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第38話 黒い霧をまとった魔物

第38話 黒い霧をまとった魔物


「グオオオオオオオオッ!!」


巨大魔物の咆哮が、戦場を震わせた。


地面が揺れる。


黒い霧が、大地を這うように広がっていく。


兵士たちは武器を握り直した。


「来るぞ!」


「霧から離れろ!」


ガルドの声が響く。


「負傷者を後ろへ!」


「盾兵は前へ出ろ!」


「絶対に霧に触れるな!」


兵士たちが一斉に動く。


だが、巨大魔物は待ってくれない。


ドンッ!


大地を蹴った。


巨体が一気に前へ出る。


「速い!」


兵士の一人が叫ぶ。


巨大魔物の腕が振り上げられる。


「伏せろ!」


ドォォォン!!


地面が砕けた。


土と石が飛び散る。


兵士たちは盾を構えながら後退した。


「ぐっ……!」


「盾が……!」


巨大な衝撃で、何人もの兵士が吹き飛ばされる。


「負傷者を守れ!」


ガルドが叫んだ。


その声を聞いた熊五郎が、巨大魔物へ向かって歩き出す。


「熊五郎!」


実咲が叫ぶ。


「どこ行くの!?」


「止めてくる」


「一人で!?」


「大丈夫だ」


熊五郎は振り返った。


「まだ料理を作らなきゃならないからな」


「こんな時まで料理!?」


実咲が叫ぶ。


「それは大事だろ」


熊五郎は真顔だった。


「……もう!」


実咲は呆れながらも、熊五郎の背中を見送った。


熊五郎が巨大魔物の前に立つ。


「こっちだ」


巨大魔物が熊五郎を見る。


「グオオオッ!」


腕を振り下ろす。


熊五郎が横へ動く。


ドンッ!


拳が地面を砕く。


熊五郎はその腕へ手を伸ばした。


「風よ」


ゴォォォォッ!!


強烈な風が吹き荒れる。


巨大魔物の身体が大きく揺れた。


「グオッ!?」


兵士たちから声が上がる。


「押している!」


「熊五郎が魔物を止めているぞ!」


しかし――。


巨大魔物の身体から、黒い霧が噴き出した。


「……!」


熊五郎がすぐに距離を取る。


黒い霧が熊五郎のいた場所を覆った。


地面が黒く変色する。


「触れるだけで危険だ……」


ガルドが呟く。


黒い霧に侵された兵士の姿が、ガルドの脳裏に浮かぶ。


動かなくなった右腕。


治癒魔法でも消えなかった黒い筋。


そして、今も身体の中で続いている侵食。


「絶対に近づくな!」


ガルドが兵士たちへ叫ぶ。


「霧に触れたら、離れても侵食される可能性がある!」


兵士たちの顔が強張る。


「そんな……」


「じゃあ、どうやって戦うんだ?」


「近づけないぞ!」


ガルドは答えられなかった。


その時。


巨大魔物が再び熊五郎へ突進した。


「熊五郎!」


実咲が叫ぶ。


熊五郎は走らない。


その場で右手を上げる。


「止まれ」


巨大魔物の前に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。


ドォン!


魔法陣と巨大魔物がぶつかる。


「グオオオオッ!」


巨大魔物が押し込んでくる。


熊五郎の足が、わずかに後ろへ下がった。


「……力が強いな」


熊五郎の額に、初めて汗が浮かんだ。


実咲が息を呑む。


「熊五郎が……押されてる?」


ガルドも驚いていた。


「こんな魔物が……」


巨大魔物がさらに力を込める。


魔法陣に亀裂が入った。


ピシッ。


「まずい!」


ガルドが叫ぶ。


熊五郎が魔法陣へさらに魔力を注ぐ。


だが――。


巨大魔物の胸元から黒い霧が噴き出した。


「!」


霧が魔法陣を覆う。


すると、魔法陣の光が急速に弱くなった。


「魔法を……食っている」


熊五郎が呟く。


そして、魔法陣が砕けた。


バァン!!


熊五郎の身体が後ろへ吹き飛ぶ。


「熊五郎!」


実咲が駆け出す。


熊五郎は地面に手をつき、立ち上がった。


「大丈夫だ」


「本当に?」


「ああ」


熊五郎は巨大魔物を見る。


「ただ……」


「ただ?」


「普通の魔法だけでは、厳しいな」


その言葉を聞いたガルドが剣を握る。


「なら、俺も行く」


「ガルド」


「一人で戦うな」


ガルドが熊五郎の隣に立つ。


「俺は魚屋だが――」


剣を構える。


「この町を守るくらいはできる」


熊五郎が少し笑った。


「頼む」


二人が並ぶ。


その姿を見た兵士たちも、武器を構え直した。


「俺たちも行くぞ!」


「町を守れ!」


「絶対に霧を通すな!」


兵士たちの声が重なる。


巨大魔物が咆哮した。


その身体から黒い霧が一気に噴き出す。


「来るぞ!」


ガルドが叫ぶ。


「全員、散れ!」


黒い霧が戦場を覆い始める。


熊五郎は目を細めた。


そして――。


巨大魔物の胸元を見る。


「……やっぱりだ」


「何が?」


ガルドが聞く。


「霧が濃くなっている場所がある」


「胸か?」


「ああ」


熊五郎が頷く。


「さっきから、あそこだけ霧が集まっている」


ガルドは目を凝らす。


確かに、巨大魔物の胸元には黒い霧が渦巻いていた。


「弱点なのか?」


「わからない」


熊五郎は答えた。


「だが、何かある」


その瞬間。


巨大魔物が腕を振り上げた。


「来る!」


ガルドが走る。


熊五郎も動いた。


巨大な腕が二人へ迫る。


ガルドが横から斬り込む。


「おおおおおっ!」


ガキィン!!


剣が弾かれる。


「硬い!」


熊五郎が反対側から魔法を放つ。


「風よ!」


ドォォォン!!


巨大魔物の身体が揺れる。


「今だ!」


ガルドが再び踏み込む。


今度は胸元へ狙いを定めた。


「ここだ!」


剣が黒い霧へ突き刺さる。


ザシュッ!


巨大魔物が大きく身体を揺らした。


「グオオオオオオッ!」


戦場に響き渡る咆哮。


黒い霧が一瞬だけ消える。


「効いた!」


兵士たちが叫ぶ。


だが――。


次の瞬間。


巨大魔物の胸から、さらに大量の黒い霧が噴き出した。


「なっ……!」


ガルドが目を見開く。


霧がガルドへ迫る。


「ガルド!」


熊五郎が叫ぶ。


ガルドは剣を捨てて飛び退いた。


しかし、足元に黒い霧が迫る。


「くっ!」


熊五郎が手を伸ばす。


「風よ!」


強烈な風が吹き荒れる。


黒い霧が押し返される。


ガルドは倒れ込みながらも、霧から逃れることができた。


「……助かった」


「無茶するな」


「お前に言われたくないな」


ガルドが苦笑する。


しかし、その直後。


戦場の後方から悲鳴が聞こえた。


「負傷者がいるぞ!」


「霧が後方まで来ている!」


ガルドの顔から笑みが消える。


「まずい……」


熊五郎も振り返る。


黒い霧が、負傷者を運んでいる場所へ迫っていた。


そしてその先には――。


町がある。


熊五郎は静かに拳を握った。


「……ここから先は通さない」


巨大魔物が再び咆哮する。


黒い霧がさらに濃くなる。


熊五郎の周囲に、強い魔力が集まり始めた。


だが――。


まだ、その力のすべてを解放することはなかった。


戦いは、これからが本番だった。

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