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第30話 運ばれてくる負傷者

第30話 運ばれてくる負傷者


夜が深くなっても、町の北では戦いが続いていた。


――ドォォン!


北門から大きな音が響く。


魔物の咆哮。


兵士たちの怒号。


剣がぶつかる音。


それは南の避難所にまで届いていた。


「……まだ戦ってる」


実咲は北の空を見ていた。


そのとき――。


「負傷者だ!」


兵士の声が響いた。


「道を空けろ!」


数人の兵士が、負傷した仲間を支えながら走ってくる。


「こちらへ!」


「治療所へ運べ!」


腕を押さえている兵士。


足を引きずっている兵士。


額から血を流している兵士。


鎧が大きくへこんでいる者もいる。


「……!」


実咲の顔が青ざめた。


目の前で見る傷は、想像していたよりずっと生々しかった。


「熊五郎……」


「実咲、下がっていろ」


「でも……」


「治療する人間がいる」


熊五郎が教会を見る。


神官たちはすぐに負傷者のところへ駆け寄っていた。


「腕の傷を見ます!」


「こちらは足を固定してください!」


「水を!」


「布を持ってきて!」


教会の中へ負傷者が運ばれていく。


神官たちは傷口を洗い、出血を止め、包帯を巻いていく。


骨に異常がないか確認する者もいる。


怪我の状態によって、治療する場所も分けられていた。


「この人は奥へ!」


「この人はここで休ませて!」


「重傷者を優先してください!」


実咲はそれを見ていた。


「……ちゃんと治療してる」


「ああ」


熊五郎は頷いた。


「だから俺は別のことをする」


「別のこと?」


「飯だ」


---


熊五郎は鍋を火にかけた。


魚を柔らかく煮る。


野菜を細かく刻む。


肉も食べやすい大きさに切る。


実咲が尋ねる。


「怪我を治す料理じゃないんだよね?」


「当たり前だ」


熊五郎は即答した。


「傷を治すのは治療する人間の仕事だ」


実咲は少し安心した。


「じゃあ、この料理は?」


「体力を戻す」


熊五郎は鍋をかき混ぜる。


「疲れている人間が飯を食えば、体は動く」


「それなら、負傷者にも食べてもらうの?」


「ああ」


「でも、怪我そのものは治らない?」


「治らん」


熊五郎ははっきり答えた。


「傷はそのままだ」


「なるほど……」


実咲は頷いた。


それなら神官の治療と役割が重ならない。


神官が傷を治療する。


熊五郎は、治療を受けた人間の体力や疲労を支える。


「じゃあ、料理は治療の代わりじゃないんだね」


「飯は飯だ」


「……熊五郎らしい」


---


しばらくして、治療を終えた兵士が一人、教会の外へ出てきた。


「食事をしてもいいですか?」


神官が頷く。


「傷は処置しました。無理をしないように」


兵士は熊五郎の料理を受け取った。


「ありがとうございます」


一口食べる。


「……うまい」


もう一口。


「温かい……」


兵士はゆっくり食べ続ける。


しばらくすると、深く息を吐いた。


「……体の力が戻ってくる感じがする」


実咲が見る。


兵士の傷は当然、そのままだ。


腕には包帯が巻かれている。


だが、顔色は少し良くなっていた。


「さっきまで、体が重くて仕方なかったんです」


兵士が言う。


「今は少し楽だ」


神官もその様子を見ていた。


「傷が治ったわけではありません」


「ああ」


兵士は自分の腕を見る。


「痛みもまだある」


「なら、無理はしないでください」


「分かっています」


兵士は料理を食べ終える。


「でも……これなら少し眠れそうです」


神官が頷いた。


「それが一番です」


兵士は横になった。


---


別の兵士も料理を食べる。


「……疲れが抜ける」


さらに別の兵士。


「頭の中が少し静かになった」


「怖くて眠れなかったんだ」


「俺もだ」


料理を食べた兵士たちは、少しずつ落ち着いていく。


だが、誰一人として傷が消えたわけではない。


包帯は巻かれたまま。


骨折した者には固定具がついたまま。


打撲を負った者は痛みを抱えたまま。


それでも――。


「少し眠れそうだ」


「俺も」


「明日のために休もう」


兵士たちは横になっていく。


実咲はその様子を見つめていた。


「熊五郎」


「何だ?」


「料理って、怪我を治すわけじゃないんだね」


「そう言っただろ」


「でも、食べると元気になる」


「うまい飯だからな」


「……本当にそれだけなのかな」


熊五郎は答えず、次の料理を作り始めた。


---


魚屋の店主も、治療所の様子を見ていた。


「傷は治療する」


店主が呟く。


「飯は体力を支える……か」


その言葉を口にした瞬間。


また記憶が蘇った。


戦場。


傷ついた兵士。


治療を受ける者たち。


そして、その兵士たちに食事を配る人々。


その中央に立つ男。


『治療が終わった者から飯を食わせろ』


『傷が治るまで戦わせるな』


『食える者には、温かい飯を出せ』


店主の目が見開かれる。


「……」


あの声。


あの指示。


あの国王。


店主はゆっくり熊五郎を見る。


「まさか……」


だが、まだ記憶は完全には戻らない。


一方、熊五郎はそんなことなど知らず、鍋をかき混ぜていた。


「腹が減ってる奴はまだいるか?」


実咲が周囲を見る。


「いるよ」


「なら作る」


熊五郎は火を強くした。


治療所では神官たちが傷を治療する。


その隣では、熊五郎が料理を作る。


役割は違う。


それでも――。


傷ついた人々を支えるために、二つの力が同じ場所で動いていた。

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