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第29話 戦う者たちにも飯を

第29話 戦う者たちにも飯を


――ドォォン!


町の北門で、再び大きな音が響いた。


「来るぞ!」


「盾を構えろ!」


「弓兵、放て!」


ヒュンッ!


何本もの矢が夜空を切り裂く。


森から飛び出してきた魔物に突き刺さる。


「グオオオオッ!」


魔物が倒れる。


だが――。


一匹ではない。


その後ろから、さらに何匹もの魔物が姿を現した。


「多すぎる!」


兵士の一人が叫ぶ。


「怯むな!」


魚屋の店主が怒鳴る。


「門を越えさせるな!」


兵士たちが一斉に前へ出る。


魔物が門へ飛びかかる。


ガンッ!


ガンッ!


巨大な爪が盾に叩きつけられる。


「ぐっ!」


「押し返せ!」


「隊列を崩すな!」


兵士たちは必死に耐えていた。


だが、魔物の力は強い。


一匹が盾を弾き飛ばした。


「うわっ!」


その兵士へ魔物が飛びかかる。


「危ない!」


魚屋の店主が走った。


剣を抜く。


ギィン!


魔物の爪を受け止める。


「下がれ!」


兵士を後ろへ押しやる。


そして――。


一気に剣を振り抜いた。


魔物が地面へ倒れる。


「……!」


周囲の兵士が店主を見る。


「店主……?」


店主自身も驚いていた。


今の動き。


身体が勝手に動いた。


まるで――。


何度も同じ戦いを経験してきたように。


「俺は……」


頭の奥が痛む。


だが、今は考えている暇がない。


「まだ来るぞ!」


森の中から、さらに魔物の影が現れた。


店主は剣を握り直す。


「全員、下がるな!」


「はい!」


「ここを抜かせたら、町の中まで入られる!」


兵士たちは再び隊列を組んだ。


---


一方、南の避難所。


「……怖い」


北から聞こえる戦いの音に、人々は身を寄せ合っていた。


子供たちは耳を塞いでいる。


「お母さん……」


「大丈夫よ」


母親はそう言いながら、子供を強く抱きしめる。


だが、母親自身も震えている。


そのとき。


「料理、できたぞ」


熊五郎の声が響いた。


大鍋から湯気が立ち上っている。


魚と野菜のスープ。


焼いた肉。


柔らかく煮込んだ野菜。


実咲が器を並べる。


「温かいうちに食べてください!」


人々が少しずつ集まってくる。


「また作ってくれたのか……」


「ありがとうございます」


「いただきます」


一人の兵士がスープを口にする。


「……」


そして、深く息を吐いた。


「うまい……」


隣の兵士も食べる。


「本当にうまいな」


「なんだか……力が戻ってくる」


「さっきまで腕が震えていたのに」


実咲は目を丸くした。


「え?」


兵士が自分の手を見る。


さっきまで震えていた手が、落ち着いている。


「不思議だな」


別の兵士も肉を食べる。


「これ、うまいだけじゃないぞ」


「何が?」


「頭がすっきりする」


兵士は北門を見る。


「……まだ戦える」


熊五郎は何も言わず、次の肉を焼いていた。


ジュウウウ――。


肉から脂が落ちる。


香ばしい匂いが広がる。


実咲が思わず近づく。


「いい匂い……」


「食べるか?」


「食べる!」


「お前はさっき食べただろ」


「これは別!」


「そうか」


熊五郎は焼き上がった肉を実咲の皿に乗せた。


実咲が一口食べる。


「……おいしい」


外では魔物が暴れている。


町は危険にさらされている。


それなのに――。


この一口だけは、そんな恐怖を忘れさせてくれる。


「熊五郎」


「何だ?」


「料理って……すごいね」


「腹が減っているだけだ」


「またそれ?」


実咲は苦笑した。


---


やがて、避難所にいた人々の様子が少しずつ変わっていった。


さっきまで泣いていた子供が、料理を食べながら笑っている。


老人たちは昔の話を始めた。


「昔はもっと魚が安かったんだ」


「そうだったな」


「この肉料理もいい」


商人たちは料理を食べながら話をしていた。


「魔物が去ったら、店を再開しないとな」


「俺もだ」


「この町を出るつもりだったが……考え直すか」


「俺は、今度こそ商売を大きくする」


一人の商人が顔を上げた。


「この料理を食べていたら、不思議とやれる気がしてきた」


隣の男が笑う。


「俺もだ」


「魔物が怖くないわけじゃない」


「でも、逃げてばかりもいられない」


実咲はその会話を聞いていた。


「……熊五郎」


「何だ?」


「料理を食べた人たち、みんな何かやろうとしてる」


熊五郎は肉を焼きながら答える。


「飯を食ったからだ」


「本当にそれだけ?」


「それだけだ」


実咲は熊五郎を見る。


「絶対違うと思う」


---


夜が深くなる。


北門では、まだ戦いが続いていた。


「押し返せ!」


「門を守れ!」


魚屋の店主は剣を握りながら、南の方角を一瞬だけ見た。


遠くから、料理の香りが風に乗ってくる。


「……熊五郎」


なぜか、その名前を口にした瞬間――。


胸の奥に、また記憶が浮かんだ。


戦場。


兵士たち。


疲れ切った兵士に食事を配る一人の男。


そして――。


その男が笑って言う。


『飯を食え。腹が減っていては戦えん』


店主の目が見開かれた。


「……この声」


誰の声だった?


ずっと昔。


自分が仕えていた人物。


その姿が、少しずつ鮮明になっていく。


「まさか……」


店主は北門の向こうを見つめた。


「熊五郎……お前は……」


だが、その先の言葉は出てこなかった。


まだ記憶が足りない。


---


その頃。


避難所では、熊五郎が最後の料理を配っていた。


「これで終わりだ」


「ありがとう」


「本当に助かった」


「この料理、絶対に忘れない」


「町が元に戻ったら、また食べに行きたい」


熊五郎は頷く。


「食堂はやっている」


実咲が笑った。


「こんな状況でも食堂の宣伝するんだ」


「客は大事だ」


「もう……」


実咲が笑う。


しかし、その笑い声を聞いた周囲の人々も、少しずつ笑い始めた。


恐怖に包まれていた避難所に――。


ほんの少しだけ、日常が戻っていた。


そしてその夜。


『まずは飯だ』の料理を食べた商人たちは、口々に話し始めた。


「この町が落ち着いたら、商売を成功させたい」


「俺も新しい店を出す」


「この料理を食べたら、不思議と商売のアイデアが浮かんできた」


その噂は、避難所の外へ。


さらに町の外へ。


少しずつ広がっていく。


誰もまだ知らない。


この小さな食堂の料理が――。


やがて、この国の商人たちの間で大きな噂になることを。

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