五郎の姿が消える。


ガルドの姿も見えない。


兵士たちが凍りつく。


「……嘘だろ」


誰かが呟いた。


そして――。


黒い霧の中から、低い声が聞こえた。


「……なるほど」


熊五郎の声だった。


「そういうことか」


霧の中で、二つの目が光った。


そして熊五郎は、初めて黒い霧の本質に気づき始めていた。


「この霧……」


熊五郎が呟く。


「魔物の魔力を変質させている」


黒い霧が、さらに濃くなる。


戦場の誰もが、その光景を見つめていた。


まだ誰も知らない。


この黒い霧が――。


やがて町そのものを飲み込もうとしていることを。

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