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第28話 避難所に広がる料理の香り

第28話 避難所に広がる料理の香り


南区の大広場。


避難してきた人々で、広場はいっぱいになっていた。


教会の前には老人や子供。


広場の中央には、家族連れ。


倉庫の前には、食料を受け取りに来た人々。


兵士たちは休む暇もなく動き回っていた。


「水はこちらです!」


「子供は先に!」


「押さないでください!」


「食料は一人ずつ!」


しかし、避難してきた人数が多すぎる。


用意されていた食料は、どんどん減っていた。


「これだけしかないのか?」


「今夜の分は?」


「明日の朝までもつのか?」


不安そうな声が広がる。


実咲はその様子を見ていた。


「……みんな、お腹空いてるんだ」


隣にいる熊五郎が頷く。


「そうだな」


「どうする?」


熊五郎は倉庫を見る。


「食材はあるか?」


近くにいた兵士が答える。


「少しだけです」


「魚は?」


「魚?」


「魚屋から持ってきた」


熊五郎が背負っていた袋を見せる。


「それなら、魚があります」


「肉は?」


「少しなら」


「野菜は?」


「あります」


熊五郎は頷いた。


「なら作る」


実咲が目を丸くする。


「ここで?」


「ここでだ」


「でも厨房なんてないよ?」


「作ればいい」


「また簡単に言う……」


熊五郎は避難所の端にある空き地を見つけた。


「ここを使う」


兵士に頼み、大きな鍋を用意する。


薪を集める。


火を起こす。


「熊五郎、本当に作るの?」


「腹が減っている人間がいる」


「……」


実咲は熊五郎の横に立った。


「じゃあ私も手伝う」


「野菜を切れ」


「はいはい」


実咲も袖をまくる。


---


大鍋に水を入れる。


魚を入れる。


野菜を入れる。


肉を少し加える。


そして熊五郎が香草を加えた。


「何を作ってるの?」


「スープだ」


「こんなにたくさん?」


「人数が多いからな」


鍋を火にかける。


グツグツ。


やがて、湯気が上がり始める。


魚の旨味。


肉の香り。


野菜の甘み。


香草の爽やかな香り。


それらが混ざり合い、広場いっぱいに広がっていく。


「……いい匂い」


誰かが呟いた。


別の人も振り返る。


「何を作っているんだ?」


「料理?」


「食べられるのか?」


人々が少しずつ集まってくる。


さっきまで不安そうに俯いていた子供まで、鍋のほうを見ている。


「お腹すいた……」


母親が子供の手を握る。


「もう少し待とうね」


熊五郎は鍋をかき混ぜる。


「できた」


「早っ!」


実咲が驚く。


「配るぞ」


「分かった!」


実咲が器を並べる。


「順番に並んでください!」


最初に老人へ。


次に子供。


そして家族連れ。


温かなスープが、一人ずつ手渡されていく。


「ありがとうございます……」


老人が両手で器を包む。


ゆっくり口をつける。


「……」


老人の目が大きくなる。


「うまい……」


次に、子供が食べる。


「おいしい!」


「もっと食べたい!」


母親も一口食べる。


「……温かい」


それだけ言うと、目に涙が浮かんだ。


「どうしたんですか?」


実咲が尋ねる。


母親は涙を拭う。


「ごめんなさい……」


「え?」


「怖くて……ずっと怖くて……」


母親は子供を抱きしめた。


「でも、久しぶりに温かいものを食べたら……少しだけ安心した」


実咲は黙って頷いた。


熊五郎は何も言わず、次の料理を作っている。


---


やがて、不思議なことが起こり始めた。


「さっきまで震えていたのに……」


「少し落ち着いた」


「頭の中が静かになった気がする」


「俺、明日のことばかり考えていたのに……今は飯がうまいことしか考えられない」


避難してきた人々の顔から、少しずつ険しさが消えていく。


子供たちは料理を食べながら笑い始めた。


老人たちも互いに話を始める。


「昔、妻と食べた料理に似ている」


「そうか……」


「こんな状況なのに、不思議だな」


「本当だ」


料理を食べた人々の間に、少しずつ笑顔が戻っていった。


実咲は熊五郎を見る。


「ねえ、熊五郎」


「何だ?」


「これ……」


「うん?」


「やっぱり、熊五郎の料理って普通じゃないよね?」


熊五郎は鍋をかき混ぜながら答えた。


「腹が減っていたからうまいだけだ」


「それだけじゃないと思うけど……」


---


その頃。


魚屋の店主も避難所へやって来た。


「熊五郎!」


「店主か」


店主は広場を見回した。


さっきまで不安でいっぱいだった人々が、料理を食べながら落ち着きを取り戻している。


「これは……」


「飯を作った」


「見れば分かる」


店主は笑った。


だが、その笑顔が突然消えた。


まただった。


熊五郎が料理を作っている姿。


大勢の人間が、その料理を食べている。


その光景を見た瞬間――。


頭の中に、昔の記憶が浮かんだ。


城の中。


兵士たち。


戦いの前。


大勢の人間が食事をしている。


そして、その中心に立つ男。


「……陛下」


店主の口から、自然に言葉が漏れた。


「え?」


実咲が振り返る。


「今、何て言ったの?」


「……」


店主は答えられない。


熊五郎を見る。


また、顔が重なる。


あの記憶の中の男と。


「……いや」


店主は首を振った。


「何でもない」


しかし、確信は少しずつ強くなっていた。


---


そのとき。


北の空から――。


再び、大きな音が響いた。


ドォォォン!


避難所の人々が一斉に静かになる。


子供が母親にしがみつく。


「……魔物?」


誰かが呟く。


遠くから鐘が鳴る。


――ゴォン。


――ゴォン。


兵士が走ってくる。


「北門で戦闘が始まった!」


広場に緊張が走った。


実咲の顔が青ざめる。


「……始まった」


熊五郎は鍋の火を弱めた。


そして、北の方角を見る。


「まだ料理が残っている」


「熊五郎?」


「食べてもらう」


熊五郎は再び鍋へ向き直った。


「戦いが終わるまで、ここを守る人間にも飯が必要だ」


実咲は熊五郎の背中を見る。


「……うん」


その夜。


町の北では、兵士たちが魔物と戦っていた。


南では、避難した人々が熊五郎の料理を食べていた。


そして――。


その料理を食べた人々の間で、また新しい噂が生まれ始めていた。


「この料理を食べると、不思議と恐怖が薄れる」


「食べると落ち着く」


「こんな状況なのに、家族と話せるようになった」


「一体、誰が作っているんだ?」


その噂は、避難所から町の外へ――。


少しずつ広がり始めていた。

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